私、始まり、そして私
───永久不滅のトロッコ問題、答えは私───
…………これこそが『私』が掲げる名言。
──とは言え、即興で考えた駄作。しかし何故か納得してしまう、盾と矛の『私』の文言である。
♢ ♢ ♢
この文章体は半分『偽物』。反面、半分『事実』の文体であることを前提に、この為体を御楽しみ願おう。
さて。長々と自分自身を叙述するのは、想像以上に気が固い───そう言いつつ、これから述べる事は私の追憶である。
♢ ♢ ♢
───2025年、10月
私が肺炎に罹った、先週に遡る。眩暈と吐気が繰り返す部屋でほぼ1日中、私は私の人生を追憶していた。3周…………16年を、3周である。
とりわけ熱が激ったその日は、腹も空かさず殆ど部屋に篭っていた。
……申し遅れるが、私は独り暮らしの身に育つ。しかし訳あって、顔見知りが私の断りもなく居候している。二人いる弟妹は留学中……という存分だ。
───さて置きである。『夢』とは偽れないほど明確に、意識曖昧にその情景は写し出された。
──16年目が訪れる度に赤児から再生される──
この何とも妙な夢を、私は眠気が覚める度に繰り返した。下記より綴るのは、曖昧とした夢で辿った私の軌跡である。
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『2010年、1月18日』
母子手帳には大抵、『誕生日』という日付、そして名前が書かれている。私は肺炎になる数日前、母が書いたらしき私の母子手帳を偶然発見した。
『M a r i 』
題名のつもりなのか、薄青の表紙に黒黒とペンで書いてある。『マリ』……母親の名前でなければ、親戚にもいない。目を凝らすと、さらに一文字書いてある。
『M a r i ( a )』
直訳すると、『聖母』。自身の事を述べてるのか、その字からは何かが強く伝わって来る。
既に奇妙なこの手帳。私は迷わずに次々とページを捲り、私の名前が書いてある欄まで辿り着いた。
「あ、ここじゃない?」
いつの間に横にいたのか、居候の人が観察する様に母子手帳を眺めている。
「何か破けてない? ここ」
彼女の言う通り、数ページ前の端の方から破れていた部分が、微妙に誕生日の辺りを隠している。手帳を逆さまにするが、断片らしきものは何も出てこない。
「あれ?」
目を細めてゆっくりと顔を手帳に近づけながら、破けた部分に指を当てる。
「うん。いや、絶対『2』か『3』でしょ。これ」
指を当てた端から見える、『月』の文字。彼女の指を払い、同じく目を細めると、確かに丸みを帯びた形状の数字がそこにあった。
『2010年 ○月………』
続きは破れて判別できない。しかし、○に当る数字は明らかに『3』……その形状である。
「あれ……じゃあ私より歳下」
まるで他人事であるかの様に、彼女は見下す目で私を窺っている。適当に彼女の相手をするも、やはり私は驚きが隠せなかった。
───『1月18日』と言う日付が、意味を持たずと朽ちた日である。
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16年の追憶は毎回、この意味の無い『1月18日』と言う日を境に止まる。これは、
『10月から来年の1月の『未来』を、夢で辿った』。
と言い換えることも可能である。しかし、夢で見た3ヶ月の記憶が、今の私から消失していることも事実である。
───この物語の題を『予』と定めるには、これから綴る話は余りに易いものである。
しかし、追体験した48年を記すと共に、私が何かに出会える事を誓おう。
追記=追憶日記




