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これも所謂ひとつのお仕事。

作者: 沢上澪羽
掲載日:2010/06/27

 よく何かのアンケートなんかに職業選択する欄があるじゃない? 私の場合は『専業主婦』にチェック……になるわよね。でも、たとえば自営業ってひと括りにしても、その業種や仕事内容は千差万別。

 私も『専業主婦』ってひと括りにされているけれど、その内訳としては、『妻』であり『母』であり、『出産間近の妊婦』ってことになるかしらね。

 妊婦、これも所謂いわゆるひとつのお仕事。それも大仕事ってやつだと思うんだけどなあ。



 私は実家の母に子供たちを預け、たったひとりで病院に向かった。

 妊娠40週と1日。出産予定日は過ぎてしまっている。上の子ふたりとも仲良く38週と4日で生まれているので、3人目も勿論予定日よりも早く産めると思っていた。……それなのに、出てくる気配すらない。大きくなったおなかの中で、悠々とぐるんぐるんと回っているだけ。

 最悪だ……早く生まれることを想定して、早く実家に帰ってきたというのに生まれないなんて、肩身が狭すぎる。

 ってなわけで、予定日を過ぎたところで医者せんせいに頼み込み、早々に誘発分娩に切り替えることにしたのだった。


  旦那の仕事は忙しい。病院に向かう私はひとり。でも寂しいとか言ってる場合じゃない。もうお腹が重たくて仕方がないのよ!! 足も浮腫むくむし、体重体重って受診のたびに言われて、正直相当ストレスだし!! だから寂しいってよりは、とうとうこの日が来たって感じよねえ。いざ出陣ってね。

 病棟に案内され、まっすぐに分娩室に通される。すぐに着替えをするように言われ、おなかに胎児の心音を聞くモニターを巻かれた。いよいよなのね!! 私の期待は高まるばかり。


「この薬を一時間おきに飲んでくださいね」

「は?」


 薬を6錠渡されただけで、点滴もなにもされない。

 あれ? なんか聞いてた話と違うんですが……? 点滴して、一気に陣痛つけるんじゃないんですか!?

 そんなこと言っても仕方がない。言われたとおりに一時間おきに渡された薬を飲む。

 ……陣痛? 来るはずないじゃない。内診もされたけど、「全然まだですね~」って、言われなくても分かってるっての!! そんなんで一日目は終わってしまった。

 ひとりでベットに寝転んで考える。嗚呼、そうか。今日はゆっくりと眠れる最終日なのね、と。子供が産まれたら、数時間おきの授乳でぐっすり眠ることはもうできない。今日はゆっくり寝ておかなきゃ……なんて考えてたら、ろくに眠ることもできずに朝を迎えた。



 朝食も食べないうちに、枕元のスピーカーで内診室へのお呼びがかかる。

 今度こそ本当にいよいよなのね、と少々興奮気味に内診室へと向かった。内診台に上がり、まずは診察。はあ、ここまで来ても内診はイヤ。……しかも若い医者ってのが、微妙に、イヤ。

「う~ん、やっぱりまだ開いてないですねえ」

「はあ……」

「風船で入り口開きましょう」

「は!?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。風船って何さ!! ……実は結婚前は看護師をしていた私。けど産婦人科の勤務経験はなく、風船とか言われても混乱するだけ。元看護師なだけに、自分の分からない処置には抵抗がある。知ってれば、それなりに心の準備もできるのだけれど……って、そんなことも言ってられまい。やるって言ってるんだから、従う他ない。

「……はい」

 多分、顔引き攣ってるな。うん。そこんとこだけ自信ある。

 出てきたのは、でっかい注射器と管。見覚えのあるそれに、内心ほっとした。医者の説明はこうだ。管を子宮の入り口に差し込む。管の先は空気を入れると膨らむようになっていて、それで子宮の入り口を広げる。子宮の入り口が自然と広がれば、風船は自然と落ちてくる。まあ、物を見れば想像はついた。想像通りでほっとしたのもつかの間……

「……っ!!!!!!!!」

「あ、あれ? もう一回シリンジ(注射器のこと)!」

 い、痛い!! 非常に痛い!! しかも……失敗しましたね。見てましたよ。手元、狂いましたね。あれ? じゃないよね? スイマセンは!!!?

 ……妊婦は時として凶暴です。私だけ? これから一仕事しようってんだから、気も立ってんのよ。ああ、謝罪の一言って大事ね。覚えておこう。うん。

 そんな風に何とか自分をなだめつつ、再び痛みに耐える。開いてないところを無理やりこじ開けられるようなもんだから、それは痛い。吐き気を催すほど。けど、耐えろ、私!!

