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異世界ざまぁ短編集

ポンコツの王太子殿下から「チェンジ」と言われましたので最大級のざまぁでお返ししようと思います〜ついでに聖女を接収します〜

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/19

 ◆〜第一章:金色の虚像と【介護】の日々〜◆



 眩い金髪に、彫刻のような筋肉を宿した逞しい体躯。

 王太子コベルトは、一見すれば理想的な次期国王であった。


 しかし、その婚約者である公爵令嬢アシュリンだけは、その真実を知っていた。

 彼が、歴史に名を刻むレベルの“ポンコツ“であることを。


 ある日のこと、コベルトはアシュリンに向かって、自慢の大胸筋をピクつかせながらこう言い放った。


「アシュリン、この『よさんしょ』とやらは何だ? 読みにくいから、君が適当に書き直してハンコを押しておいてくれ。俺はスクワットの続きがある」


 彼が差し出したのは、国の命運を左右する“国家予算書“であった。


 平易な単語すら怪しい彼は、国の数字を“なんかたくさん書いてある紙“程度にしか認識していなかったのだ。


 彼のポンコツぶりは学力だけに留まらない。

 ある時、公式晩餐会で『国民の苦難を分かち合う』というパフォーマンスのために自ら給仕をすると言い出した。


 しかし、彼は皿の持ち方すら分からず、筋肉の加減を間違えて高価な銀食器を握りつぶし、スープを隣国の特使の頭からぶちまけた。


 その後の外交フォローに、アシュリンが三日三晩不眠不休で駆け回ったのは言うまでもない。


 さらに、身の回りのことも一人では何もできなかった。


「アシュリン! ズボンのボタンの留め方がわからん! 筋肉が邪魔で指が届かないんだ!」


 朝からそんな理由で呼び出されるのは日常茶飯事。


 靴下の左右すら判別できず、彼が【品行方正な王子】に見えていたのは、すべてアシュリンが裏で着替えさせ、髪を整え、発言のすべてをカンペに書いて渡していたからに他ならなかった。


 そんな折、魔王軍との長年の戦いに悩まされた王国は、古の儀式により”聖女”を召喚した。


 現れたのはユウナ・ナカオ。

 黒髪の、小動物のように震える少女であった。


「……あ、あの、ここはどこですかぁ? 怖い……っ」


 その純真無垢な瞳と、庇護欲をそそる振る舞いに、王国の男たちは一瞬で執心した。


 特に、考えることを筋肉に代行させていたコベルトは、一瞬で彼女に心を奪われた。


 ユウナ本人は突然の異世界転生に戸惑うばかりで、周囲の熱狂に困惑していたが、男たちは勝手に彼女を【希望の聖女】と崇め奉った。



 ◆〜第二章:舞踏会の【チェンジ】〜◆



 ユウナの召喚から一ヶ月。

 建国記念舞踏会の最中、事件は起きた。


 シャンデリアが煌めくホールの中心で、コベルトはアシュリンの手を払い、震えるユウナの肩を強引に抱き寄せた。


「アシュリン! 貴様との婚約を破棄する! というか、”チェンジ”だ!」


 静まり返る会場。アシュリンは冷静に首を傾げた。


「……チェンジ、とは?」

「言葉のままだ! 聖女ユウナは可愛らしく、俺の筋肉を見て驚いてくれる。それに比べて貴様はなんだ。いつも難しい話ばかりして、可愛げがない! 貴様のような『可愛くない女』は、今すぐこの国から出て行け。追放だ!」


 あまりにも無茶苦茶な理由であった。

 しかし、異常なのはコベルトだけではなかった。


 雛壇に座る国王と王妃も、ユウナがもたらすであろう“聖女の恩恵“に目がくらみ、冷酷な笑みを浮かべていた。


 国王は、長年国を支えてきたアシュリンの父・公爵への恩義など微塵も感じさせぬ声で言い放った。


「そうだ、アシュリン。ユウナ殿こそが我が国の太陽。お前の父も最近は発言力が強すぎて鼻についていたのだ。お前を追放すれば、公爵家を潰す良い口実にもなるからな」


 王妃は扇を広げて下卑た笑いを漏らす。


「おーほほほ! アシュリン、お前のその澄ました顔が昔から嫌いだったのよ。聖女様に比べてなんて地味で、可愛げのない女かしら。さっさとその汚らわしいドレスを脱いで、裸足で国を出ていきなさい!」


