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ラストバトル  作者: 野生
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第1章 侍VS忍者 力VS数

ピーヒョロロロロ

「ふぁ~あ。のどかだな~」

 遥かな空。

 天高く飛び自由に鳴く鳶の清響こえに、屋上の床に背中を付ける俺は独り呟いた。

 屋上のコンクリートに背中を付けたまま、第一グランドに設置されたバカでかいカラクリ時計に目を向ける。

 現時刻十一時五十七分

 ゲーム開始まで、あと3分。

「さ~て、一番手はどいつかな?」

 俺は不敵に頬を吊り上げながら、指先で《神楽》の柄を撫ぜた。

 あいつらは殺しても死なない奴ばっかりだ。

 しかも、今日は学園最後のバトル。

 荒っぽくなるのは、目に見えてる。

「まぁ、そうじゃなけりゃ楽しくないんだけどな」

 これから始まるバカ騒ぎに、呟く俺の頬がさらに不敵につり上がった。

「ホント、俺もどーしようもないバカだな……」

 少し自嘲気味に笑って、俺は大きく寝返りを打った。

 時計の秒針が、文字盤の上を天上に向かって時を刻む。

 5……4……3……2……

 ボーンボ――ンボ――ン

 正午になり、カラクリ時計が動き出す。

 時計の文字盤が割れ、中から飛び出した人形が派手に空中で踊り出した。

 そして……

 正午を知らせる鐘

 開戦を知らせる鐘の音と同時に、

 俺は跳ね起き、飛び退いた。


 飛び退きざまに背後へ目を走らせると、今の今まで俺が寝転がっていた床に、無数のクイナと手裏剣が突き刺さっていた。

「おいおい、コンクリートだぞ」

 吐き出す声に、焦りはない。

 いや、むしろ。

 ゲーム開始早々勝負を掛けてきた馬鹿に、俺は心から喜んだ。

 体勢を立て直し、俺は全神経を集中させる。

 大気を切り裂く風斬り音、横手から襲いかかるクイナと手裏剣の鈍く光る刃。

「しゃらくせぇ――っ」

 雄叫びと共に、俺は《神楽》を鞘から抜き放った。

 視界を覆い尽くす凶刃の礫を、今度は避けずに迎え撃つ。

 迫りくる刃先目掛けて《神楽》の乱舞が舞い踊り、辺り一帯に甲高い音と共に火花の花が咲き乱れた。

 俺は向かってきたクイナと手裏剣を、ひとつ残らず叩き落とした。

 俺に休む暇はない。

 姿なき敵より、第三の奇襲が頭上から俺を襲う。

 天空より降り注ぐ刃を迎撃せんと、再び《神楽》が舞い踊った。

「っち。やべぇ」

 小さな悪態が口から零れる。

 頭上からの攻撃はこちらの体勢が悪い上、重力を味方に付けたその一手は、先ほどまでの攻撃より鋭かった。

 捌き切れなかったクイナと手裏剣が、俺の制服の布を切り裂き、肌を剥ぎ取り、傷口から鮮血を奪う。

 だが、俺の血を啜らんと降り注ぐ凶刃の中で、俺の味方をする者がいた。

 鏡の如く研ぎ澄まされたクイナの刃身に、俺の背後が一瞬映る。

「そこか――」

 俺は二本のクイナを空中で掴み取り、叫び声と共に背後へと投擲した。

 カキ――ンッ

 甲高い音と共に、俺の投げたクイナが弾かれる。

 俺に降り注いでいた凶刃の雨が止んだ。

「やっぱり、お前か」

 晴れた凶刃の帳の向こうに立つ、痩躯小柄な体に長く伸ばした髪を後頭で一房に縛る、綺麗に整った顔立ちの男子生徒。

 それはまさしく、卒業生の中でも実力が認められている一人。

 Aランク一の智将にして『忍者マスター』。葉隠北馬はがくれ・ほくまだった。

「たくっ。初めっからAランクが相手かよ」

 身体から溢れ出る興奮を吐き捨てるように俺は呟き、《神楽》の柄の握り具合を確かめながら目の前の北馬を観察した。

 この桜花学園はその在学中の戦歴・勝率などによって、下のEランクから、D・C・B・A・S・SSと七段階にランク付けされる。

 忍び装束に身を包み、その痩躯からは考えられない戦闘能力と、優れた統率力を誇る北馬のランクはA。

 凄腕だ。

 油断なく身構える俺に、北馬がその小さな口を開いた。

「おしゃべりはいいよ、萩原一騎」

 女子みたいな端正な顔。その艶やかな唇から、戦意たっぷりの言葉が吐き出される。

「それより、このゲームのもう一つの特典だけど。まさか、忘れちゃいないよね?」

「敗者は勝者の言うことを何でも一つだけ聞く、だろ。覚えてるよ、ちゃんと」

 まぁ、もちろん実現可能な範囲での話しだが。

 俺が答えると、北馬は満足げに笑って、腰に携えた忍者刀を引き抜いた。

