第6話 恐怖の遺跡とプリムの頑張り
「安藤待ってよー、足早いよぅ」
遺跡までの道中は馬を借りて乗ってきた。途中で盗賊が出たが安藤のメンチで全員腰を抜かして戦闘不能になった。更にゴブリンキングまで出たが安藤とメンチ切り合戦の後、泣きながら帰って行った。そして三日目にはリザードマンの戦士の長に絡まれたが、安藤が蹴り一発で終わらせた。そして今は早くも遺跡の中なのであったが・・・馬は入れないスペースの細い通路が続いており、石造りの広い部屋や一部崩れたところなどを潜り抜け、敵が出る階層まで降りていた。ほぼ一本道なのだが、元冒険者のなれの果てらしきスケルトンや、ゾンビナイト、挙句の果てにはそれらを従えたもっと邪悪な物まで出現した。
「いいや、お前は少し遅れてくるくらいでいいぞ」
子供に見せるには精神衛生上よくなさそうなグロテスクな怪物ばかりだった。安藤は露払いをしながらサクサクすすんでいくのだった。
「うう、暗いし怖いよぅ」
後ろから情けない声が聞こえてくる。
「まったく・・・」
プリムローズが近くにくるまで待ってやると横手からブレインスラッシャーという魔物が現れた。見た目は人間によく似ているが、身長は2mを超え、全身筋骨隆々、しかしその全身のいたるところに鉄板で補強がされた古代の魔術師が作った人造のアンデッドだった。召喚された副作用というか特典というべきか、安藤にはステータスを見る能力が備わっていた。暗闇で横手から俊敏に襲い掛かる敵は本来ならば致命傷を与えてくるだろう動きでもって突っ込んできたものの、安藤には丸わかりだった。何しろ名前がくっきり表示されているのだ。剣を一振りするとブレインスラッシャーは一撃で動かなくなった。
「うわ、気持ち悪い・・・安藤大丈夫?」
小走りに走り寄ってきて袖に捕まる小柄な少女。安藤は保護欲を誘われる自分に、お前はこんなところで何をしているんだと呼びかけるもう一人の自分を認識した。
火山会と風林会の抗争はこれから激化する。そのとき安藤はいなくてはいけない人材だった。兄貴分の言った言葉が心に突き刺さる。いつまでもきれいごとでは済まない、それは分かっているが・・・今はあまり考える気になれなかった。
「ああ・・・」
それだけ返事をするとまた先を進むことにした。
「あん、待ってよー」
そこから先はお化け屋敷よろしくプリムローズは安藤にくっついてびくびくしながら進んでいった。
そして安藤は少し切れた。
「ええい、動きにくい!くっつくな!!」
ボーンバイター、これも大昔の魔術師の実験で作られたアンデッドらしいが、大量にわいて迷惑極まりない存在だった。犬と何かを掛け合わせたような外見でその頭部のほとんどは牙で構成されていた。しかもそのサイズは小さい熊ほどもあるのだ。さすがに無数のボーンバイターを相手にプリムローズをひっつけたまま戦うのは不便だった。
半身に少女を庇って戦う黒ずくめの剣士・・・と言えばサーガにでも歌われそうなかっこよさだが、実態は足手まといの子供をぶら下げてケンカするヤクザである。二人ともビジュアルはいいだけに実に残念である。
「だってぇ、ここ暗くて怖いんだもん」
『プリム、わがままはダメですよ。ライト!!』
魔本の賢者が見かねて光の呪文で遺跡内を照らす。
「お、よく見えるようになった、助かるぜ」
ステータスや名前が表示されるからと言ってやはり姿が直接見えた方が楽なことは楽だった。
「きゃああああ、怖い怖い怖い!!」
明るくなってドロドロアンデッド祭りがよく見えるようになったプリムローズは安藤にぎゅうううううっとしがみつく。
次の瞬間安藤が適当に切り落とした頭がプリムローズの両足の間に落ちた。
「いやあああああああああ!!!?」
安藤から手を放して壁にダッシュで逃げたプリムローズ。
カチ
何かのスイッチが押され、そのままプリムローズは壁の裏側へ消えた。
「おい、ガキ!?」
安藤は一気にボーンバイターを蹴散らし、壁をたたく。空洞ということもなく魔法の仕掛けだったため安藤には理解できなかった。
「クソ、こっちか!?」
ダンジョンの奥からなんとなくプリムローズのいる雰囲気を察知する安藤。召喚獣は召喚者の位置を大体把握できるのだ。
道中で出まくるアンデッドはすべて剣で瞬殺しながら走る。
「うわああああん、怖いよおおおおおおぉ!?」
奥の方からプリムローズの絶叫が聞こえる。するとアンデッド達は声に反応して方向転換する。
軽く見ただけで20体は声につられて動きだしている。正直帰りてえ・・・。安藤ですらうんざりするくらいのグチャドロな敵だった。
「安藤たすけてえええぇ!!」
大声を出して泣き叫んで自分から敵に発見されているバカなガキ・・・と、思っていたが自分のことを頼りにされていると思うと背中の入れ墨がむずがゆくなる安藤。放っておいて帰りてえ、そんな気持ちは天性の兄貴体質がそれを許さなかった。
プリムローズがいると思しき通路は直線に小部屋がいくつも並んでいるという、まるで牢獄のような場所だった。安藤は片っ端からドアを開け、中にいるアンデッドを斬り、通路にいるアンデッドを斬り、めんどくさくなって大声でプリムローズを呼びながら走った!!
