課外活動(2)
「警察、誰が?」
僕は届いたばかりのEメールの内容を素早く確認してから聞き返す。
「だから、私の父親がね、警察だったの」
萌花は下駄箱に上履きをしまい、靴を取り出す。僕もそれに倣うように靴にはきかえた。
風紀委員会のミーティングが終了すると、そのまま下校することになった。このまま別れるのも気まずく、なんだか僕らは途中まで一緒に帰宅しなければいけないような空気になってしまい、流されるように僕は彼女と下校することになった。
「それ……」萌花は僕の学生鞄を指差して言う。「けっこう大きいよね。何か入ってるの?」
「参考書」
「へえ。教科書以外のものを読む人間がいるんだ」
――いるだろ。受験生なら特に。
その言葉をどれだけ言ってやりたいか。でもグッとこらえた。
「もともと仕事人間な親父でね」萌花は先ほどの話を続けた。「一緒にいた記憶はほとんどないんだけど……やっぱり悲しいのかな、親が死ぬと」
「どうして?」――死んだの?と訊こうとした。
「うん?ああ、事件に巻き込まれて……私の父親は名誉ある殉職。母親はとっくの前に愛想つかして出て行って、今や私は天涯孤独。これでも中学まではけっこう荒れてたんだよね」
――いや、違うのか。荒れてたんじゃなくて、悲しかっただけか、と彼女は呟いた。
「じゃあ、今はどうやって暮らしてるの?」
「ホームレス」
その言葉に思わずギョッとしたが、彼女が舌を出して可笑しそうにしているのを見てすぐに嘘だとわかった。
「冗談だよ。警察のOBにね、私みたいな孤児を引き取ってくれる孤児院を経営している人がいるの」
――その孤児院、神社も経営してるんだよね、と萌花は言い、続ける。「だから正月とかは巫女の格好とかしてバイトしてるんだよ。今度見に来なよ」
「うん、時間があれば……」
僕の気のない返事とは裏腹に、彼女は絶対だよと底抜けの明るさで応えた。
なんだか調子が狂う。そういえばここ最近、ここまで深いところまで相手の身の上話を聴いたことはない。
――どうして僕は彼女に興味を持っているんだ?
自分で自分がおかしくなっているような気がした。
今の僕らは周囲からどのように見られているのだろうかということが急に気になり始めた。
授業が終わり、部活動が始まったばかりのこの時間帯は人気が多い。校庭には僕らと同じように下校する生徒が大勢いて、まさにここは衆人環視という表現が相応しい環境だった。
お互いをお互いが監視している。今までの僕だったらこのような状況をそう思う。
授業が終了すると、いつも僕は一人で下校していた。そういえば真希と一緒に下校する機会もほとんどなかったような気がする。
それが、今日は違った。初めて会ったばかりの女の子と一緒に下校している。
なんだか急にドキドキしてきた。自分のことしか考えておらず、突然目の前からあらわれた人影に気付かずに肩をぶつけてしまったぐらいだ。
「すいません」
肩がぶつかった事に反射的に謝ってみたが、相手は急いでいたらしく、そのまま人ごみの中へ消えてしまった。
「大丈夫?」
事の成り行きを見ていた萌花が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。その瞬間、真希とは違う甘酸っぱい香りがした。
「う、うん。大丈夫」
慣れていない感情がたまらなく不安で、とにかくここから逃げ出したい気分だった。
「あ、ちょっと待ってよ。マサキ」萌花は急ぎ足の僕を呼び止める。「チャック開いてるよ」
「え?」
思わず下を振り向いたが、その途端、声をかけた当の萌花が顔を赤く染めた。
「ば、馬鹿。そっちじゃない。鞄の方」
萌花は頬をピンクに染め、僕の鞄の方を指差した。その指の先を目で追うと、確かに鞄のファスナーが開いている。
……なんだこれ?
僕はファスナーを右手で閉じようとしたが、その右手が赤く染まっていた。
……血だ。
僕の手は血で薄く染まっていた。でも、怪我をしたような記憶はない。
それはまだ太陽が空高く上がっているほどの、快晴の日の出来事だった。校庭にはまだまだ生徒も多くいて、彼らはこの当たり前の日常生活を堪能しているようにも見えた。
その安穏とした雰囲気の中、大きな悲鳴が上がった。