 短い刀身の忍者刀が、さんさんと降り注ぐ日光を浴び鈍い光を放つ。

「なら、いいや。――――じゃあ、尋常に……」

 小さな笑みを浮かべ言葉を紡ぎながら、北馬が体勢を低く構え、

「勝負っ!」

 開戦の言葉を後方に流し、その身体を疾風に変えて飛び出した。

 忍者刀を逆手に持ち、俺との間合いを詰めてくる北馬。

 その動きは、疾い。

 二十メートルはあった俺と北馬の間合いが、一瞬のうちに消失する。

 俺は身体を左に流し北馬の刺突を避けたが、避けたと思った忍者刀は急激にその軌道を変え、真横から俺に食らいついてきた。

「ゲッ!」

 間一髪。

 俺は後方に跳び、忍者刀の斬撃をやり過ごす。

 だが、そこはAランクにその名を刻む強者。

 息つく暇もなく、北馬は超接近したこの状態から自らの懐に手を突込み、引き抜いた手裏剣を俺に向かって投げつけた。

 俺の肌を切り裂かんと飛来する手裏剣。

 でも、この攻めは四度目だ。

「何度も同じ手が効くかーっ」

 第三校舎の屋上に、俺の叫びと鋼と鋼のぶつかり合う音が木霊する。

 今度は一つ残らず、俺は全ての手裏剣を叩き落とした。

「さすがだね、萩原君」

「褒めても、何も出ねぇーぞ」

「あらら、それは残念」

 まるで休み時間に友だちと話すかのようにするかのように、俺と北馬が軽口を言い合い、笑い合う。

 しかし、その言葉の端端には抑えきれない戦闘への興奮が滲み出ていた。

「たのしいね」

「ああ、そうだな」

 俺と北馬の頬が、同じように不敵につり上がる。

 やっぱり、祭りはこうでなきゃ。

 楽しくなけりゃぁ、意味がねぇ。

「今度は、こっちから行くぞ」

 身体の中に抑えきれない興奮を言葉と共に吐き出し、俺は《神楽》を両手で構え、北馬目掛けて飛び出した。

 飛び込みざまに、《神楽》を振り上げ、一切の間を置かずに振り下ろす。

 いくら北馬が早かろうが、逃げる隙は与えない。

 ガキィィィィン

 頭上からの《神楽》の一閃を辛うじて忍者刀が受け止め、耳を裂くような甲高い音が辺り一帯に木霊した。

「さすがは、Aランク。よく受け止めたな、―――――だけどよぉ」

「っく」

 俺が《神楽》を握る手に力を込め、北馬が悔しそうに奥歯を噛み締める。

 いかに管理の行き届いた忍者刀とはいえ、俺の《神楽》ならへし折ることは造作もない。

 いや、むしろ叩きつけられた瞬間に叩き切っていてもおかしくはなかったはずだ。

 そう、北馬が全身のバネを使って、《神楽》の斬撃を吸収さえしなければ。

「そうこなくっちゃな」

 これだから強い奴と戦うのは止められない。

 けれど、やはりこのままいけば、忍者刀が折れるのは時間の問題だ。

「フッ」

 北馬も当然忍者刀の限界を判断し、小さく笑みを漏らすと、スッと腕の力を抜き、俺の間合いから飛び退いた。

「どわっ」

 脚下に煙玉を投げつけるオマケつきで。

 視界を濃い白煙が覆い尽くし、俺の視覚が封じられる。

 仕方なく、俺は全神経を聴覚に注ぎ込み、北馬からの攻撃に身構えた。

 だが……

 いくら待っても北馬からの攻撃はなかった。

 一陣の風に白煙が攫われ、俺の視界が開ける。

 そこには、腕を手で擦る北馬が、観察するように俺のことをじっ――と油断ない視線を向けていた。

「イタタタタ。たくっ、たった一撃でこの威力だもんな。さすがは萩原君。SSランク『黒夜叉』の名は伊達じゃないね」

「やめろよ、照れるだろ。――それにしても。北馬、お前はよく俺にケンカ吹っ掛けてきたよな~~。何か俺に恨みでもあんのか?」

 俺が尋ねると、北馬は小さく、少しだけ拗ねたように笑って首を横に振った。

「別に、大した理由じゃないよ。それに、結局君には一度も勝てなかったしね。―――でも、今日こそは勝たせてもらうよ、萩原君」

「止めろよ、まだ始まったばっかだろ」

 俺がふてくされてそう言うと、北馬は勝利の微笑を湛えながら応えた。

「いや、もう終わってるんだよ。萩原君」

「は? 何を訳の分からないことい……」

 北馬の言葉に眉を顰める俺の視界が、不意にグラッと揺らいだ。

「っな?」

 傾く身体をどうにか踏み止まらせ、俺は驚愕に目を見開いた。

 全身を駆け巡る痺れに、俺の肢体の自由が奪われる。

「こりゃ……、毒……か……?」

「ご明察」

 俺の呟きに、北馬は微笑みながらポンと手を叩いた。

「っち。今の……煙玉か?」

「残念、それは外れだよ」

「な……に……?」

 じゃあ、一体いつ?

