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部活紹介

 幼馴染の真希はマサキと読む。そしてその読み仮名は僕の名前の正樹にも当てはまる。


 生まれたときから一緒だった僕たちは、いつも一緒に遊んでいた記憶がある。でも、僕と彼女はまったく正反対の性格で、幼馴染というポジションでなければきっと、僕らの仲は良くなかったんじゃないのかと高校二年生の春頃にふと思った。



「確かに、それは言えてるかもね」

 真希は僕と違い、成績は優秀でクラスからの人気も高い。

 リーダーシップのある彼女の周囲にはいつもクラスメイトの尊敬の眼差しが集まる。

 彼女が微笑めば男子も女子も関係なく笑顔になり、幸せな気持ちになることがその表情を見ているだけでわかる。

 一方で僕は、常に傍観者のポジションにいる。クラスの一番最後尾にいながら、誰かに気づかれることなく本を読み漁る。それが僕のいるべきポジションなのだ。


 彼女達が教壇の目の前で楽しそうに話し合う姿を眺めているとたまに真希と目が合い、君もこちらに来たらどうだと目で誘ってくるが、僕にはあの輪に参加する勇気が持てず、結局真希から視線をそらした先の、彼女の取り巻きたちの背中だけを見るハメになる。


 他人の背中を見ていると、なんだか拒絶されているような感覚になるのだ。

 お前など見たくもない。不要だからこちらには来てほしくない。

 その拒絶感が、とにかく怖い。



 以前、そのような事を真希に相談したことがある。

 彼女は最初に、「わかるよ」と共感してくれる。どんなにみっともない相談事であっても彼女はまず共感してくれる。そこが他人から評価されているポイントなのかもしれない。

 否定されることを嫌う僕としては、彼女のようにどんなものでも受け止めてくれる人はとても接しやすい存在なのだ。


「他人から拒絶されるってことは、存在そのものを否定されるようなものだから。人間は社会性の動物だから、他人から拒絶されたら生きていけない。他人からの拒絶に恐怖を感じることは、とても人間らしい感情だよ、正樹」

「うん。そういってもらえると、凄く気が楽になるよ。もしかしたら僕は……」

「弱い人間だと思っていた?」

 彼女はいつも僕の思考を先回りして答えてくれる。

「そう。それだ。人と上手くコミュニケーションがとれない僕は、他人よりも劣っている。そんな気がして、弱い自分を曝け出したくないから、あの輪の中に入ることができない」

「はあ、それがすべての原因かもね」

 彼女は濡れたような睫毛を閉じて、深いため息をついた。瞳を閉じた彼女の表情は年上のお姉さんを想像させる包容力がある。


「正樹の良い点は想像力が高いところだけど、たまにそれがアダになる。常に正しいコミュニケーションをとり、その場に適した最も良い挨拶をして、常に相手の気持ちを配慮した言動をとらなければならない。毎日毎日、そんなことを考えていれば誰だって気疲れしてしまい、人とコミュニケーションをとることに億劫になってしまうよ」

「うん。僕もそう思う。たぶん、本当はみんな、それほど他人のことなんて気遣ってないんだろうけど、僕はどうしてもいつも考えちゃうんだ。あれ、今なにを言えばいいんだろうって」

「馬鹿だなあ。すごく、馬鹿だよ、それ。君は知らないかもしれないけれど、世の中の話し上手と言われている人のほとんどが間違った言葉遣いをして空気を読まない発言をしている。すごく恥知らずな言動だよ。でも、大概の聞き手はそんなことを気にせず、この人は今、こういったことを言いたいんだろうなあ、と勝手に内容を把握して理解したつもりになっている。気持ちは常に一方通行で、相互理解することは不可能に近い」

 完璧である必要なんて、どこにあるのかしら、彼女はそう呟いて、怪しく微笑んだ。

「最近、ちょっと面白い趣味に目覚めたの」

「趣味?」

「そう。今夜は正樹も特別に招待してあげるよ」




「学校の校舎を出て東にまっすぐ進むと、文具店がある」

 僕は真希と並んで歩いていた。既に傾いている夕日がやけに眩しい。

「ほら、あそこ」

 彼女が指差した方向には、確かに文具店がある。昭和の時代に建てられたような木造建築の一戸建てをお店に改築しただけの、みずぼらしいお店だった。


「あのお店で売られているノートやシャープペンシルは、普通のコンビニと比べてちょっと安い。だから高校の生徒は大概あのお店でノートと消しゴム、そしてシャープペンシルを購入する。でも、ここ最近売上が落ちているそうだよ」