「はい、これで子宮の入り口開いたら、勝手に抜けてきますから」

「……はあ」

 つ、疲れた。というか、異物感がどうしてもある。辛いなあ。

「さあ、じゃあ点滴始めましょうか」

 私よりもかなり若そうな助産師さんに促され、昨日と同じように陣痛室に通される。またお腹にモニターを巻かれ、今日は腕に点滴。一時間に決まった量を点滴するために、機械もセットされる。言ってくれたら、自分で調節しますよ? とはさすがに言えないけど。


「じゃあ、何かあったら呼んでくださいね。私もちょくちょく見に来ますから」

「はい」

 点滴とモニターをセットされ、そこでやっと朝食にありつけた。お腹はそんなに空いてない。でも、これから体力勝負だと思うと、しっかり食べなくちゃ。ってことで全量摂取。

 朝食を食べ終わると、後はもう陣痛が付くまでやることはない。何時間、ここで陣痛が来るのを待つのかなあ……ヒマ。ついそんな不謹慎なことを考えてしまったりして。


 白い天井を見つめながら、ひとり目とふたり目を産んだ時のことをなんとなく思い出した。

 ひとり目の時は、なんと陣痛室のベットが満室で、急遽そこに運び込んだベットに寝かされ、周りをぐるりと衝立で囲まれただけで、ナースコールさえ与えてもらえなかった。「何かあったら呼んでくださいね」と去っていく看護師さんを、待てい!!と呼び止める気力もなかったっけ。ふたり目の時は、入院してすぐにトイレに立った後動けなくなり、たまたまいた助産師さんに助けを求めると、既に子宮口全開……大慌てで分娩台に運ばれたっけ。

 そんなことを考えていたら、なんだかおかしくなってきた。今思い出したら笑えるけど、あの時は本気で必死だった。陣痛の痛み……産む度にもう二度とご免だって思うのに、私三回目だよ。懲りないなあ。でも不思議とあの痛みをうまく思い出せない。

 何かで読んだか聞いたことがあるんだけれど、女は忘れっぽいから何度も子供を産めるらしい。陣痛の痛みさえ忘れるのが『忘れっぽい』に該当するのかどうかは別として、う~ん……確かにそうかもね。ちなみに、男の人は陣痛の痛みを経験したら、耐えきれずに死んでしまうらしいね。嘘かホントか知らないけれど、私個人としてはその話、かなり信じてる。


 助産師さんは三十分毎にやってきては、診察をして点滴の流量を増やしていく。やはり内服薬より、点滴は効果覿面だ。二時間もすると、かなり定期的に強い張りに襲われ始める。それでもまだ、「生まれる~~~~!!!」って程でもない。それに、「風船」も相変わらず抜けてこないし。

 けれど、点滴を開始してから三時間もすると、襲ってくる痛みにその都度汗が浮かぶようになる。なんて言うのか……もう、居ても立ってもいられない。そんな感じ? 座っていても辛いし、寝ていても辛い。ペダルのないサイクリングマシンのようなものに跨り、表現のしようもない痛みに耐える。

 不思議とこのサイクリングマシンもどきに跨っていると、少しだけ楽。尾てい骨の辺りを強く押すと痛みが少し楽になるってのも聞いたことあるから、それと同じ効果があるのかもしれない。でも、サイクリングマシンもどきに跨って、体をゆらゆら揺らしている私はかなり間抜けな姿だなあ……


「診察しますよ」

 助産師さんと医者が連れだってやってきた。正直もうここまで陣痛が辛くなってくると、内診は苦痛でしかない。それでも文句も言えない……

「ああ、もう抜けそうなんで抜いていきます」

 そんなことを言いながら、医者はずっと異物感を与えていた「風船」を抜き取る。その感覚たるや……入れるときの数倍は吐き気を催しましたとも。ぜえはあ、って息も絶え絶えの私に、医者は追い打ちをかけたのだ。

「破水させますね。そうしたらそんなにしないで赤ちゃんが下りてくると思いますから」

「……は?」

 人工破水? 何すんですか?

 そんなこと聞く暇なんんて与えてはもらえませんでいた。何をしたのかはもう分かりません。気が付いたら、再びおえっとなるような不快な痛みの後に、漏らした!?と不安になるくらいの水がざはーっと流れ出して……人工破水終了。

 それからは確かに陣痛も強くなった。また三十分後くらいにやってきた医者は、今度は赤ちゃんに直接モニターをつけると、訳の分からないことを言い出した。……もしや実験台にされてませんか? いや、聞けないけどね。

 なにか、アンテナのようなものを直接胎児に装着して、心音を拾うというのだ。お腹に巻いたモニターでは、胎児が動くと心音が分からなくなるからと。……でも、生まれてもいない胎児にアンテナ付けるって……つまりはそういうことですよね?