 額にじっとりと脂汗を滲ませながら、俺は北馬を睨めつける。

 その最中、俺の眼が辺りに散らばったモノを捉え、閃いた。

「そう……か。クイナや……手裏剣に……毒を」

「っそ、それが正解。萩原君は毒の耐性が強いからね。直接血管内に毒を入れるくらいしないと効かないんだもん。―――でも、さすがだね」

「何が……だよ」

「この薬ってさぁ、0.0001グラムとかでアフリカゾウとかを動けなくする薬なんだけどな」

「おい……おい、相変わ……らず……無茶すんな」

 遠まわしに、人間には使うなってことだろ。

 そんなことを考えながら、俺は何とか北馬との会話を長引かせ、体の回復に努めていた。

 だが、そう易々と休ませてくれる相手でもなかった。

「さて、おしゃべりはこのくらいにして。毒の効果が切れる前に、勝たせてもらうよ。萩原君」

「やっぱ……り……、そうくる……よな」

 肩を落とす俺に優しげな笑みを浮かべながら、北馬は流れるような動きで一気に勝負を仕掛けてきた。

 体勢を全く変えずに、北馬がスライドするように動く。

 そしてその姿が突然、蜃気楼のように霞み分裂した。

「ッチ。闇歩……か」

《闇歩》

 それは移動の中に微妙な緩急をつけ敵を混乱させる忍術、いや、暗殺術の一つだ。

 しかも、体内に回る毒のお陰で北馬の姿が更にぼやけて見えやがる。

 おそらく、これも北馬の謀略の内だろう。

 さすがは智将と呼ばれるだけのことはある。

「チクショウ、卑怯だぞ」

「今更だね、萩原君。この学園で卑怯なんて言葉が通じると思う?」

 ……正論だった。

 そして、北馬が間合いに入ってきた。

 先ほどまでの鋭く直線的な攻めとは違い、風に舞う桜弁のような流麗な身のこなしで忍者刀を携えた北馬が俺に接近してくる。

 捉えどころのないその動きに、俺はがむしゃらに《神楽》の刀身を掬い上げた。

 しかし、その斬撃に常の繊細さはなく、手応えもない。その代わりに俺の腕に鋭い痛みが走り、二の腕から鮮血が迸った。

「先に言っとくけど、あんまり傷を受けない方がいいよ。あんまり毒が体内に入ると、死ぬから」

「笑顔で言うなっ」

 微笑む北馬に吐き捨てるように言い返し、俺は血糊を刀身に付けた忍者刀で牽制する北馬を睨みつけた。

 北馬の薬。忍者の秘薬。

 すぐに効果が切れるかと言えば、それは勿論望み薄。

 となれば、残る手は自ずと絞られる。

「まぁ。とりあえず、攻め……てみっか」

 俺は大きく息を吐いて、痺れる手でしっかりと《神楽》の柄を握り、北馬目掛けて斬り込んだ。

 思うように動かない体を引きずるように無理やり動かし、俺は自ら北馬の間合いへと飛び込む。

 北馬は逃げようともしない。

 その顔は、完全に自分の勝利を確信した笑みが刻まれていた。

 はっ、舐められたもんだ。

 俺は自らの身体の陰に隠した《神楽》を、横手から北馬の左肩へと走らせた。

 北馬は斜めに傾けた忍者刀で《神楽》を受け、その軌道を上方へと流す。だが俺は上空へ流された《神楽》を踏み止め、間髪入れずに北馬へ袈裟切りの斬撃を送り込んだ。

 北馬は体を僅かに捌き、鎖骨に食らいつく《神楽》の刀身をやり過ごす。

 屋上のコンクリートを切り裂き、《神楽》が床に突き刺さった。

「もらったっ!」

 快心の笑みを漏らし、北馬が忍者刀で俺に切り込んだ。

「まだだ――っ!」

 北馬の笑みを俺の咆哮が打ち砕く。

 俺はコンクリートに突き刺さる《神楽》の柄を握る腕を支点に跳び、充分に体重を乗せた踵を北馬の鳩尾に抉り込んだ。

 足から伝わる硬い手応え、イヤ、足応え。

 俺が蹴りつけたのは、十字に交わる忍者刀とその鞘だった。

「あっぶない、あぶない。さすがは萩原君。本当に毒は効いてるんだよね?」

 靴底を鞘と刀身で防御しながら、感心したように、でも余裕たっぷりに呟く北馬。

 俺は、その隙を見逃さなかった。

 素早く身体を支える双腕のうち、左手を放し、懐に潜り込ませる。

 そして……

「おい、北馬」

「ん?」

「お前のクイナ、返すぞっ」

 俺は先ほど空中の奇襲の際に掴んでおいたクイナの残り一本を、間近でキョトンとする北馬目掛けて投げつけた。

「っく」

 咄嗟にクイナに反応し、体を捩る北馬。

 しかし、この近接からの奇襲を避けることは叶わず、その脇腹をクイナの刃が掠った。

 しまった、と顔を歪めながら北馬が俺から飛び退く。

 そして十分に距離を取ると、耐えきれなくなったかのように、その場にガクッと片膝をついた。

「ホン……ト、抜け目ないな。君って……男は」

「っへ。これで……、五分と……五分だ……な」

 全身を蹂躙する痺れに、俺は《神楽》を支えにしてなんとか北馬と向かい合う。

 爛々と闘志に燃える俺の眼光を受け止める北馬は、それでもやっぱり余裕の表情を崩そうとはしなかった。

「それは……どうかな」

 思うように動かない震える手で、北馬が自分の懐をまさぐる。

 そして、引き抜かれたその指先には、小さな丸薬が摘ままれていた。

 ソレを確認した俺は、この戦いの中、初めて本気で動いた。

「!」

 おそらく、北馬には俺の姿が黒い疾風に映っただろう。

「っう」

 北馬の呻き声は、俺の背後からだ。

 刹那のすれ違いざまに、俺は北馬の手から丸薬を奪い、その腹部に当て身を食らわせた。

 俺の背後で片膝を付いていた北馬の身体が、冷たいコンクリートに倒れ込む。

 パキィ――ンという何かが割れる音が響き、北馬の細い左腕の袖口からリングの欠片が零れ落ちた。

「ずる……いな。萩原……君。今まで、手を抜いてた……でしょう」

 寝返りをうち、恨めしそうに俺を睨みつけ呟く北馬に、俺は丸薬を呑み込みながら

「んなわけあるか」

 と不満げに返した。

「確かに、手加減はしていたけど、俺は断じて手は抜いてないぞ」

「……それって、何か違うの?」

「全然違う」

 丸薬の解毒剤のおかげで痺れが引く手足の具合を確かめ、俺は頬を掻きながら北馬の問いに答えた。

「手を抜くって言うのは、真剣に向かってくる相手を侮辱する行為だろ。俺はいつだって、向かってくる相手は敬意を持って返り討にしている。んで、手加減は戦い方の一つだろ。まだまだ先は長いんだ、奥の手を最初から見せるようなまねはしねぇさ」

 俺のその返答に、北馬は暫し瞬きをし、

「あはははははははは」

 コンクリートの床に大の字に寝転がりながら、青く澄み渡る天井を仰いで大笑いし始めた。

 そしてひとしきり笑い終えると、北馬は自嘲気味に笑って呟いた。

「やっぱり、萩原君には敵わないや」


「もう、行くの?」

 制服を整え屋上の扉に手を掛ける俺に、北馬が呟くように語りかけてきた。

「ああ、悪いな。俺はもう少し祭りを楽しませてもらうわ」

 俺が答えると、北馬は空を見上げたまま、クスッと小さく笑った。

「それじゃあ、僕に勝った御褒美に、とっておきの情報を教えてあげるよ」

「情報?」

「うん、情報。EランクからBランクの生徒たちが君を倒すため、秘密裏に『隊』を造り上げたらしい」

「『隊』? ああ、五十人以上でチームを作るっていうアレのことか。そりゃ、また。景気の良い話だな。つーか、今までもそうだったけど、何でお前はそんな裏情報を持ってんだ?」

