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課外活動(1)

 僕はあまり人のことを尊敬したことがない。

 そのような事を口にすると他の人から批難を浴びるので、基本的に年上や年配の方に対しては敬う態度をとっているけれど、それはあくまで外見上の話しであり、心の奥底では劣っているとまでは言わないが、年上だからという理由だけで特別に優れていると感じたことはない。


 勿論、身体的な優劣はあるにはあるが、それは小学一年生の4月生まれと3月生まれでは一年以上の差があるので、どう考えても3月生まれの子供は体力面で4月生まれの子供には敵わないだろうという、ごく当たり前な自然現象に過ぎない。


 そう。それはあくまで自然の摂理。年上が年下よりも身体的に優位な立場にいるとして、そのことをわざわざ尊敬する必要があるのだろうか。それは言ってしまえば、蛇口を捻れば水が出るようなものだ。


 水道の蛇口は捻れば水が出る。それはそのように出来ているからだ。捻っても水が出ない蛇口があるとしたらそれは単純に壊れているだけで、蛇口を修理すれば水は出るようになる。


「だから、年上が年下よりも優れていることはとても当たり前だと思うんだ」

「……退屈」

 なんだか眠たそうな表情で隣にいた少女はぽつりと呟いた。


 少女は盛大なアクビをする。背筋を伸ばし、肩を揉んでコキコキと首の音を鳴らした後、もう一度面倒くさそうにアクビをした。どうやら相当退屈らしい。


「君、ええと、マサキだっけ?風紀委員なんてクソ真面目で退屈な委員会にわざわざ立候補したって聴いたからどんだけ中身のスカスカな正義漢だろうと少しだけ期待していたけれど、話してみると面白いけどやっぱり退屈な奴ね」


 と、少女はだらだらと読むのが面倒になるほどの長文を舌を噛まずにスラスラと言ってのけた。ある意味その特技に脱帽だ。


「いや、その、ただ僕は……何か喋らないといけないと思って、ついいろいろと口走って……」

 ああ、なんだよ。要領を得ないな。こんな委員会、やっぱり来るんじゃなかった。


 僕は今、放課後の視聴覚室にいる。

 真希に言われた通り、僕は昨日、風紀委員に立候補した。当然だけれど、僕以外に対立候補はおらず、流れ作業のように僕の風紀委員入りは決定した。


 そして次の日の放課後、早速風紀委員会のミーティングに呼ばれた。

 といっても、特に大きな事件があったわけではない。これはどこの委員会でもやっている恒例行事。

 

 顔合わせ。いわゆる自己紹介タイムという奴だ。


 委員会が始まって最初の30分程度は一人一人簡単に挨拶を済ませるだけだった。所属する学年のクラスを言い、名前と立候補した理由を淡々と語るだけのつまらない消化イベントはパチパチと無味乾燥とした拍手で幕を終えて、やがて余った時間を利用して隣にいる人と雑談しようということになった。


 帰ればいいだろう。やる事がないのならば。なぜわざわざ知らない人間と親交を深めなければいけないんだ。


 委員長がこのどうしようもない自己紹介タイムを提案した際に、僕の手の平に汗が噴出した。全身が強張り、一体誰とどんな話せばいいんだろうとまだ見ぬ相手を想像して頭が混乱した。


 そして僕の話相手は、たまたま隣にいたこの少女になった。


 名前は北川萌花と書いてホノカと読むらしい。

 耳元を見るとかつてピアスを開けていたような痕跡があり、髪の色は異様なぐらい黒く染まっていた。


 おそらく、黒く染め直したのだろう。

 まずい、僕の最も苦手とするタイプ。女の不良だ。

 いや、髪の毛を染め直したのだから更生した可能性はあるか。とにかく、こういう相手には自信を持って接さなければ弱みを握られる。


「あのさ」

 萌花は僕の内心などお構いなしに質問する。「もしかして私のこと、不良だと思ってる?」


 ブンブンと首を横に振ったが、萌花はクゥッと小さく笑った。「それ、肯定してるのと変わらないから」


「まあ、逆に目立つよね。教師は何も言わないけど、黒すぎるってのも逆に相手の注意を引くから。こういうのなんて言うんだっけ、秀才くん?」

「……パラドックス」

「へえ。よくそんな単語知ってるね。やっぱり頭良いんだ」

「良くないよ」


 僕が本当に頭が良いと尊敬している人間は真希だけだ。


「良いよ。多分、私が今まで会ってきた初対面の男の中では、一番頭がいい。まあ、出会い頭からわけのわからない討論ふっかける辺りは馬鹿っぽいけどね」


 ククッ、と萌花は思い出したように笑った。笑われると顔が熱くなった。


「も、もういいだろ。それより、君は……」

「萌花でいいよ」

 萌花は手を差し伸べる。「揚げ足とってゴメンね。仲直りしようか」


 彼女の手の肌は白く、爪は赤色と青色に染まっていた。

 落ち着け。ここに来た目的は、内情を探ること。できるだけ溶け込まないと。


 僕は彼女の手を握り返した。「よろしく」


「声、引きつってるよ。女が苦手なんだ」

 ――かわいい。

 彼女のくすりと笑う声が聞こえ、僕はできるだけ彼女とは関わらないようにしようと心に決めた。

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