表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラストバトル  作者: 野生
6/8

第5章 頂に最も近い者

 全身の毛が逆立ち、俺は無意識のうちに右手を左腰に伸ばす。

 しかし、伸ばした手は虚しく空を掴んだ。

 今の俺は《神楽》を先生に預けた事さえ忘れるほど、その男子が放つ気に全身全霊を費やしていた。

「先生、《神楽》を」

「ええ、わかっているわ。―――はい」

「どーも」

 先生から受け取った《神楽》を、俺はすぐさま腰に差す。

「それから……」

 そして俺が口を開いた、

 まさにその時。

 俺の背後で、ドスッと何かが地面に倒れる音が断続的に響いた。

 それは、幾千の針のような殺気に当てられた皆本と大畑が、気を失って地面に倒れた音だった。

「さすがに、彼の殺気をまともに受け止めるのはこの二人には無理みたいね。萩原君、二人は私が連れていくから、――――思う存分やりなさい」

「お願いします」

 俺がそう言って軽く頭を下げると、先生は小さく微笑んで、先生自身かなり細いにも関わらず軽々と二人を担ぎ上げ、何事もないように退散していった。

 さすがは女性といっても、この桜花学園の教師だ。

「さてと……」

 一息ついたところで、俺は改めて男子生徒と向き直る。

 するとソイツは少し子供じみた、でも全く油断ならない微笑みを浮かべて、俺に手を振ってきた。

「SSともあろうものが、Cランクに手酷くやられたな。一騎」

 その男子が口を開くと、それまで辺り一帯に吹いていた春風がまるで自由を奪われたかのようにピタリと止んだ。

 見た目の体格は普通の男子と変わらないが、その制服の下に限界を超えた鍛練によって造りたげ肉体を隠す、髪を見苦しくないくらいに伸ばした端正な顔のSランク最強の男子が、爛々と輝く鷹のように鋭い双眸を俺に定めた。

「こっちもいろいろと訳ありなんだよ。んで、お前は何の用だ? SSランクに最も近く、一切の武器を使わない《拳闘師》。凪野(なぎの)アキラ」

 俺の問いに、アキラはクスクスと笑って、答えた。

「俺は、最強を取りに来た」

 その一言に、俺の背筋がゾワッとした。

 奢りも、慢心も、一切ない。

 何も臆することも、気負うこともない。

 それは、世間話でもするように自然で、

 けれど、絶対に覆すことのできない言葉だった。

「……なるほど。俺を倒してSSランクになるつもりか?」

 確信を持って俺はアキラに向けて口を開く。

 だが、

「違うよ」

 アキラは小さく笑って、首を横に振った。

「俺が欲しいのは、この桜花学園における『最強』だ。まずは“J”の名を持つお前を。そして残りの二人を倒して、俺が最強になる」

「俺だけじゃなくて、あの二人まで相手にする気か?」

「無理だと思うか?」

「……いや、メッチャクチャ面白そうだ。やっぱり、ケンカの理由はシンプルじゃねぇとな」

 俺は興奮につり上がる頬を抑えきれないまま、スラリと《神楽》を鞘から抜き放った。

 そして、《神楽》の鋭く光る刀身に答えるように、アキラがゆっくりと拳を作る。

「……………」

「……………」

 俺とアキラ。

 二人から溢れ出す殺気と闘気の応酬に、草木がざわめき、生き物が逃げ出した。

 未だお互いに一手を繰り出していない状況ですら、自然が脅威を感じるのには十分すぎるようだ。

既に言葉はない。

 そしてこれからの闘いに、俺は一切手加減をしない。

 学園の死者をも生き返らせる保健医の先生を信じて、俺は殺す気でアキラと死合に応じる。

 渦巻く死陣の中、沸き上がる興奮に不自然に笑う両者。

 1分………

 5分……………

 10分…………………

 バサバサバサッ

 まるで、動かない両者に耐えきれなくなったかのように、突然激しい突風が吹き荒れ、



 俺とアキラは、弾かれたように動き出した。



 目測で30メートルは有った俺とアキラの間合いが消える。

 アキラが間合いに入った瞬間、俺は地面を這うように両手で握る《神楽》をアキラの胴目掛けてすくい上げる。だが、アキラは余裕を持ってその斬撃を避け、相対して繰り出される拳が俺の顔面に繰り出した。

 疾い!!