 俺がそう聞くと、北馬は本当に女の子みたいに、無邪気な笑みを浮かべて答えた。

「諜報活動は忍者の基本だよ。それと、一応『隊』の大将も分かっているけど、どうする? 聞いとく?」

 大将は言ってみれば、『隊』の弱点のこと……のはず。確かこのバトルのルールでは大将が倒された瞬間、『隊』の全員が失格になる。

 北馬の握る情報。

 それは俺にとって、垂涎の情報だ。

 聞いておいて損はない。

 俺は真っ青な空を見上げながら暫く考え、

「いや、いい」

 と、やっぱり北馬の申し出を断った。

「いいの? 『隊』の人数は半端ないし、Bランクまでって言っても、かなり豪華なメンバーだよ。それに、大将はだけはAランク。一筋縄じゃいかないとおもうけど?」

 北馬の言葉に、俺は笑いながら小さく肩をすくめて答えた。

「関係ねぇーよ。全員相手にして、根暗な大将さんを引きずり出してやるよ」

 やる気満々に俺がそう言うと、北馬は「まぁ、わかっていたけどね」とあきれたように呟いて、再び小さく笑った。

「そう……、そうだよね。頑張ってね、萩原君」

「おう。サンキューな」

「あっ、そういえば。最後に一ついい?」

「ん? なんだ?」

 北馬の声に、俺は眉を顰めながら振り返った。

「みんなの約束、忘れてないよね?」

 その言葉に、俺は小さく笑い。

「当たり前だろ」

 と、握った拳で胸を叩いて応えた。

「じゃあ、いいや。―――勝ってね、萩原君」

「ああ、まかせろ」

 北馬の励ましに俺は軽く手を上げて答え、屋上の扉を開き―――

 ソッコーで閉じた。

 気のせいだろうか……

 そこはすでに、さまざまな武器を携えた生徒たちの巣窟だった。

「北馬~~。やっぱり、大将を教えてくれ~~」

 苦笑いを浮かべながら振り返ると、北馬は相変わらず寝転がりながら、笑って手を振っていた。


「は~~~~」

 深いため息と共に、再び屋上の扉を開いた。

「萩原一騎ィーっ!」

「んげっ」

 殺到。

 まさにその言葉が、ピッタリな光景だった。

 でも、そんな殺意満々のこいつ等を前にしても、俺は自分の頬がつり上がるのを抑えることができなかった。

「どうしようもないな、俺ってヤツは」

 自嘲気味な笑みを背後に置き去りにして、俺は戦陣のど真ん中へと自ら突っ込んだ。

 躊躇うことなく振り下ろされる青竜刀の腹を拳で殴り、その柄を握る男子生徒の手首を蹴り飛ばす。俺はすぐさま肩を掠め階段の角に突き刺さる青竜刀の柄を掴み取り、先頭にいた男子の影から突き出されたレイピアをへし折ると同時に、ようやく腕の痛みに気づき手首を抑え始めた男子生徒のどてっ腹に靴の踵をねじり込む。低い呻き声を吐き出したそいつは、後ろにいた仲間たちを巻き込んで、階段から転げ落ちた。

「おっ、ラッキ――」

 将棋倒しに階段を落ちて行く生徒たちを眼の端に収めながら、俺は階段の手すりに手を掛け、迷うことなく一気に飛び降りた。

 綺麗な十点満点の着地を決める俺。

 戦陣のど真ん中に突如として現れたタ―ゲットの姿に、武器を手にした生徒たちは唖然として立ち尽くしていた。

「は、萩原だっ!」

 漸く俺の存在を認識し、俺を取り囲む生徒たちが慌てて武器を構え始めた。

「止めとけ。こんな狭いとこじゃ、相撃ちが関の山だぞ」

 俺の警告を無視して、円陣に銃を構える生徒たち。

 俺はため息を漏らしつつ、瞬時に身体を疾風に変え、俺を取り囲む生徒たち全員の武器を叩き落とし当身を食らわせた。

 グラッと崩れる彼らを視界の端に収めつつ、俺はさらに下の階へ向かおうと、下の階へ続く階段へ振り返った。

「げげっ!」

 下へと続く階段の踊り場。

 そこには桜花学園科学部の連中が、対人ミサイルを準備して俺を待ち構えていやがった。

「ファイアー!」

 威勢の良い掛け声と共にミサイルが発射。

「マジかよっ!」

 俺は慌てて背後に飛び退き、廊下の影にうずくまった。

 壮絶な爆音が轟き、爆風が吹き荒れ、辺りに粉塵が巻き上がる。

「あっぶね~~。殺す気かっ?」 

 苛立ちを罵倒と共に吐き捨て、俺はこの階段を断念。仕方なく、別の階段へ行こうと廊下に身を投げ出した。

 …………

「は~~~~」

 用意周到この上なし。

 まるで俺が逃げ込むことを知っていたかのように別の階段へと続く廊下は、嬉々として武器を構え俺を待つ生徒たちに埋め尽くされていた。

「カッコなんか付けないで、北馬に誰が大将か聞いときゃよかったなぁ~~」

 がっくりと項垂れながらも、やっぱり俺は好戦的に笑いながら、俺の前にひしめく生徒たちを睨みつけた。


 じりじりと俺との間合いを詰めてくる生徒たち。

 俺は彼らに見せつけるように、ゆったりと《神楽》を鞘から抜き放った。

 《神楽》の氷の如き鋼の刀身が冷たく光り、敵意むき出しの数多の眼を映し出す。

「さすがに、気負いされるなんてことはないみたいだな」

 臆することなく、むしろ興奮に笑みを漏らしながら、生徒たちの眼が少しずつ俺へと迫ってきた。

 そして、

「「ウォ――――っ!」」

 彼らが雄叫びと共に武器を振り上げたとき、

「戦闘開始だぁっ!」

 俺は既に彼らの懐に飛び込んでいた。

 一番手前にいた小柄な男子の顎に左手で掌打をたたき込み、右手に握る《神楽》で振り下ろされたバトルアックスを受け止める。そして先に意識を飛した男子の手から零れ落ちるヌンチャクを空中でキャッチしバトルアックスを振るう男子の脛に叩きつけ、苦悶の表情を顔に刻みつける彼の胸倉を掴み、思いっきり地面へと叩きつけた。

 廊下に口づけするそいつを眼の端に収めながら、俺は前方で杖を構える二人の女子目掛け駆けだした。

 身を屈め一気に彼女たちの懐に潜り込み、間髪容れずに腕を跳ね上げる。彼女たちの杖が上を向き、充填されていた魔力が解放。杖の先から放出された魔力に天井が破壊されるのを耳で捉えながら、俺は唖然とする彼女たちの背後に回り込み、手刀で首筋を打ちすえ、その意識を遮断する。

 崩れる魔術師に背を向け、俺は次の敵へと身を投げ出した。

 ピンポンパンポン

 そんな戦場と化した廊下に、突如として校内放送が響き渡った。


「ハ~イ。それでは卒業生及び在校生の視聴者のみなさ~ん。ただ今より、途中経過を発表しま~~す。現在、失格者132名、カップル誕生34組、告白玉砕41名、そして生存者は1036名となっていま~す。しか~し、まだまだバトルは始まったばかり。優勝予想トトカルチョも、まだまだ有効ですよ~~~。それでは卒業生のみなさん、優勝目指して頑張ってくださいねぇ~。新旧交代、新しく放送部部長になりました網谷未菜あみや・みながお送りしました~~!」


「へ~~。皆、けっこうマジでやってんだな~~」

 横手からメイスを叩きつけてくる男子を峰打ちで黙らせながら、俺はあらかた片付けた廊下を見渡し、呟いた。

「まっ、こんなもんか……な……?」

 ……What?