「うう、こっちだよぉ。怖いのがいるし、動けないよぉ・・・」
そこは通路の最奥だった。一際大きな鉄の扉を蹴り破る安藤。
「ここか!」
安藤は入って驚いた。そこはまるで現代の手術室だったのだ。心電図のような機械はマジックアイテムに代わっていたが、手術台の上には拘束具で固定されたプリムローズがいた。
「ガキ・・・お前何してんだ」
「ううう、知らないよ。転移したらもう捕まっちゃってたんだもん!自分からこんな風に捕まるわけないでしょ!?」
それもそうかと納得した安藤はプリムローズを拘束台から解放する。すると同時に虫の羽音が聞こえてきた。
ヴヴヴヴヴヴ・・・
耳障りな音を立てるそれは安藤の真上からした。
「なんだ、こいつは!?」
「ぎゃあああああ、また出たあああああああ!?」
どうやらプリムローズを怯えさせていたのはこいつだったらしい。羽音の主は巨大な蠅人間だった。手術台の上の天井はかなり高くなっていた。8mはあるだろうか?その上の方に逆さになってホバリングしていたのだ。
急降下してくる蠅人間はプリムローズを掴もうとする。しかし安藤はそれより早くプリムローズを抱きかかえて距離を取る。ナイフのようなかぎ爪が安藤の背中を浅く切り裂いた。
「野郎、俺のスーツを!!」
安藤の皮膚はこれしきのことで傷を負わないが、スーツは無残にさけてしまった。対峙するヤクザ対蠅人間。次は安藤が動いた。安藤の片刃の日本刀に酷似した剣は蠅人間の脇腹から生えた小さな腕を切断する。しかし蠅人間も再びかぎ爪をふるって抵抗する。安藤のスーツが更に破れ、ぼろ布と化す。
「なますにしてやらあ!!」
切れる安藤。めちゃくちゃに振り回した剣はかぎ爪を、腕を、複眼を次々に斬り飛ばす。悶絶する蠅人間。
「安藤、援護するね!盟約において来たれ小さき友よ、ブリッツ・イエロウ!!」
ポン!
クラッカーの鳴るような音ともに現れたのは帯電するヒヨコだった。ぱちぱちと放電しながらピヨピヨ歩いていく10センチくらいのヒヨコ。静電気でトサカになっている羽毛はばっちり決まっている。ブリッツは苦痛に咆哮を上げて体液を垂れ流す蠅人間に、ぷすっとくちばし攻撃。
バチバチバチバチ!!!
