特訓
閑散と、何人かが鍛錬やらスポーツやら、あるいは談笑をしている校庭。
その校庭の隅っこで、木剣を持ったラルクと素手のアルマが対峙していた。
ここに至るまで、話は少し遡る。
「なあアルマ、訓練を手伝ってくれ!」
「いいが、何の訓練だ?」
「強い奴を倒すための訓練!」
それを聞いたアルマは、おそらく呆れたように彼を見つめた。
「いや、学園三傑とやらは下剤を盛るなり闇討ちするなりで俺がどうにかするから、俺より弱い奴と戦ってこい。俺と戦っても、たぶんだが4位以下の奴相手では役に立たんぞ」
「いやだから、その卑怯な手段を使わないでいいようにするんだよ」
「……ふむ」
ここで少し、アルマが怒気の籠った声を漏らした。
「何だお前は、反則でもなんでも使うに足る理由はあると認めたのだろう。ならば四の五の言っていないで」
「でもさ、反則がバレたら終わりだぜ」
「……むっ」
それは確かに事実であった。ラルクは現在二年。学園は三年制だから、発覚すれば三傑のいない来年分の挑戦権まで失うことになる。
「だが実際問題、勝算は薄いのだろう?」
「まあね。……でも逆に言ってしまえば、正々堂々の方が成功率が高いんならいいんだろ?」
「それは、そうだが、」
「優勝候補が謎の腹痛で苦しめられている中、錬金術師でもなんでもない俺が、錬金ガマが欲しいですって言ってみろ。絶対背後に錬金術師がいることを疑われるぞ」
「……最低限、頭は回るようだな」
「へへっ」
それを聞いて、彼は悩まし気にあごに手をやった。
そのまましばらく考えて……、指を三本だけ立てた。
「三割だ。大会前日にお前の優勝する確率が三割以上あると認めたなら、俺は何も手を出さない」
「……分かりにくいな。目標はしっかりと定めたいんだけど、」
「それもそうか。ならば本気の俺に1度でも攻撃を当てられたなら、手を出さないと誓おう」
「よしっ!」
ラルクは頷くと、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、休みで使っていないはずだから校庭に行こう」
舞台は校庭に戻る。
ストレッチをしながら、ラルクが彼に話していた。
「……そんなわけで、クラトス様が無敵流の剣士で、アストラフィア王女殿下が水魔法使い。最後にユリウス様が風属性魔法使いなわけだ」
「ふむ?」
「その人たちを倒せるようになるのが目的なのに、素手でやるのか?」
「まあな」
彼は特に準備運動をすることもなく、流れる雲を眺めながら、
「お前が学校に行っている間に学園三傑のクラトスとやらを見に行ってきたが、魔力量からしてお前の比ではなかった。お前が勝てるのは、お前が警戒されていなく相手が魔力体力を温存しようとする初戦だけだ」
魔力は体質や消費量にもよるが、基本的には全快までに1~3日程度はかかる。後に他の三傑との対決も残している以上、なるべく魔法は使わずにラルクを倒しに来るだろう。
その舐めてかかってきた相手を倒せと、彼はそう言っているのだ。
「一戦目だけって、トーナメントなんだから何回も当たるだろ」
「優勝候補が三人とも来られないよりかは、一人だけが休んでいる等の方が疑いがないはずだ」
ここでラルクは、通常の方法では優勝できないことを前提に、アルマが話していることに気が付いた。当然といえば当然だろうが、それでも少しカチンときた。
「なあ、それは少しムカつくぞ。本気のアンタに一度でも攻撃を当てられたなら、手は出さないんだろ?」
「言っておくが、お前が俺に触れるなど夢のまた夢だ。悔しかったら実力を示せ」
「……分かったよ」
そう言われて、アップの終わったラルクは木剣を取った。
一方でアルマは手に何も持たずに、立ち上がった。
「修行第一段階のルールはシンプル。手加減に手加減を重ねた俺の、急所に木剣を当てることが出来たらお前の勝ちだ。急所というのはまあ、真剣なら一撃で戦闘不能になる部位でいいだろう」