「何だ、ありゃ?」

 廊下の端に見える異様な光景に、俺は目頭を指先でほぐし、もう一度よ~く廊下の端に目を向けた。

間違いない。

 そこには、ユニフォームを着てバットを構える野球部と、油まみれのボールに火を付けるマネージャーらしき女子生徒が、俺を見ながら邪悪な笑みを浮かべていた。

「おいおい、冗談だろっ」

 俺の戸惑いをよそに、野球部主将にして不動の四番、『豪打者』龍柿海斗りゅうがき・かいとがバットを俺に向け、日焼けで真っ黒な顔に健康的な真っ白な歯を覗かせて宣言した。

「一騎、覚悟しろ――っ。地獄の千本ノックのスタートだぁぁぁ――」

「バカか? バカなのか?」

 俺の戸惑いなんかまるきり無視して、マネージャーのトスが上がり、龍柿は思いっきりバットをフルスイングする。

 燃え盛るボールが弾丸を思わせる脅威となって、狭い廊下の中を的確に俺に向かって飛んできた。

「マジかよっ!?」

 ギリギリで体を捌き、なんとか初球はやり過ごす。

 しかし、俺の動きについてこれなかった制服の裾が、燃え盛る火球に焦がされた。

「あ~あ。なんてことしてくれんだよ」

 悪態を漏らすがそんなことを気にしてくれるわけもなく、既に第2第3の打球が俺目掛けて打ち出されていた。

「暑っ苦しいなぁ~~」

 今度は逃げねぇ。

 俺は《神楽》を握る手に力を込め、神速をもって飛来する火球を迎え討った。

 顔面を狙う2球目を袈裟斬りの一太刀で切り伏せ、返す刀で右腹部に向かってくる3球目を二枚に下ろす。

思った通り

火がついても球自体の殺傷能力を高くない。

俺は余裕を持って、次に飛来する4球目に対応し《神楽》の白刃を走らせた。

だが……

「なっ!!?」

 間違いなく刀の軌道に入っていた火球が、突然俺の手元で急速にカーブした。

 捉え損なった火球が俺の脇腹に突き刺さり、制服を焼き、肌を焦がす。

 さっきの言葉を訂正しよう。

 炎を身に纏った硬球は、かなり効いたぁ。

 視線を上げれば、いつの間にかバットを握る龍柿の隣に、腕を振り上げるピッチャーが立っていた。

「おいおい、熱くないのかよ」

「はっはっは、何を言っている一騎。僕の背中に燃え上がる、真っ赤な青春の炎が見えないのか?」

「いや、答えになってねぇーし」

「ふっ、もはや何を言っても無駄か」

「お前がなっ!」

 ため息交じりに呟く俺に、再び球数が倍増した火球が、次々に廊下の中を飛んできた。 

「破っ」

 気合いと共に腹部の痛みを吐き出し、火球を迎え打つ体勢を整える。

 今度は打ち洩らしは無い。

 ボールの回転を見極め、前進。軌道が変化する前に全て火球を叩っ斬る。    

 でも、さすがにコレは予想外だった。

「んなっ!」

 まさか、燃え盛る火球に紛れて、火の玉と化したサッカーボールが蹴り飛ばされてこようとは。

 驚く理性を置き去りにして、俺の本能がサッカーボールに対応。いつもの何倍もの速度で《神楽》を振るい、火の玉を真っ二つに切り裂いた。

 奇襲に次ぐ、奇襲

 火の粉を撒き散らし二つに割れたサッカーボールの後ろから、2つの火球が俺の顔面目掛けて飛んできた。

「どわぁ!」

 俺は自ら体勢を崩し火球をやり過ごす。

 そして体のバネだけを使って、即座に跳ね起きた。

 再び俺を襲う野球ボール×2とサッカーボール×1の火球。

「いい加減にしろっ!」

 火球を避けながら俺は激昂を吐き出し、渾身の力でサッカーボールを蹴り返した。

 俺のズボンを焦がし、二つの野球ボールを弾き飛ばしながらサッカーボールが廊下の中を逆走する。

 予想外の反撃に、俺に攻撃を仕掛けていた全員が激しくテンパった。

「うわっ。く、来るな――!」

 必死の祈り虚しく、俺の蹴ったサッカーボールは大気を焼きながら彼らのど真ん中に突っ込んだ。

 しかも、

「「あ……」」

 運の悪いことにサッカーボールの炎が燃料に引火。

 熱風が肌を焼き、凄まじい爆音が響き渡った。

「…………」

 おいおいおいおいおい

「お前らぁ~。生きてるか~~」

「い……、一騎……。覚えてろ……よ。この借りは……必ず……かえ……す……」

……うん。

とりあえずは、大丈夫そうだった。

「フゥ」と、俺は肩を撫で下ろす。

 だが、

そんな俺の背に嫌~な悪寒が走った。

不吉なモノを感じとり、俺はゆっくりと窓に首を向け、下方に視線を移す。

「マジかよ!」

 廊下の窓から外を覗き込むと、横一列に並んだ弓道部が、今俺がいる4階に矢の狙いを定めていた。

 しかも、既に矢を引ききっている《会》の状態で。

「射て――っ」

 そして矢が放たれる。

 数え切れないほどの矢が戦国合戦さながらに、俺が外を見下ろす4階の窓を目掛けて飛んできた。

「オイオイ、反則だろ」

 悪態を洩らしつつ、俺は大急ぎで真横の教室に逃げ込んだ。

 ピシャッと戸を閉めると同時に、何十枚のガラスが割れる凄まじい音が扉の向こうで鳴り響く。

「あ~あ。誰が弁償するんだか?」

 莫大な請求書の行く宛を想像しながら、そっと背中を扉に預けると、不意に俺の身体を影が包み込んだ。

「いらっしゃ~い」

「はぁ?」

 何事かと顔を持ち上げると、そこには超巨大なハンマーを振り上げた巨躯の男子が笑って俺を見下ろしていた。

 しかも何故か女装しウェイトレスの格好で。

 正直、はっきり言って、間違いなく、万人共通で……

 不気味だ

「スイマセン。間違えました」

「まあまあ、そう言わずに。お客様、ご注文は」

「………じゃ、じゃあ、小倉パフェを一つ」