1000万ボルトの超電撃が蠅人間を襲う。傷口から白い煙と血泡を吐き出しながら黒焦げになる蠅人間。そしてその蠅人間に剣を刺していた安藤ももれなく感電し、スーツの上着は炎上したのだった。
「何考えてんだクソガキ!」
感電した安藤はプリムローズに説教をしていた。
「ゴメンなさい・・・でも、援護しようと思って」
「普通は死ぬぞ!?大体お前が不用意に走り出すからこういうことに・・・」
安藤でよかった。もし並みの兵士とかが同じものをくらっていたら一緒に感電死確定だったのだ。
ヤクザの癖に正論をひたすら吐き出す安藤のお説教はプリムローズの心に追い打ちをかける。実は安藤自身はステータスに耐性があるからまったくわかっていなかったが、この遺跡とアンデッド達にはステータス異常の恐怖を慢性的に呼び起こすことができた。プリムローズが怖がって逃げたりしたが、あれでもかなり頑張った方である。並みの兵士が入った場合はこの遺跡内では移動できず、剣も抜けず、食い殺されているはずである。
「ううう、がんばったのに安藤のバカぁ!!」
プリムローズは逆切れを始めた。
「知るか!」
逆切れされて安藤も折れるような男ではなかった。
『二人ともいいですか?』
賢者が見かねて二人に声をかける。
「あん?」
安藤の目つきは今なら魔王でも気絶させそうなくらいの眼光を放っていた。
『目的の魔獣を倒したことですし、帰りましょう。連携の大切さはわかってくれたでしょう?』
「逆効果だ、アホ賢者!足手まといが如何に厄介かわかっちまったよ」
実際安藤からするとその通りだったが、足手まといの一言がプリムローズの心の堰を切った。
「何よぉ、ほ、本当に怖かったんだもん。が、頑張ったのに、ひどいよ。うあああああああん!!」
ポロポロと大粒の涙を流すプリムローズ。安藤はそれを見て、目をそらす。
「ガキと涙は嫌いなんだよ・・・だから連れてきたくなかったんだ」
『ふう、とりあえず転移札を起動しますからさっさと脱出しちゃいましょう』
スルーして賢者は転移札を使った。
「お前、後でちょっとツラ貸せ」
安藤は賢者に怒り心頭だった。
転移札で転移した先は王宮内の二人の部屋だった。とりあえず二人はフルブレイク王に報告を済ませ、再び部屋に戻る。
城の廊下を無言で歩く二人。前方から妙に顔の青いジョッシュがやってきた。
「プリムに安藤!帰ってきたか!!いやー、恐怖の遺跡に行ったんだって?あそこは入っただけで脚が動かなくなるって有名なんだよね。二人も動けなかったんじゃないかな?ん、自分かい?自分はあの遺跡の中で10mくらいは動けたよ?ほら、なんといってもこの王宮の門を守る一流の騎士たる物、精神耐性がないと務まらないからね!!ん、二人とも表情が硬いね?さてはほとんど探索できなかったのかな?」
べらべらとまくしたてるジョッシュにイライラしながらも安藤はプリムローズの頑張っていたことに今さら気が付いた。
「おい小僧、精神耐性って言うのは何するもんなんだ?」
「小僧って・・・に、睨むなよ!?う、あ、ええと、今みたいに恐怖や威圧を与えられた時に、精神を強く持って飲み込まれないように踏みとどまることだよ!た、たすけ・・・」
安藤のメンチ切りをなんとか耐えるジョッシュ。実際ジョッシュは近衛と張り合っても勝てる程度の精神耐性を持っていた。安藤のメンチ切りを食らってたっていられるだけでも驚嘆に値する。
『安藤、君や私は精神系の状態異常に耐性があるからいいんですが、プリムは頑張って耐えていたんですよ。その点は汲んであげてください』
賢者は魔本から声をかける。
安藤はバツの悪そうな表情でプリムローズに話かける。
「あー・・・そのなんだ。お前が何をがんばっていたんだかわからなくてイライラしてたんだ。俺が悪かった」
プリムローズは安藤が困っている顔を見て、その似合わなさにおかしく思い、自然と笑顔になっていた。
「ううん、こっちこそゴメン。安藤は魔法のこととか何も知らなかったのにちゃんと説明してなかったの私だし・・・その、迷惑かけて足引っ張っちゃったのも事実だし」
二人で反省し合う二人。なんとなくいい雰囲気にジョッシュは乱入しようとしてくる。
「そ、そうだ!今から城の宝物庫に行って聖騎士選抜会の優勝賞品を見繕いに行くんだけど君たち二人もどうだい?王様からも許可は頂いているから良かったら一緒に見に行かないかい?」
宝物と聞いて安藤の目が光る。
「・・・俺は目利きにうるさい方でね。ぜひ見せてもらおうか」
安藤の祖父は古物商をやっていた。しかもいわくありげな本物の呪物であるとか、妖刀であるとか、一般人がふれることのないようなものばかりを扱う怪しい店の。
剣術とケンカの仕方、目利きを祖父から習った安藤はそのまま目利きが趣味になっていた。
「へー、安藤ってそういうの好きなんだね」
プリムローズも安藤の意外に理知的な面を見れて表情が明るい。ジョッシュは二人の仲が良くなる予感を敏感に感じ取った。
「む、自分も目利きには自信があってね。では安藤、どちらがいいものを探せるか勝負しないかい?」
安藤の目がすっと細くなる。
「面白いじゃねえか。何を賭ける?」
「か、賭け?ならばプリムを一日貸してもらおう!デートの権利を賭けて勝負だ!!」
これに驚いたのはプリムローズだった。話が変な方向に行っている。
「え、ちょっと待って?何それ?何で私が景品にされてるの!?」
「ふん、売られたケンカは買うしかねえ、その勝負乗ってやらあ!!」
安藤も特に気にせずプリムローズを賭けてしまう。
「えええええ、安藤何言ってるの!?」
二人はそのまま宝物庫へと駆けていった。