 俺はすぐさま振り抜いた《神楽》をアキラの腕目掛け引き戻した。

「ドゥぁ」

 突然、俺の視界が地平から垂直に反転する。

 いつの間にか体勢を崩された俺は、鳩尾(みぞおち)をアキラの強力な右ストレートに撃ち抜かれた。

その勢いのまま俺は地面に叩きつけられ、腹部と背中の痛打により呻き声と共に肺から空気が押し出される。

 だが、それらが俺の口から吐き出される前に、アキラは俺の頭を鷲掴みにした。

 ヤバい。

 俺の中の危機察知センサーが、アキラの意図を感じ取り、本日最大の警告を発する。

 遮られる視界の中、俺は目の前の暗闇に向けて、力の限り右手一本で握る《神楽》を振るった。

「っつ!」

 浅い手応えと共に、顔面の圧迫感が消える。

 俺はすぐさま体のバネを使って跳ね起き、左二の腕辺りから血を流すアキラへ向けて疾走した。

 向かってくる俺に応戦して、アキラが俺の側頭部目掛けて足先が視認できない速度の上段蹴りを放つ。凄まじい風圧と共に繰り出されたその蹴りを寸前で身を屈めて避けた俺は、銀の軌跡を空中に描き、《神楽》の刃がアキラの首に滑り込ませる。しかし、アキラはギリギリでその刃を避けたかと思うと、左手を砕く拳ではなく、貫く抜き手に変え、再び俺の顔面に必殺の一撃を繰り出してきやがった。

首を傾げるが間に合わず、頬の薄皮が数枚、アキラの指先に剥ぎ取られる。

 しかし

 アキラのその一撃は、単なる囮に過ぎなかった。

「!!」

 俺は見ていない。

 だが、俺の本能がアキラの殺気を感じ取った。

 本能が理性を置き去りにして、俺の身体をアキラから大きく飛び退かせる。

 俺の背中に、冷たい汗が流れた。

 ゆっくりと俺はアキラを警戒しながら、自らの視線を下げる

「っげ!」

 俺の胸元、厳密に言えば心臓部分の制服が根こそぎアキラに奪われていた。

「ふぃ~~。あ~ぶねぇ~、あぶねぇ~。そういえば、二人で飛騨の奥山に鬼退治に行ったときも、お前この技を使ってたよな。鬼の心臓を素手で抉り出す奴なんて、俺は初めて見たぞ」