「へい、まい、どっ」

 とりあえず、出てきたのは俺が注文した小倉パフェじゃなかった。

一撃必殺の威力を込めたハンマーが俺の頭蓋目掛けて降り下ろされる。

「注文と違うだろっ」

「うるせぇ。小倉パフェだと? 似合わねもん頼んでんじゃねぇ」

「こらこら、お客『様』はどこいった?」

 ギリギリ飛び退いた俺の脇で、教室の床が粉々に砕け散った。

 あっぶねぇ、一歩間違えばあの世行きだぞ!

「コラァァーー、殺す気かっ!?」

「あったりめぇだー」

「即答かいっ!?」

 イラつき半分、興奮半分の好戦的な笑みを洩らし、即座に俺はハンマーを振るう男子目掛けて攻撃を開始した。

 破壊力抜群とは言え、超重量ハンマーの2撃目は遅い。

 俺は刀の柄頭を男子の脇腹に抉り込む。

 しかし、その攻撃はあくまで敵の体勢を崩す『囮』。

 本当の狙いは崩れる体勢を支えようとして開かれた下半身だ。

 腹部への一撃と共に男子の背後に回り込んでいた俺は、その無防備な股間へ、脚をすり上げた。

「グゥオキャ」

変な奇声を上げて、股間を押さえ崩れ落ちる男子。

 ちょっとヤりすぎた……かな?

「まぁ、勘弁しろよ」

一応謝りながら振り返り、俺はギョッと目を見開いた。

振り向く俺の前には、今後ろで情けない格好をしている男子と同じウェイトレス姿に身を包み込んだ女子と、こっちはちゃんとウェイターの格好をした男子たちがとびっきりのスマイルを振り撒いていた。

「「いらっしゃいませ、お客様。ご注文はいかがなさいますか?」」

「じゃ、じゃあ。スーパー小倉DXパフェを一つ……」

 俺の注文を受け、彼ら(彼女たち)はまたまたとびっきりの笑顔を振り撒いて、

「かしこまりました。お客さ、まっ!」

周りにあった椅子や机を一斉に投擲してきやがった。

 彼らの姿を俺の視界から遮る机&椅子のパラダイスが、死の砲弾となって容赦なく飛来する。

おいおい、一発でも入りゃ死ぬぞ。マシで。

 不満の言葉を呑みこみながら、俺はすぐさまこの危険極まりない攻撃の迎撃体勢を整えた。

 襲いくる投射物の嵐に俺は素早く《神楽》を鞘に収め、近くにあった机をひっ掴み、力いっぱい前方へ投げつける。

 雷が落ちたような凄まじい破砕音が轟き粉々になった木片が宙を舞い、捉えそこなった机や椅子が、なぜか狙われたように股間を抑え蹲る男子生徒に降り注いだ。

 ……よし。

 無視しよう。

 俺は更に2・3個の机と椅子投げつけながら、舞い散る木片の隙間から垣間見える敵の数・位置を確認する。

「男子6、女子……4か」

 敵の位置を把握した俺は、両腕をポケットの中に突っ込み、指先で掴んだソレを呆然と空中で爆砕する学校備品を眺める男子達へ投げつけた。

 俺が投げたのは、先ほど北馬が使用していた毒付きの手裏剣だ。

 手裏剣は飛び散る木片の間を縫うように飛び、男子たちの腕や脚に次々に突き刺さる。

 瞬時に毒が体内を巡り、自由を奪われた男子たちが次々とその場に崩れ落ちた。

 その光景に息を飲むウェイトレス集団。

 俺は既に彼女たちの背後だ。

 教室の反対側に回り込み、彼女たちの首筋に若干弱め速度早目の手刀を打ち付ける。

ウェイトレスとウェイター。

 その両方が崩れ落ち、全員のリングが割れたのは、ほぼ同時だった。

「よしー。ようやく、一区切りだな」

 周り敵がいないのを確認し、俺は少しだけ息を着く。

 しかし、それはあくまでも小休止だ。

 目には見えないが、足の裏からは下の階にいるあり得ない数の殺気が伝わってくるし、耳を澄ませば廊下からの息を殺し俺を待つ生徒たちの僅かな息遣いが聞こえてくる。

「さすがに、これ全部を黙らせるのは骨だな」 

 まぁ、負ける気も無いけど。

 そこでふっと、俺は思考を巡らせた。

 対人ミサイル、火の玉、矢、ウェイトレス&ウェイターetc。

 ふざけているようにも思えるが……

 俺は感覚を研ぎ澄まし、両隣の教室を探る。

 そこに敵は配備されてなかった。

「俺は、この教室に誘導されたみたいだな……」

 独り呟き、俺の思考は更に速度を上げて情報を整理する。

「俺の攻防とそのクセを捉えた兵の配置と奇襲の方法。次の手に移る準備の迅速さ……。そんで、我が強いコイツらをまとめることのできる統率力」

 得られた情報と現在の状況を咀嚼し飲み込んだとき、

「……そうか、アイツか!」

 当てはまるヤツは一人しかいなかった。

「そうとわかりゃ、やることは一つだな」

 俺は不敵な笑みを顔に刻み、筋肉を緊張させながら最早廊下の殺気を抑え込められなくなった扉に目を向け……

「オリャーッ」

 一足飛びにその扉を蹴破った。


「ん? っな! グァッ!」

 俺が蹴破ったドアの真ん前に陣取っていた連中が、吹き飛ぶドアに巻き込まれ、まとめて壁に叩きつけられる。

 さすがにこんな登場は予想外だったらしく、目を丸くしてただただ呆ける生徒たち。

「さて、と」

 そんな彼らを、俺は余裕をもって見渡した。

 そして確信する。

 巧妙に人員を割り当ているが、俺が目指そうとしている通路の方が配備されている戦力は上だ。

「よし、大将狩りとシャレこむか」

 ぼちぼち戦意を取り戻し始めた生徒たちが動き出す前に、俺は《神楽》を鞘から解き放ち、目的地へ向け自身の体を疾風に変えた。

 一番手前にいた男子生徒に峰打ちを決め、その隣で短刀を構える女子に足払いを食らわせる。崩れる二人の背後にいた生徒が持つ三節棍(さんせつこん)を奪い取り、俺の動きに付いてこれず、出鼻を挫かれた数名を一気に眠らせた。