 ああああああ!!!!!やっぱりぃぃいいいい!!!!!

 内心叫んだ。

 やっぱりそういうことなんですね! そこからそのアンテナ入れて、胎児にくっつけるんですね! ……とてもとても放送禁止用語満載で、言えませんとも!!

 恥ずかしい。妊婦が今更恥ずかしいもくそもないかもしれなけど、恥ずかしいわ!!

 でも、恥ずかしさなんか吹っ飛ぶくらい、その先が地獄だなんて私はまだ知らなかったのだ……って大げさかあ。

 恥ずかしい……その上痛い。ああもう、今日は朝から痛いことばっかり。覚悟はしていたけれど、心が折れそう……先生、もうお任せするから、早くソレ、終わらせて下さいませね。

 なんて思っていたのに、若いお医者様は「あれ?」とか、「ん?」とか言って、人の足の間でごそごそやっている。その度に激痛が……泣いてもいい? やっと何とか付いたらしく、ガラガラと運び込まれたモニターの電源が入れられた……これで一安心。と思ったけど。

「先生! モニター飛んでません!!」

 って、つまり、波形が出てないってことよね。要するに、うまくついてないんだよね? ん? だよね?

 半笑い。半笑い……現実から逃避したい時って、本当に半笑いになっちゃうんだね。はじめて知ったよ。アリガトサン。でも、勘弁してよ。

「す、すいません。もう一回いいですか?」

「……」

 いや。って患者の立場で言えますか? 無理だよねえ。その間にも遅い来る陣痛。うっと息をつめて手を上げて、波が収まるまで待ってもらう。それからもう一度、陣痛とは別の激痛に耐える。陣痛の合間は少しでも休みたいのに、その合間にこんな激痛を与えられるとは……無念。

 無事にもう一度アンテナをつけなおしたものの、波形出てませんよ。ああ、お医者さんも助産師さんもうろたえてるよ。うん。私も一緒にうろたえてもいい? 困ったなあ!!って。うふふ。

 ちょっと壊れてきた。さすがに温厚を装う私も、切れかかっているのですが、いいでしょうか? お、なんだかベテランな感じの助産師さんが登場しましたよ。

「ああ、先生、これ以前使ってたモニターのじゃないですか。新しいモニターの使わないと!」

 ベテラン助産師さんの登場で、あっという間に問題解決。よかったね。うん、うんよかった。って、待てい!! ってことはだよ。私は散々、使えもしないアンテナ埋め込まれてたってわけかい!! ……そして、もう一回っていうんだよね?


「す、すいません。もう一回……」

 医者が申し訳なさそうに言っている。分かってるよ。必要なのは分かっているけど、でも。

「いい加減に、してもらえませんか?」

 半笑いのまま、言っちゃたよ。だって、さすがにこれは仕方ないでしょ? さすがににっこり「はい」だなんて言えるほど、心も体も余裕がないの、今は!!!

「す、すいません。もう一回だけ我慢してください」

 はあ、いい加減にしてくれって口では言ったって分かってる。必要な処置だってことは。でも言いたかったの。許してね。でも、ホント、痛い!!! あ、でも我慢の甲斐あって、今度はモニターに胎児の心音が出たみたいね。ほっとしたってより、ぐったりデス。


 ほっとしたのも束の間、刺激されたせいか、陣痛は一層強くなってきた。内臓が押し上げられるようで、痛いんだか吐きたいんだか、何が何だかもうよく分からないくらい。足の間から体の中に伸びるモニターの線のせいで、身動きもうまく取れやしない。

「どうですか?」

 助産師さんが内診をして、ため息交じりに「まだですね」と笑った。もう、絶望的な気分になる。この痛みを、あとどれだけ我慢したら産めるのですか!? ……と。正直もう、息も絶え絶え。陣痛の間隔もかなり短い。苦しい、苦しい、痛い、痛い……!!


「そういえば、以前看護師さんをされていたそうですね」

 は?