「そう言う一騎だって……」

 まだ痛みの取れない腹部を擦りながら俺がそう言うと、アキラは自分の首筋に刻まれた朱い筋を撫ぜながら言い返してきた。

「金棒ごと鬼の胴を真っ二つにしてただろ。それもボスクラス三体同時に」

「あれ、そうだったけか?」

「そうさ」

 お互いに一歩間違えれば致命傷を相手に与えられながら、俺たちは笑っていた。

 交差する視線。

 大気を応酬する殺気

 一瞬でも気を抜けない緊張感。

 拳が肉を打ち、刀が肉を切る感触。

 踏み込む力に耐えきれず弾ける大地。

 全て忘れ、ただ生きる為だけの本能のみが体を支配する。

「へへへへへ」

「フフフフ」

 不敵。

 それ以外の言葉が見つからない笑いを発しながら、俺たちは互いに限界まで筋肉を緊張させる。

 そして幾ばくかの静寂を切り裂き、

 俺たちは再び動き始めた。

 俺は《神楽》を水平に構えアキラ目掛けて疾走。だが、アキラの動きはそれまでとは全くの別物だった。

 アキラはまるで水に流れる花弁の如く流麗な動きで滑るように《神楽》を受け流し、極端に狭い間合いから俺の胸元に手を乗せた。

 腕を振りかぶるような動作はない。

 だが、アキラが攻撃に転じた瞬間、軽く乗せた掌から凄まじい衝撃が体を駆け巡り、俺の口孔から血塊を吐き出させた。

「ゴフッ。……浸透……(しんとうけい)……か」

《浸透勁》

 それは中国拳法における気の流れの一つだ。

 初めに俺の体勢を崩した柔術といい、今の中国拳法といい。

 さすがはSSに最も近い男。

 『マスターズ・ペア(素手の支配者)』の異名は伊達じゃない。

 だが、いつまでも後手に廻る気はないぞ。

「そうこなくっちゃ」

 口に残る血の残滓を唾と一緒に吐き捨て、俺は神速の太刀を持ってアキラに斬り込んだ。

 真上から《神楽》を振り下ろし、バックステップでその一撃を避けるアキラを追い、交わされた《神楽を》を下方から掬い上げる。今度は右に体を捌くアキラに合わせて《神楽》の刀身を寝かせ、振り切る。バク転で再度《神楽》の刃を避けるアキラ。そのアキラへ執拗に《神楽》が食らいつく。

 息つく隙もない斬撃。

 ついに《神楽》の刃がアキラに追いついた。

 しかし、攻撃を易々と迎え入れるほど、アキラはお人好しじゃない。

 アキラは真っ向から刃先と対峙するのではなく、撫でるように《神楽》の腹に手を当てその軌道をずらすか、叩き落とすことで俺の攻撃に対応する。

 だが、次の瞬間。

 《神楽》の刀身を上方に受け流したアキラに、零コンマ数秒の隙が出来た。

 それは囮でも何でもない。

 アキラは寸前で何とか衝撃を逃がす方向に跳んではいたが、俺の跳ね上がる左足の爪先は深々とアキラの右脇腹に突き刺さり、その体を藪目掛けて吹き飛ばした。

 バキバキと凄い音を立て、アキラの体が藪の中に埋没する。

「チャンス」

 千載一遇の勝機を逃すまいと、俺はすかさず横手から《神楽》を振り切り、生い茂る藪を薙ぎ払った。

「なっ!?」

 零れる驚愕

 アキラが、いない!?

「どこだ?」

 思わず洩れた問いに対する答えは、歯の生い茂る上空から俺の頭部目掛けて降ってきた膝が物語っていた。

「もらったーーっ」

 上空から俺の耳を打つ、アキラの快心の叫び、

「っ!」

 ギリギリで無様に転げる俺の肩を、アキラの膝が掠める。

 あっぶねぇ~~~~

 今のは本当にヤバかった。

 俺の背筋に大量の冷や汗が流れ落ちる。

「って、おいっ」

 凄まじい音と共に、寸前で避けた俺が今までいた地面が突き刺さる膝の衝撃に、まるで隕石が落ちたかのように大きく抉れた。

 その隕石モドキ、もといアキラは、再び鋭い攻撃に主体を代え、躊躇うことなく俺の間合いに飛び込んできた。

 拳の弾幕が俺に襲いかかる。

 迎え撃つ《神楽》の煌めき。

 だが、受けきれなぇ!