 ――なんでだろうね?と彼女は疑問を投げかける。


「もっと安いお店ができたから?」

「うん。確かにそれが妥当な解答だね。一番理想的で、善意のこもった解答だと思う。それが今までの君が、他人とコミュニケーションをとれない理由だよ」

 真希は僕に人差し指を向ける。

「ねえ、よく考えてみてよ。もっとあるでしょ。売上が大幅に落ちる、古臭い文具店特有の事情を」

 僕はよく目を凝らして文具店を見た。

「お店に入ってみましょうか」

 僕と彼女はお店に入った。文具店の中はわりかし広いのだけれど、照明が古く、この時間帯になるとあまり見栄えはよくない。

 店内には数人の学生がいた。男子もいれば女子もいて、彼女たちはそれぞれシャーペンやノートを見ていた。

「あの子達をよーく観察していてね」

 僕は手近にあったノートの中身をチェックするフリをしながら、そっと彼らを観察した。

 人数は三人。男子が二人で女子が一人。そのうちの一人は今、シャーペンを二本持っている。彼はそれを元の場所に戻そうとした。そのとき、右手にいた女子が移動し、彼にぶつかった。「ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」

 男子生徒はそうつぶやくと、今まで右手に握りしめていたシャーペンを元の場所に戻した。その数は一本だった。

「ねえ、気づいた?」

 彼女の甘い声が僕の耳元に囁く。

「今、あの二人、万引きをしたのよ」




「万引きは犯罪です。それも彼らには万引きをしなければいけない理由があったわけではありません。ただ単純に、自身の好奇心を満たすために犯罪をしています」

 真希はまるで歌うように話し続ける。

「あれが売上が落ちている原因です。不法行為によって商品が盗まれているので、文具店には商品を仕入れた時の経費が残るだけ。せっかく仕入れた商品も高値で売れてないのだから、利益はゼロ。むしろマイナスよね」

 長い付き合いだから知っている。彼女はたまに、悪魔のような表情で笑うことがあり、それがまさに今だった。

「しかも犯行はかなり計画的。まず、一人目の学生がシャーペンを手に取る。それをぶつかった女子生徒に渡す。女子生徒は店内をうろつき、店外へ出ていこうとする三人目にシャーペンを渡して、任務完了。あのお店には防犯カメラがないから証拠もなく、店員が気づいた時には証拠となるシャーペンを持って、三人目は既に逃亡している。証拠がないから店員も彼らを捕まえることができない」

「それだったら、一人でもできるんじゃないの?」

「シャーペンが欲しいだけならば、そうなるかも。でも、彼らの目的はスリルを楽しむことだよ。別に100円にも満たない代物が欲しいわけじゃないのだから。遊びごとは一人でやるよりも仲間とやったほうが、倍は楽しめるよ」

「そういうものかな」

「そういうものだよ」

 僕はもう一つ疑問を口にする。「まるで、君があの犯罪計画の首謀者みたいな口ぶりだね」

「そうだよ」

 彼女は立ち止まり、振り返る。赤い夕日が逆光になっているせいでその表情はよく見えず、ただ茶色の瞳だけが見えた。

「私が彼らに計画書を伝えた。私はこの学園のジェームズ・モリアーティといったところかしら」


 ジェームズ・モリアーティ教授。すべての犯罪の黒幕にしてホームズの宿敵とされる空想上のキャラクターだ。

「この学園はいつからそんなに物騒になったの?」

 いつの間にか日が沈み、あたりは暗くなっていた。僕と彼女は通学路からはずれた道を歩いているので、街灯以外には何も見えないのだけれど、土地勘があるのでそれほど苦労はしない。

「人聞きが悪いね」

 と言いつつも彼女は特に気にしている様子がない。それどころか、少し楽しんでいるようでもある。

「私はただ、社会を若干円滑にする手伝いをしているだけよ。なんでもかんでも正しい行動ばかりだと、うんざりするでしょ?決まった様式に従い、親から正しいと言われたことだけやって、教師の語る授業内容をそのまま頭に暗記する。世間が正しいと考えるレール通りの人生を生きて、空気の読めない発言をしたら社会から弾き出される。なんてつまらない世の中かしら。もっと好き放題、やりたいことをやればいいのに」

 私はその手伝いをしているだけ、と彼女は言う。

「でも、それによってあのお店は迷惑を被るだろ?」

「そうね。迷惑でしょうね。まさか犯罪のターゲットにされるなんて、夢にも思っていなかったのだから。本当に可哀想だわ。これでいいかしら?」

 真希は悲しむようなフリをして、けろりと表情を変える。

「犯罪の被害者に同情してあげたのだから、もう満足でしょ?」

 そういう、問題なのだろうか。いや、そういう問題なのかもしれない。上辺ばかりが重視される世の中では、中身よりも外見だけ取り繕っておけばいいのだから。

「それよりも、どうするの?」

 彼女は話題を変える。もしかしたら、同じ話題なのかもしれないのだけれど。

「正樹も、参加するの?あらかじめ言っておくけど、この部活は非合法だよ」

 あと、副部長の席がまだ空いているから、と彼女は付け加えた。

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