「私はO市ってところで助産師してたんですけど、人手が足りないってことで、こっちの病院に手伝いに来てるんです」

 にこにこ。助産師さんは冷や汗を浮かべる私に話しかけてくる。いや、見えてます? この苦しみ方。

「……えと、私もO市の看護学校に行ってましたよ……うぅ」

「ええ!? 本当ですか!? じゃあ私の先輩なんですね!! うわあ、先輩に会うなんて思ってもみませんでした!! 私は36期生なんです!!」

 助産師サンハ大喜ビシテイル。

 なんだかRPGふうに頭の中に文字が躍る。確かにすごい偶然だけれども、でも、今はそれどころでは……

「わ、私は、26期……うっ!」

 それでも会話に付き合ってしまう私。我ながら人がいい。しかも私そっちのけで、学生時代を振り返りはじめましたよ? おおい。見えてる? 患者さんを忘れちゃダメだぞう。懐かしそうに昔話をしていたかと思うと、はっとしてやっと状況を思い出してくれたらしく、助産師の顔に戻ってくれた。

「あ、辛くなったらおっしゃってくださいね」

 その言葉、待ってたよ……

「あのう、ぅ、け、結構、つらい、です」

「え? ほんとですか? でも、さっきまだ半分くらいだったんで……」

 そんなことを言いながら内診をした彼女の顔色が、さっと変わったのがこんな状況にいる私にさえ分かった。完全に冷静さを失ってますが、何か? こっちまで冷や汗が出る。

 彼女はものすごーく慌てた様子で、私の枕元のナースコールを連打した。


「た、助けてください!!!!!」


 はあああああ? 何事!?

 陣痛の痛みも忘れて、取りみだす助産師さんを見る。彼女は大慌てだ。

「子宮口が全開です! 児頭出てきてます!!」

 くらり。

 やっぱりそうでしょ? 苦しかったもん。

 バタバタという足音と共に、数人の看護師さんにベットごと分娩室に運ばれる。分娩台にどう移そうか悩んでいる彼女たちに、「自分で行きますから」と起き上がり、分娩台に自力で上がると、歓声が上がった。……経産婦なめんなよ。

 分娩台に上がったら、速攻で「いきんで」と言われた。ああそうか、かなり切迫した状況だったんだね。とどこか冷静な私。分娩台で産まなかった場合、分娩に関する費用を出し渋る輩もいると聞いたことがある。だからこそ、あっちも必死だったんだね。

「いきんでください」

 言われなくても……いきみますともっ!

 ぐっとお腹に力を込める。臍のあたりに力を込めて、ぐっと、何かを押しだすように。大きな物体が自分の中を通過するのが分かる。意志を持って、出てこようとしているのが分かる。それに合わせて、私は力を込める。ぐっと……頭がきっと出てきた。


「うわっ、おっきぃ!!!」


 助産師さんの笑い交じりの声。いや、いきんでるときじゃなかったら、そんなの自分の彼氏にでも言ってろ!! と、怒鳴ってやりたい所だったね。うん。

 一気に力を込めると、ずるりとした感覚と共に弱々しい泣き声が聞こえた。と、さっきまで私を苦しめ続けた陣痛は、きれいさっぱり消えていた。本当にあの痛みは嘘だったみたいに。

 体中から力が抜ける。嗚呼終わった……

 体を拭かれたわが子が、連れてこられる。助産師さんが病衣の前をはだけさせ、素肌に直接生まれたばかりの裸の子供を置いてくれる。温かくて……ふわふわ。でもやせっぽちで頼りない。ふんふんと私の体の匂いを嗅いでいる。生まれたばかりのわが子は、なぜかミルクの香りがふわっとした。

 そっと頭を撫でる。色々なモノが付着して、髪の毛はかぺかぺ。拭いてもらったとはいえ、血まみれ。でも、それでも可愛いわが子。


 終わった……? 違う。これから。


 まだふっくらともしていない赤ん坊の頬を指でつつきながら私は思う。

 子供を産むという、大きな仕事は無事に終わった。でも、これからは新しい命のお母さんという仕事が、新たに私の肩書きに加わる。うん、そんなに難しことでも、堅苦しいことでもきっとないんだろうけれど。

 一緒に過ごして、一緒に生きて、一緒に育っていく。

 それがきっと私の人生をかけての仕事。

 給料はもらえないけれど、当たり前だって感謝もされないけれど、休日も休み時間もないけれど……それでも死ぬまで続く私の仕事。私の生きがい。


 ね?  


 生まれたばかりの赤ん坊に、問いかけるようにしてその顔を覗き込む。そんなはずもないのだけれど、ほんの一瞬、その顔がふにゃりと笑った気がした。






最後までお読みくださいましてありがとうございます。

これは沢上の個人的な出産経験をもとに書いたものです。

妊婦の数だけ、そこには違ったドラマがあります。

数ある出産にまつわるドラマの中のひとつとして、楽しんでいただければ幸いです。

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