「く、くそ~」

 生徒たちが悔しげに怨嗟吐き出し、各々の武器に手を掛ける。

 でも、それをわざわざ待つほど、俺もお人好しじゃない。

 三節棍が空中を踊り、武器に手を掛ける生徒たちの手首を次々に打ちすえる。手首を押さえながら蹲る彼等を眼に収めつつ、俺は用無しになった三節棍を後方で刃を降りかぶる生徒たちに投げつけ、ついでに横手にいたメガネ男が持っていた閃光弾をむしり取った。

「おっ、こりゃいいや」

 安全ピンを抜き、閃光弾を放り投げる。

 目を焼くまばゆい閃光と轟音が辺りを包み込み、一帯にいた生徒が一斉に眼を閉じ、身を竦ませた。

大将狙いで行くなら、わざわざ全員を倒す必要はない。

「体力は温存しねぇとな」

「ク、クソォー。きたねぇぞ、一騎」

「あのなぁ……、お前らが持ち出した武器だろ」

 なんとも自分勝手な言い分に辟易しつつ、俺は無力化した生徒たちの脇を縫うように駆け抜ける。

 まぁ、こんな感じなら俺も楽でいいんだけど……

「そう楽もさせてくれねぇーよな」

 俺は目の前に立ちはだかる、他の生徒とは明らかに威圧感の違う二人の男子を視界に収め、呟いた。

「Bランク。九神流槍術、九神幹彦くがみ・みきひこ

「同じく、Bランク。会津双剣流、会津 あいづ・まこと

「「参るっ!」」

 小細工抜き。

 真っ向勝負を仕掛けてきた二人組に、俺の顔に歓喜の笑みが零れた。

「はっ、Bランクの2トップか。おもしれぇ」

 俺は更に速度を上げ、油断なく武器を構える二人に真っ向から突っ込んだ。

「流石はSSランク。潔しっ」

 先に仕掛けたのは槍使いの九神だった。

 寸分違わぬ角度とタイミングで、槍の矛先が間合いの外から伸びてくる。俺はその矛先が身体を貫くスレスレで体を槍の柄に滑らせるようにかわし、敵の懐に潜り込んだ。九神は咄嗟に槍の手元の部分で俺を打ち倒そうとしたが、その時既に、俺は九神に峰打ちを食らわせた後だった。

「み、見事……」

 敗北を認め、それでも満足げに微笑みながら倒れる九神。

 その笑みを俺の眼が捉えると同時に、上方から片手剣の刃が俺に襲いかかってきた。

 俺は即座に《神楽》を引き戻し、その一撃を受け止める。

 けれど……

 下方の死角から、俺の予想を裏切るもう一本の片手剣が掬い上がってきた。

 視界の端に勝利を確信した会津の笑みが映る。

「一騎。覚ご……」

「するわきゃ、ねぇだろ」

 会津の勝利宣言を慟哭で遮り、俺は更に加速した。

 一本目の太刀を支える《神楽》から片手を放し、腕の皮膚を浅く斬りつけられながら、空いた右手で会津の顔面を鷲掴みにして思いっきり壁に叩きつけた。

「がはっ」

 会津が苦しげに肺から酸素を吐き出し、背中を壁に預けたままズルズルとその場に座り込んだ。

「よしっ」

 Bランクの二強を撃破し、俺は小さく拳を握る。

 しかし、二人を倒しても安心する暇はまったく無かった。

 廊下のすぐ奥ではローブに身を包み、杖を構える女魔術師たちが今まさに詠唱を終え、術を発動しようとしている真っ最中だ。

「ったく。次から次へと」

俺は勝利の余韻も味わえないまま、すぐさま魔術師へ飛び出した。

 だが、

「ちっ!」

 魔術師たちも握る杖の先端から、怪しげな光が湧き上がる。

 すでに詠唱を終えた魔術師たちとの距離は、とても間に合う距離じゃない。

 そう判断した俺は、近くで伸びている男子の傍らに転がるメイスを拾い上げ、魔術師たちの上に設置された蛍光灯目掛けて投げつけた。

 バチバチッという音と共に蛍光灯が砕け散り、ガラスの破片が降り注ぐ。

「「キャッ」」

 集中力を無くし悲鳴を上げる彼女たちの傍らを、俺はまさしく風の如く走り抜けた。

 そんな俺の背後で小さな小爆発が起こった。

 いったん足を止め背後を振り返ると、それは女魔術師たちの魔法が暴発した音だった。

 しかし……

「ばぶ――、ぶぁぶぅ――」

 ローブの中から這い出てくる、俺に熱い視線を送ってくる赤ん坊たち。

 いったいこいつら、どんな魔法を使おうとしたんだ?

「喰らわなくて、本当に良かった」

 心の底から安堵を吐き出し、俺は再び駈け出した。

 そしてお待ちかねの階段なわけだが……

「ファイアー」

「やっぱりかいっ!」

 再び俺目掛けて対人ミサイルが飛んできた。

 しかし、今度は冷静にその機体に《神楽》を真横から滑り込ませ、俺は鮮やかに信管部分を火薬から切り離し、お返しとばかりにミサイルを投げ返した。

「「どわぁ――――」」

 絶叫が階段に木霊し、科学部の連中が逃げ惑う。

 対人ミサイルはそのまま階段の踊り場に、さながら前衛オブジェのように突き刺さって止まった。

「ざまぁーみろ」

 俺は科学部の連中に捨て台詞を残し、階段へと眼を向ける。

 目指すは上。

 俺は三段飛ばしに階段を駆け上がる。

 そこにもう兵はおらず、俺は階段を駆け上がり屋上ドアを蹴破った。

 屋上の人影は2つ。

 一つは地面に寝転がり

 もう一つは屋上のど真ん中で俺を待ち構えている

 俺は迷わず疾走。

 悠然と屋上に立つ北馬は、笑って《神楽》の一撃を迎え入れた。


「そうか。さっき俺が倒したのは、お前の影武者だったんだな」

 俺は屋上で横たわる北馬をチラッと目を向けて、目の前で腰を落とすもう一人の北馬を見下ろした。

「うん。似てるでしょ」

「ああ。ホント、瓜二つだ」

 見分けのつかない二人を交互に見返していると、北馬が悔しくて堪らないといった口調で話しかけてきた。

「あ~あ。これで本当に負けちゃったな」

 左腕の割れたリングを見ながら、悔しそうに足をバタつかせる北馬。

 なんとも、気の抜ける姿だ。

「ホント。お前はしつこかったな。何でそんなに俺に固執したんだ?」

「ブブーー。それは答えられません。忍者としての守秘義務を執行しま~~す」

 両手で口を覆い、北馬は断固抵抗の構え。

 あれ?

