課外活動のテーマは密室(2)
萌花がケータイで救急車と警察に連絡してからおよそ十分後。まず救急車が先に到着した。
僕らが通う私立常磐の森高等学校は小高い丘の上に立つ大型の学園だ。
生徒数は2300人以上で、情報科、普通科、体育科そして僕が所属する特別進学科の四つに生徒は分類されている。
救急車は丘の麓にある総合病院からやってきた。この街には救命救急用の病院はないが、総合病院にはそれに足るだけの医療設備があるので、あの四本のナイフが突き刺さった生徒は医療スタッフが救急車に運ぶと、そのまま総合病院に搬送され、処置を受けたそうだ。
突然の事件に学園では緊急職員会議が招集されることになった。よって、全校生徒の明日の予定は自宅待機という形になった。
――要するに、休日だ。事情を知らない生徒は自由気ままに外出するだろう。
萌花は言っていた。自分の死んだ父親はかつて刑事だったと。
僕は彼女と連絡先を交換しておいた。理由は単純明白で、警察の動向を知りたいからだ。
萌花が現在いる孤児院は警察OBが経営している。その関係もあって、萌花は警察内部について詳しく情報を得られるポジションにいる。
明日、早速彼女に連絡してみるべきかもしれない。
僕は事件のあった深夜。コンビニで弁当を買いながらそんなことを考えていた。
僕の自宅からコンビニまでの距離はだいたい十五メートル。
近いといえばとても近い。でも、若干面倒くさいと感じる程度の距離でもある。街中にいけば必ず一つは見かけるようなどこにでもあるコンビニでお茶と弁当、スナック菓子を購入して800円。
おそらくスーパーにでも行って安売りの弁当を購入すればもっと安くなるのだろうけれど、今日はなんとなくそんなことをする気になれなかった。
鍵を差し込み、扉を開錠した。ガチャリという音と同時に鍵を抜き、ドアノブを回転させて自宅の中に入る。
部屋の中は真っ暗だった。僕は買い物袋をリビングルームの机の上に置き、一度トイレに向かった。
用を足してから再びリビングルームに戻り、電気をつけると、ソファには悠然とした態度で真希が座っていた。
「やあ、お帰り」
「ただいま」
僕は弁当を電子レンジいれ、一分温める。チンという音が鳴るまでの間に彼女に質問した。
「どうやって入ったの?」
「あら?なぜそんなことを疑問に感じるの?」
電子レンジから音がした。僕は電子レンジから弁当を取り出す。彼女の対面側のソファに座った。
「玄関は施錠したよ」
「じゃあ、窓からかしら?」
僕は窓を見た。
「無理だよ。施錠してたから」
真希はフフフと笑った。「あら、そうだったかしら?」
彼女は勝手に割り箸を使って弁当をつまむ。
「あら、美味しい。化学薬品と添加物の塊が舌の上でとろけるわ」
――君も食べるといいよ、と真希は食欲を失せさせるようなことを平然と言いながら僕の弁当を勧める。
彼女から割り箸をひったくる。そして彼女が添加物の塊だと曰った具材を口の中に放り込む。
「確かに油の味しかしない。でも、僕はこういう味が好きなんだよ」
「私も好きよ。天然食材みたいな生臭い食べ物よりも、完全に滅菌された薬品の方が美味しいもの」
――それはこの部屋も同じだし、あの状況も同じでしょ?と彼女は続ける。
「正樹が言いたいのは、この部屋は完全に密室だった。でしょ?玄関は施錠され、窓も外から開かない。じゃあ、私はどうやって入ったのか。気になる?」
「一応。防犯上は気になるかな」
「簡単よ。君が玄関の扉から入った後に侵入した。君がトイレでクソをたれている間にリビングルームに入って、こうやって踏ん反りがえっていたのよ」
クソ、じゃねえし。ツッコミを入れたい気分だったがやめた。
「錯覚ってこと?」
「そうよ。私は最初からこの部屋にいたなんて言ったかしら?君が勝手に私のことを密室にいた人間だと錯覚しただけよ」
確かに、そう言われてみればそうか。
とりあえずそこには納得できた。だからもう一つ質問する。「もう一つの密室ってのは、今日のあの事件のことを言っているの?」
「そうよ。あの男は密室状況でナイフを四本も刺された。本当は五本の予定だったんだけど、一本は失敗したみたいね」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、その五本目っていうのはコレのことか?」
僕は学生鞄を机の上に置いた。ファスナーは全開だ。その中には、血で染まったナイフが一本入っていた。
「そうよ」
真希はひどく愉快そうに笑った。