「っぐ」

 左肩に、右肋あばら

 いいのを、二発喰らっちまった。

 拳幕の縫い目を縫って救い上がる《神楽》。

 飛び退くアキラ。

 そして、再び拳の弾幕が俺に向けて放たれた。

「させるかっ」

 アキラにしてはらしくない短絡的な攻撃だったが、そのまま受け入れるわけにもいかず、俺は慟哭と共に横手からアキラの胸に銀の軌跡を残す《神楽》を走らせる。

「っな!」

 突如としてアキラの顔が、俺の視界から消えた。

 いや、消えたわけじゃない。

 アキラがその場にしゃがみ込んだだけだ。

 俺目掛けて飛び込んできたアキラが、寸前で急ブレーキ&急屈伸。

 膝を折り曲げ急にしゃがんだアキラの髪のだけを苅り取り、《神楽》の刃が右から左へと流れる。

 結果、見事に俺の一撃を避けたアキラは、膝を曲げた状態から全身のバネを使って跳ね上がり、天上を貫く抜き手を俺の顎に繰り出した。

 大気を切り裂き、俺の顎を穿かんと繰り出されるアキラの鍛え抜かれた指先。

 俺はあえて力を入れず、横に流れる《神楽》の遠心力に身を任せ、アキラの一撃をやり過ごし、

「ここだーーーーっ」

 跳び上がるアキラ目掛けて、俺はその場で旋回し、一瞬の間も置かず、再度横手から《神楽》を振り抜いた。

 ……が、

「っげ?」

 俺の振るった《神楽》が、その刀身がスピードに乗る前に、横にあった太い桜の幹に食らいつてしまった。

「こんな時にっ」

 苛立ちを吐き捨て、幹から《神楽》を引き抜く。

 同時に本能が俺を横に跳び退かせた。

 転げざまに俺の眼が背後の光景を捉える。

「おしい」

 悔しそうに呟くアキラの声。

 俺の背後では、太い桜の幹がアキラの手刀に貫かれていた。

 鈍い音と共に、桜の気が藪の中で鈍い音を立てて倒れる。

「おいおい、環境破壊だぞ」

「気にしない、気にしない」

「いや、気にしろよ」

 笑顔でとぼけるアキラにツッコミを入れつつ、俺は即座に自分の置かれている状況を整理した。

 藪の中じゃ長い武器を持つ俺が不利。

 地の利はアキラにある。

「逃げるかっ」

 瞬時に今の状態を割り切った俺は、無理をしてアキラに追撃を加えず、その姿を視界に収めながら、薄暗い藪の中から白日の下へと飛び出した。

 その一瞬、さんさんと降り注ぐ日光に俺の視覚が奪われる。

 しかし、それは俺に限ったことじゃない。

「逃がすかっ!」

 俺を追い、続けて藪から飛び出すアキラ。

 暗中から光中に飛び出したことにより、一瞬、本当に一瞬だけ先ほどの俺のようにアキラの目が眩んだ。

「もらったーっ!」

タイミング・速度・角度・地の利、全てが完璧に重なった瞬間に、俺は唐竹割りの斬撃をアキラの正中線目掛けて振り下ろした。

 勝った!

