Memory of R
深い青がどこまでも続く闇。ただ一点、場を占める船の中で、おれはつぶやいた。
「今日でちょうど二十年になる」
宇宙開拓時代の幕開け。各国がこぞって船を打ち上げる中、おれも選ばれた人間の一人だった。国のためにという気持ちは持ち合わせていなかったが、個人の想いが抹殺されるということは十分認識しているつもりだった。
出発の前日、Rに会って別れを告げた。もしかしたら、一緒に行くことも可能だったかもしれないが、自信がなかった。二人だけの世界で、うまくいくだろうかと。ひと月もすれば、お互いに執着しなくなるだろうと、少し冷たいことを考えていた。
「言うまでもなく、こちらでひと月経過したころには、地球では何十年もの時を重ねている」
当時の技術で、光速の九十パーセントに達するのに一週間かかった。いずれにしても、Rの命はとうに終わりを迎えているだろう。その遺伝子が引き継がれていたとしても、R本人は、もういない。
「人類だって、もういないかもしれないな」
宇宙飛行は順調だった。船内コンピューターが話し相手になってくれた。モニターに映し出される文字や画像にも生命が宿っているように思えた。
速度が上がるにつれて視界が揺らぎ、やがて何も見えなくなった。これを「見る」には、人が進化しなければならない、などと思ったものだ。
何事もなく時が過ぎ、今に至る……。
いや、一度何かがあった。船体が揺れたかと思うとアラームが鳴り響き、船内コンピューターの指示に従って、おれは何かをした。
「何か大切なことだったような気がする」
と、そのとき、船体がドスンと揺れて、急速に視界が晴れてきた。
「久しぶりに見る深い青色……」
船内に何かが侵入してきた。アラームが鳴り響く。いや、鳴り響いている気がする。
指令室のドアが開き、その生命体がいすに近づいてくる。
「見ろ、ミイラだ」
後から来たもう一体の生命体に指し示している。
「酸素がない分、保存状態がいい」
宇宙服越しに語りかける電波を拾って、おれにも聞こえる。が、何を言っているのだ。おれはここにいる。船にはおれしか乗っていないはずだ。
生命体が船内コンピューターをいじり始めた。
「……データを保存しておくか」
作業を終えた生命体たちは、船の去り際に迷っているようだった。
「どうする?」
「できれば、このままにしておきたい」
「……偉大なる先人に幸あれ」
生命体たちは去っていった。
おれは理解した。あのとき、船内コンピューターの指示に従って、記憶をすべてコピーしたのだ。きっと今日のような日が来たときのために。……彼らが保存していったデータを基に「おれ」が再生されるだろう。
個人の想いが抹殺されるということは十分認識しているつもりだった。だが、Rの記憶にだけはプロテクトをかけてしまった。
再び視界が揺らいできた。
おれは沈黙することにした。