 そう言って王妃はアシュリンに歩み寄り、彼女の胸元に輝く国宝級のペンダントを力任せに引きちぎった。


「これは返してもらうわよ! 追放される罪人が身につけていい物じゃないわ。ついでにその綺麗な髪も、私が切ってあげましょうか?」


 さらに、意地悪で有名な王女までもが嘲笑いながら、アシュリンの頭上で煌めくティアラを剥ぎ取ろうと手ぐすねを引いていた。


 アシュリンは、すっと目を細めた。


(……ああ、そうですか。ようやくこの【無能の介護生活】と【腐りきった王家】から解放されるのですね)


「承知いたしました。そのチェンジとやら、お受けいたします。三日後、私はこの王国から離れることにいたしますわ。決して、後悔をなさらぬように」

「ハッ! 後悔するのは貴様の方だ!」


 勝ち誇るコベルトの傍らで、ユウナだけが真っ青な顔で震えていた。


 彼女はアシュリンがいない間に、コベルトが”自分の名前すら満足に書けない”ことや、国政のすべてが彼女の細い肩にかかっていた事実を、この一ヶ月で嫌というほど見せつけられてきたからだ。


「えっ、ええっ……? あの、アシュリン様? 行かないでください……っ。アシュリン様がいないと、この国の仕事も、殿下の生活も、全部……全部めちゃくちゃになっちゃいます!」


 おろおろと困惑の声を上げるユウナ。

 しかし、脳まで筋肉で固まったコベルトや、欲に目がくらんだ国王たちに、その切実な警告が届くことはなかった。



 ◆〜第三章:功績の回収と静かなる【制裁】〜◆



 そこからのアシュリンの動きは、現役時代よりも迅速であった。


 彼女はまず、自分がこれまでに築き上げてきた功績を、目に見える形で“回収“し始めた。


「これらはすべて、私の個人資産と、私の名において結ばれた契約ですわ。当然、持っていかせていただきます」


 彼女はまず、王都を魔物の脅威から守っていた【守護の結界石】をすべて回収した。

 それは公爵家が代々管理し、アシュリンが私費で魔力を充填していたものだ。


 また、彼女の個人的な信頼関係だけで維持されていた隣国との貿易協定、および関税の免除措置も、彼女が一筆書いただけで即座に凍結された。


 さらにアシュリンは、追放に同意した国王夫妻、そして意地悪な王女にも制裁が下るよう、周到に根回しを行った。


「今までお父様と私がどれだけ王家の不始末を揉み消してきたと思っているのかしら」


 彼女は、国王が愛人に注ぎ込んでいた公金の出納記録、王妃が宝石商と交わしていた不適切な裏契約、そして王女が他国の貴族を侮辱した際の謝罪文書の控えを、すべて教会の監察部門と貴族院議長の手元に届けた。


