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最初の課題

「今日から私たちは一心同体、運命をともにしましょう」

 なんだか気恥ずかしい感じだったが、僕は真希に手を差し伸べられると握手に応じた。

「うん。よろしく」

 あのいじめられっ子を見事にいじめっ子へと変貌させる彼女の手腕は、確かにイジメに対して有効なやり方かもしれない。

 結局、人間は無抵抗で弱いものを容赦なくいじめる生き物だ。だから真希は、安藤涼介に本気でやり返すように発破をかけたのだ。

 あのあと、騒ぎを聞きつけた職員が安藤と不良たちを取り押さえた。

 今やインターネットの発達したご時世だ。教師たちはあまり世間には公にしたくないらしく、この一件は喧嘩両成敗という形で決着はついた。当分、安藤は肩身の狭い思いをするかもしれないが、それについては既に真希が手を打っているらしい。

「いずれわかる」

 僕が彼女にそのことについて訊ねると、毎回はぐらかされた。彼女は一体、この学校をどうしたいのだろう。

「既存の価値観の破壊だよ、私がやりたいことは」

 誰もいなくなった教室で、彼女は窓際にもたれかかりながら言う。

「毎日毎日、他の人が正しいと信じていることだけやる連中を見ていると反吐が出る。なぜ自分がやりたいことができない?」

「それは、やりたい事がないから?」

「そう、それだよ。人間は自分がやりたい事も満足に発見できない愚かな生き物だよ。だから簡単な広告文に釣られる。化粧品に健康食品、それになに、あの携帯電話を操作するたびに出てくる面倒で邪魔な機能。全部不要。でも私たちは自分をより魅力的にする道具を欲しがる。それは何故かしら?」

「それは、不安だから?」

「そうよ。それこそがすべての元凶。他の人と違っている事が不安で仕方がない。だから他の人がやっているファッションにもすぐに釣られて真似をして、なんの役にも立たない健康食品を毎日馬鹿みたいに食べ続ける消費者があとを絶たない。ファッション?流行?サプリメント?全部無駄だ」

「全部、本当は不要ってこと?」

「そうだよ。でも人間が大量にものを消費しないとこの経済社会は維持することが困難。だから大量の広告をうって企業は私たち消費者にものを買わせる経営努力を行なう。ハッキリ言えばいいだろう。モノを買ってくれないとこの社会は成り立たない。だからこんなクソの役に立たないものでもとりあえず買ってほしい、と」

 僕は笑った。「そんな言い方したら誰も買わないよ」

「良い事を言う。全部まやかしさ。……要するに私が言いたいのは、社会が声高々に宣言しているものはそれほど価値があるわけじゃないってことよ。本当に健康を維持したければ運動すればいいだけだし、沢山の人間にモテてどうする?人間はいずれ老いて醜くなり、動けなくなる。広告に振り回される時間的余裕はないのよ」

 真希は肩を竦めた。「と、私は思ってる。もちろん、人それぞれ考え方は違うから、正樹に考えを押し付ける気はないんだけどね」

 真希は続ける。

「そういうありもしない価値観に縛られることは、可能性を狭めているだけだと、言いたいの。だから、本当だったらこんな部活、入る方がおかしい。でも、君は入部した。全部を理解した上でね。それが私にとって、凄く誇らしい」

 ――やっぱり君は私にとって最愛の友達だ。

「止せよ。長い付き合いじゃないか」

「まあ、それもそうね。――で、入部にあたって正樹に一つやって欲しいことがある」

 彼女は窓際を離れてイスを引き、そこに腰掛けて僕の真正面に座る。夕日が彼女の唇を艶かしく見せた。

 小さな唇が、動く。「明日のホームルームで、君には風紀委員に立候補して欲しい」

「風紀委員?」

「そう。別にこんな学校がどんな対策を打ち出すか知ったことではないけれど、動向は探っておきたい。これからちょっと大きなことをやろうと思っていてね。それを他の奴らに邪魔されたくない。要らぬ芽は早い段階で摘んでおきたいんだ」

 ――やってくれるよね?

 有無を言わせない質問だった。答えは決まっている。――イエスだ。

「やるよ。といっても、ただ風紀委員に立候補すればいいんだろ?」

「そう。それだけ。これからいろいろな事件がこの学校を起こるたびに、学校はどのような対策を打ち出してくるのか、すごく興味がある。それを生徒の側から知るには、風紀委員の位置は最適だから」

 ――期待しているわ、正樹。

 彼女はイスから立ち上がり、僕の耳元で囁く。やけに明瞭な声だったので、その言葉はいつまでも頭に残った。

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