 そう、思ってしまった……

 アキラの全速はこんなもんじゃなかった。

 アキラの足下が破裂する。

 同時に、アキラが自身の影をも置き去りにしかねない速度に加速した。

 しかし、正中線を取っている分、俺に分があるはず。

「っな!」

 その考えは…甘かった。

 突然、真っ正面から真っ直ぐに来ていたアキラの体が、地面の破裂と共に上空の方へと跳ね上がる。

やられた

 俺は心の中で、俺自身の甘さを罵った。

 絞りを効かせて、何とか《神楽》が地面に突き刺さるのは阻止したが、俺の後ろが完全にアキラに取られる。

 気配のみで背後の状況を探ると、飛び上がったアキラはそのまま校舎の壁に到達し、全身のバネで衝撃を受け止めていた。

 そして受け止めた衝撃を解放。

 俺が振り返りその目の端にアキラを捉えたとき、既に伸ばされた指先は俺の眼球数十センチ手前まで迫っていた。

 逃れられない危機。

 避けられない死地。

 打開する方法は1つしかない。

 俺はすぐさま脳の運動野に存在する、肉体の限界を司る部分の制御装置(リミッター)の枷を外した。

その途端、一瞬前までは死地だった状況が何でもない状況に変わる。

 俺は余裕を持ってアキラの一撃を避け、《神楽》で横一文字に胸を裂き、脇腹・鳩尾にそれぞれ五発の拳を叩き込み、オマケとばかりに地面へと蹴り付けた。

 最後に肉体が崩壊しないよう、制御装置を元に戻す。

 その間、僅か0.0125秒。

 でも、さすがアキラ。

 俺の攻撃が致命傷にならないように、全て軸を微妙にずらして受けやがった。

「っく」

 アキラは苦悶を洩らしつつ、右腕一本で地面に着地。

 そしてすぐさま、その右腕を軸にし、一瞬で体の前後を入れ替える。

 奥歯を噛み締めながら顔を上げるアキラ。

 その双眸には、後を追い、《神楽》を振り抜こうと限界を超えて筋肉を緊張させる俺が映っていた。

「っ!!!」

 アキラはギョッと目を見張り、着地時の余剰エネルギーをそのまま利用し背面から後ろへ飛び退く。

だが、それだけなら《神楽》の刀身は確実にアキラの胴を切り裂いていたはずだ。

 アキラとの間合いを詰める俺の顔面を、飛び退くアキラの右手から撒かれた砂の粒子が覆った。

同時にアキラは後退を止め、前進。

 鋭い抜き手が俺の腹部に襲いかかる。

 だが、俺だって負けちゃいない。

 俺は緊張させていた筋肉を解放。

 白日の光を切り裂く銀光の軌跡が、アキラの首筋に走った。

 それまで神速の領域同士の攻防が幻であったかのように、俺とアキラの動きがピタリと止まる。

「ふっ」

 アキラの抜き手は俺の腹、1ナノメートル手前で止まっていた。

「へっ」

 《神楽》の白刃は、アキラの首筋の皮を1ナノメートル斬り込んで止まっていた。

「俺の…負けだな」

 剣と拳を納める両雄。

 敗北の呟きは、アキラの口から零れ落ちた。


「まったくもって、ギリギリの勝負だったな。お~、痛てぇ~~」

 取り敢えず戦闘で強張った筋肉と緊張を解しながら俺が口を開くと、アキラはスッキリした中にも、ちょっとした苛立ちを含め、言った。

「何がギリギリだよ。一回の勝負で俺は二回もお前に負けたんたぞ」

 ん?

 2回負けた……?

「おいおい、アキラ。あんまり自分を卑下するなよ。お前が負けたのは、最後の一回だけだろ。むしろ、途中までは俺の方が押されてたぞ」

 意味の分からないことを言うアキラに俺が疑問を口にすると、アキラは

「まぁ、負けたんだから、答えるか」

 と呟きながら答えてくれた。

「一騎。お前、三年生の初めに年間目標を決めたこと、覚えているか?」

「あ、ああ。そういややったな、そんなこと」

「一騎は、何て書いた?」

「『早寝 早起き 朝ごはん』」

「………俺は冗談が通じない方だぞ」

「いや、マジなんだけど」

 俺が真顔で答えると、アキラは疲れたように、そしてどこか諦めたように溜め息を洩らしやがった。

失礼なやつだ。

「何だよ。じゃあ、アキラは何て書いたんだ?」

「俺は………『一切の武器を使わない』って書いた。だから俺は修学旅行の時の枕投げだって、枕を使わずにやってたんだぞ」

 ああ、そういえばそんなこともあったな。

「んん、まぁ、あれがまくら投げって言えんのか、微妙なとこだけどな。もう少しで宿を全壊するとこだったし。―――それで、その目標が今の闘いと、どう関係するんだ? 今だって、アキラはずっと素手で……」

そこまで言ったとき、突然俺の口の中からジャリっという音がした。

 まさか…

「最後の目眩ましか!?」

 俺がそう叫ぶと、アキラは自嘲気味に笑って

「そうだ」

 と呟いた。

「ちょ、ちょっと待てよ、アキラ。使ったって言っても、こんな砂、武器でも何でもないだろう」

 俺がそう叫ぶと、アキラはため息をつきながら小さく肩を竦めた。

「いや、武器でなくても、道具を使ったことにはかわりない。――でも一騎、勘違いするなよ。最後の一撃。あれは本当に、俺の全力だった」

 そこで一旦言葉を区切ると、アキラはもう一度右手で固く拳を作り、俺の胸をトンと軽く叩いた。

「だから悔いはない。最高のケンカだった。ありがとよ、一騎」

 今度は自嘲ではなく、心の底からの笑みに、俺もアキラの真似をして拳を作ってその胸をドンと叩いた。

「また、やろうな」

「ああ。今度こそ、お前に勝ってやるよ」

 その言葉を最後に、アキラは颯爽と身を(ひるがえ)した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