 これらはアシュリンが【婚約者】として、王家の体面を守るために秘匿してきた毒薬であった。


 さらに彼女は、王宮で働く有能な官僚や、彼女に恩義を感じている騎士団の精鋭たちに、一通の招待状を送った。


『私は三日後に王国を去り、隣国の港町へ向かいます。そこには新しい未来と、適正な報酬を用意しております。休暇を取りたい方は、ご自由に』


 三日後、アシュリンは王宮を出た。


 彼女が去った後のデスクには、これまでの功績をすべて白紙に戻す【解約通知書】の山だけが残されていた。


 行き先は、隣国の小さな港町。

 かつて彼女が「ここは貿易の拠点になる」と目をつけていた土地だ。


 いずれ自身の保養地に使用と考えていたその地を、彼女は私財を投じて整備し始めていた。


「この街を整備し、隣国との貿易の拠点にすれば、王都以上の城壁都市を築けますわ。……さて、ポンコツな皆様がいつまで持ち堪えられるか、見ものですわね」


 アシュリンは一度も振り返ることなく、新天地へと馬車を走らせた。

 一方、彼女という“重石“を失った王国は、自らが犯した過ちの重さに、まだ気づいていなかった。



 ◆〜第四章:崩壊する王国〜◆



 アシュリンが去ってから数ヶ月。

 王国は、まるで土台を抜かれた泥舟のように、急速に廃れていった。


「おい! アシュリンはどこだ! この『けっさい』とやらをしないと、俺のプロテインが届かないらしいぞ!」


 王宮の執務室で、コベルトが咆哮する。

 しかし、そこにはもう、微笑んでペンを取るアシュリンはいない。


 残されたのは、アシュリンがこれまで【コベルトの名】で処理していた山のような書類と、それらを理解できず、ただ筋肉を震わせるだけの無能な男たちだけだった。


 コベルトは朝の着替えすら満足にできず、シャツを前後逆に着たまま公務に出ようとして失笑を買い、ついには「面倒だ」とすべての公務を放り出した。


 一方、アシュリンが根回ししていた制裁が、王家をじわじわと追い詰めていった。


 アシュリンの手によって暴露された国王の公金横領と、王妃が宝石商と交わしていた不適切な裏契約の証拠は、瞬く間に教会と貴族院に知れ渡った。


「おのれ、アシュリンめ……! これほどの証拠を握っていたとは!」


 国王は、次々と突きつけられる不正の追及に、惨めに震えることしかできなかった。


 かつての権威は失墜し、王妃も“アシュリンの宝石を剥ぎ取った“ことで、逆に宝飾ギルドから一斉に取引を停止され、二度と新しいドレスを新調できなくなった。


 意地悪だった王女も、他国の貴族を侮辱した際の証拠を突きつけられ、隣国からの婚約話がすべて白紙になるという、自業自得な末路を辿っていた。


 さらに、アシュリンが回収した【結界石】の影響は深刻だった。


 王都の周辺には魔物が溢れ出し、街道は寸断。

 物流が止まったことで、市場からは食料が消え、物価は跳ね上がった。


「王家は俺たちの税金を盗んで遊び呆けているのか!」

「アシュリン様を返せ! 彼女がいなければ、この国は終わりだ!」


 ついには国民の怒りが爆発。

 王都の広場では毎日デモが起き、暴動へと発展した。


 そして、決定打が放たれる。

 アシュリンを慕い、彼女の招待状を受け取っていた騎士団の精鋭たちが、ついに反旗を翻したのだ。


「無能な王族に、これ以上従う必要はない! 我々は、真に国を思う者の元へ行く!」


 騎士団によるクーデターが勃発。

 王城は内側から崩壊し、兵士たちの半分以上がアシュリンのいる港町へと“亡命“した。


 さらには、防衛の要を失った隙を突き、魔王軍が国境を越えて侵攻。

 王国は、物理的にも政治的にも、滅亡寸前まで追い込まれたのである。


 かつての栄華は見る影もなく、コベルトたちは自分たちが「チェンジ」と切り捨てた一人の女性が、いかに巨大な国の心臓であったかを、最悪の形で思い知ることとなった。




 ◆〜第五章:聖女の【接収】〜◆




 魔王軍の黒い霧が王都を包み込み、崩れかけた城門が悲鳴を上げる。

 もはや王国に抗う力は残されていなかった。


 絶望が支配するその刹那、地平線を割って、眩い白銀の鎧を纏った一団が姿を現した。


 それは、アシュリンが港町で鍛え上げた、最新鋭の装備を誇る私設騎士団であった。


「ア、アシュリン! 助けに来てくれたのか!」


 瓦礫の山から這い出したコベルトが、震える足で立ち上がり、歓喜の声を上げた。

 その自慢の筋肉は泥にまみれ、豪華だったはずの衣類はボロボロに裂けている。


 しかし、彼はアシュリンの姿を見るなり、醜く歪んだ希望を顔に張り付かせ、以前と変わらぬ尊大な態度で叫んだ。


「さあ、早くその軍勢で魔王軍を撃退しろ! これは命令だ。……フン! 貴様の働き次第では、また俺の婚約者にしてやってもいいぞ!」


 泥にまみれた大胸筋をこれ見よがしに震わせ、偉そうに言い放つコベルト。

 その傍らでは、国王や王妃、そして泥にまみれた王女までもが、救済を確信して浅ましく顔を輝かせている。


 アシュリンはゆっくりと馬を止めると、軽やかな動作で颯爽と地面に降り立った。


 彼女は絶望の淵にある王族たちの前まで歩み寄ると、そこで、完璧なまでのカーテシーを披露した。


 背筋を微塵も揺らさず、指先まで神経の行き届いた所作でドレスの裾を広げ、深く、そして優雅に膝を折る。


 首筋の角度、伏せられた睫毛の落とす影、そのすべてが、かつて王宮で「可愛げがない」と切り捨てられた最高位の淑女としての誇りに満ちていた。


 そして彼女は、慈悲の欠片も感じさせない冷徹なまでの微笑を浮かべて顔を上げた。


「お断りいたします、コベルト様。私はもう、この国の人間ではありませんから。……それに、私は助けに来たわけではありませんの。ただ、『忘れ物』を取りに来ただけですわ」