 コイツこんなキャラだっけ?

 そんな違和感を感じながら、俺は北馬の口を割らせるとっておきの方法を思いつき、キュピーン眼を光らせた。

「ほ~く~ま~♪」

「な、何? 萩原君」

 動揺する北馬に、俺は満面の笑みを湛えて口を開く。

「勝者の権限、忘れちゃいないよな」

「あっ!」

 俺が何を言いたいかを理解し、北馬が「しまった~」と顔を歪ませた。

「も~。ズルいな、萩原君は」

「ズルいも何もないだろ。んで、何でそんなに俺に固執したんだ?」

 もう一度俺が訊ねると、北馬は観念したように小さく笑い、俺の眼をその大きな瞳で真っ直ぐに見据えて答えた。

「単なる自己満足だよ。君に勝ったとき、僕は君に………」

「うんうん」

「君に……、告白するつもりだった」

 ……………………………………………

 ………………………………………………………

 ……………………………………………………………………はい?

「はぁ?」

 WHY?

 しばしの沈黙が辺り一帯を支配する。

「え~と……。悪いが、俺にそっちの趣味は……、イデッ」

なんかしらんが、俺は思いっきり脛を蹴飛ばされた。

 理不尽な蹴りに俺が抗議の視線を向けると、北馬は唇を尖らせ、拗ねるように俺のことを睨んでいた。

「な、何だよ?」

「…………」

 訳が分からず訊ねると、北馬は無言のまま、目だけで不満を猛主張してきた。

 不機嫌になり、黙りこむ北馬。

 そして、何かを決意したように忍装束の胸元を掴むと、思いっきり自分の胸元をはだけさせた。

「あぁ!?」

 いぃっ!

 っう!?

 えぇ~~~~~~~~~~

 おぉっぉ!??!

 未知の光景だった

「な、ななな、な」

 開いた口が塞がらない。

 誰か教えてくれ?

 なんで晒しを巻きつけた北馬の胸が、あんな女子みたいに膨らんでるんだ??

「そ、そうか。やっぱりさっき倒した方が本物で……ウゴッ!」

「あんまり人を馬鹿すると、ボコボコのメチャクチャに殴るよ」

 笑顔のまま鼻っ柱に繰り出された北馬の鉄拳のお陰で、俺はこれが夢でないことをようやく理解した。

「い、時から?」

「最初からだよ。―――もう、本当に気付かなかったの?」

 顔を赤らめながら胸元を正す北馬に、俺は一瞬ドキッとしながら、北馬の質問に素直に答えた。

「本っっっっっ当に気付かなかった」

「まったく?」

「まっっっっったく」

「これっぽっちも?」

「これっっっっっぽっちも」

「……ハァ~~~」

 北馬の重い重い溜め息が洩れ、辺りが沈黙に包まれる。

 ……情けない話だが、俺はその沈黙に我慢出来なかった。

「何で教えてくれなかったんだよ?」

 俺が訪ねると、北馬はビシッと指を二本立てて答えた。

「理由は二つ。一つは、男の子だなんて勘違いされる悔しいことを、女の子の方から訂正出来ると思う?」

「あ~~、確かにできないわな。って、男装してたお前が悪いんじゃないのか?」

「とうっ」

「イテッ」

 理不尽な手刀が俺の脳天に突き刺さった

「口答えしない」

 笑顔で今度はクナイを準備し始めた北馬に、俺は頬を引き攣らせながらこっちの話を切り上げた。

「……じゃあ、もう一つは」

「もう一つは、どうせなら君と対等に闘って、それで勝った時に告白しようと思ってたから。だって、萩原君。女の子と闘うときは本当に手加減するでしょ? 相手が下のランクならなおさら。知ってるんだよ、萩原君が女の子と闘うときは、絶対に痕が残るような攻撃をしないこと」

「あぁ~~~~~……、バレてたか」

「バレバレです」

 頭を掻きながら返すと、北馬は小さく笑いながらと頷いた。

「それに、手加減抜きの君を倒したら、ボクは君の中で特別な女の子になるから。……でも、それも終わっちゃったね」

 俺に向けていた視線を空に向け、少しだけ哀しげな顔をする北馬に、俺は髪の毛をさらに掻きむしりながらぶっきらぼうに口を開いた。

「おい、北馬」

「ん、何?」

「忍者って言うのは『耐え忍ぶ者』って書くんだろ」

「え、ああ。うん。そうだけど……」

「だったら……」

俺はそう言いながら、北馬の髪をクシャっと撫ぜた。

「だったら、こんなとこで諦めないで、何度でも向かってこいよ。卒業しようが、いつでも相手してやるからよ」

「っぇ?」

 俺の言葉に、北馬は呆けたように口を開いたまま固まった。

「……それは、告白成功ってことでいいのかな?」

 俺の手を払いのけ、気丈に微笑む北馬。

 俺は肩を竦めながら、払いのけられた手で一発、北馬にデコピンを食らわせて、

「それは、また別問題だな」

 と、答えた。

 北馬はおでこを擦りながら何か言いたげに俺を睨め付けてきたが、俺はそれを無視して振り返った。

さすがに、これ以上一緒にいると、俺も変な気が起こりそうだったから。

 そして、最後に。

 殺気が消え去った屋上の扉のノブに手を掛ける俺の背に、北馬の震える声が突き刺さった。

「ホン……トに……ズルいな、萩原君は。……泣かない、って決めてたのに……」



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