「な……何を言っている!? 命令を聞けと言っているんだ!」


 コベルトの怒号を無視し、アシュリンは泣き出しそうな顔で王女の後ろでオロオロしていたユウナを見据えた。


「コベルト様。あなたにはあまりにも不相応な『聖女様』を、これより私が接収させていただきます」

「えっ……?」


 ユウナが目を丸くした瞬間、アシュリンが鋭く指を鳴らした。


「ユウナ様、このようなポンコツと一緒にいても、命がいくつあっても足りませんわ。……さあ、行きましょう。私の国には、あなたのための温かいお茶と、柔らかなベッドが用意してあります」

「えっ、ええっ!? あの、アシュリン様!? どこへ行くんですかぁ!?」


 アシュリンの合図と共に、騎士たちが素早くユウナの元へ駆け寄った。

 突然のことに戸惑い、流されるままに”攫われる”ように連れて行かれるユウナ。


 彼女は最後まで健気に、「あの、コベルト様たちの服がボロボロで……直してあげなきゃ……!」と取り残される王族たちを心配していたが、アシュリンの手によって強引に、そして大切に馬車へと押し込まれた。



 ◆〜第六章:それぞれの末路〜◆



 結局、王国は滅亡した。


 魔王軍の侵攻を止める術を持たなかった王都は陥落し、かつての栄華は瓦礫の下へと消えた。


 生き残った国民の多くは、アシュリンが築き上げた新天地へと移住することになった。


 そこには、王都をも凌駕する堅牢な城壁と、活気あふれる豊かな生活が約束されていたからだ。


 一方、逃げ延びた王族たちを待っていたのは、想像を絶するほど惨めな現実だった。


 元国王と王妃は、自分たちがこれまで軽んじ、虐げてきた民衆と同じ泥にまみれて働く日々を余儀なくされた。


 豪華な寝台も山海の珍味もなく、凍えるような小屋で、明日生きるための麦を挽くその姿には、かつての威厳など微塵も残っていない。


 また、アシュリンのティアラを強引に剥ぎ取った意地悪な王女は、厳しい戒律で知られる修道院に送られ、贅沢を一切禁じられたまま、一生をかけて冷たい石畳の床を磨き続けることになった。


 そしてコベルトは、守るべき国も、称賛してくれる女も、誇るべき地位もすべて失った。


 自慢の筋肉も、自分一人ではボタン一つ留められない無能さを補う役には立たなかった。


 彼はただの“無能な大男“として誰からも顧みられることなく、惨めに歴史の闇へと消えていったのである。


 一方、アシュリンの築いた都市は、大陸最大の貿易都市として独立を宣言した。


 アシュリンは最高権力者として、あるいは慈愛深き指導者として、有能な臣下たちに囲まれながら、さらなる繁栄を謳歌していた。


 彼女の隣には、美味しいお菓子を食べて、ようやく安心したように笑うユウナの姿があった。


 アシュリンの元で心身ともに癒されたユウナは、本来の【聖女】としての才能を真に開花させていた。


 コベルトを驚かせるための見せ物ではなく、真に人々を癒し、大地を浄化する彼女の聖なる力は、アシュリンの保護のもとで大切に、そして正しく育まれていたのである。


「『チェンジ』と言われた時はどうなるかと思いましたが、結果的には最高のお返しができましたわね」


 アシュリンは、新公国のバルコニーから青く輝く海を見つめながら、優雅に紅茶を啜る。


 隣でユウナが「アシュリン様、このお菓子、すっごく美味しいです! これを食べると、聖女のパワーもみなぎってくる気がします!」と、頬を膨らませてはしゃいでいる。


 アシュリンは、その健気な姿に柔らかく目を細めた。


 ポンコツの介護に明け暮れ、腐った王家を支えるために自分を削るよりも、純真な聖女を慈しみ、自らの理想郷を築く方が、よほど有意義で贅沢な時間の使い方であった。


 かつての王国に未練など、ひとかけらもない。

 新しい太陽が、アシュリンとユウナの進む道を、どこまでも明るく照らしていた。



              〜〜〜fin〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために★★★★★やいいねやリアクションを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。


ブクマ頂けたら……最高です!


シリーズ『異世界ざまぁ短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。

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聖女様流されやす過ぎては?裏でチョロ聖女と呼ばれてないか心配です。 悪役王子はなろうには珍しく筋肉という長所があったから、いくらでもやり直しききそうなのに性格悪すぎて受け入れ先が見つからなかったのか…
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