「……大会と違って、アンタに防御魔法はかかっていないけれど」
大会では、その者が瀕死のダメージを受ける寸前に強力な防御魔法が働くようになっている。
そしてその魔法の発動を以て勝敗とする。
「なあに。そうやすやすとお前の攻撃など喰らわん」
「言ったな」
「ああ」
ラルクは天才かどうかで言うと、確実に凡才の側にいる。少なくとも、この学園では。
ただ彼は、ずっと鍛錬を重ねてきた。10年近く前から、どんなに辛くても毎日。
だから彼には自分の実力に対する自信がそれなりにあった。
舐められているなと、少し苛立っていると……、
「!!?」
その時ゾッと、凄まじい寒気が彼の背を襲った。
「かかってこい」
「う、」
アルマが魔力を解放した。荒れ狂う強大な魔力。
気圧されての錯覚なのかもしれないが、彼を中心として風が吹き荒れているように感じる。
思わずラルクは、一歩下がってしまっていた。
「どうした、お前は口だけか?」
「ぐっ、そんなことないっ!」
「ならかかってこい」
アルマは杖を持ってもいなければ、詠唱を行う気配もない。どうやら魔法を使う気はないようだ。
まあ油断している相手を倒せるようになることが目的なのだからそれもそうか、とラルクは思う。
ただ魔力消費がほとんどない身体強化は、しっかりと行っている。
「……」
ラルクは、彼との間合いをじりじりと詰めていく。現在二人の距離は、大股で三歩分。
剣を持っている彼の方が射程は長い。
間合い管理さえ完璧なら、剣を持っている以上安全圏から一方的に攻撃することが可能なのだ。
だから有利な間合いを保ち続けようと思って、風で目に砂塵が入って、
「遅いな」
「えっ?」
気づくと咽喉に、手刀を当てられてしまっていた。
ラルクの額から汗が垂れる。
動きの起こりから、攻撃が届くまでが一切分からなかった。
「これでお前の一敗だ」
「え、あ、」
「お前が瞬きした一瞬を狙った。この速度に対応できるくらいにならないと、話にならないぞ」
実際は単純な速さなら、彼に見えないというほどではなかった。瞬きをしたのが致命的だったのだ。
だが、一流の剣士はその隙を見逃さないのだろう。
「く、くそっ、もう一回だ」
「いいだろう」
もう一度二人は距離を取って、戦いを始める。
今度は絶対に瞬きしないように集中する。
「……」
彼の動きが思っていたよりも速かったから、さらに肩幅一個分距離を取る。
このくらいあれば自分は一歩踏み込めば攻撃できるし、アルマの攻撃にも反応できるだろうと思って、
その時、アルマが右足を前に出して踏み込んだ。
そこで、ラルクはアルマの来るであろう左側に向かって木剣を振った。……しかし。
「嘘、だろ?」
右側から来た彼に、胸を突かれていた。
二回目の敗北、しかも一瞬での敗北。
「ボディフェイントというやつだ。右足を前に出した後、また右足で地面を逆側に蹴ったんだけだがな」
初歩の初歩のフェイント。それがアルマの技術を以て行われるだけで、不可視の必殺技となる。
「……くそっ、」
「分かるか?」
後ろに尻もちをついたラルクを、彼は冷たい目で見下ろす。
「これが力の差というモノだ。強い奴というのは、むろん例外もいるが、力や速さだけでなく技量も傑出している可能性が高い。どこをとってもお前に勝てる理由がないのだ」
子供でも分かる簡単な話だった。
彼は唇を尖らせた。いじけたように俯いて、
「……要するにだ。普通にやっても全部向こうが上で勝ち目がないんだから、卑怯な手を使うしかないって、そう言いたいのか?」
諦めさせるためにアルマはあんなことを言っているのだろうとラルクは推察して……、
「そんなわけないだろう。それなら訓練を付けてやる理由がないはずだ」
「えっ?」
意外な言葉だった。思わずラルクは眼を大きく開けた。
「じゃあ、どうすれば、」
「お前に足りないモノは数多くあるが、足りているものはある。具体的には膂力。脚力。肉体の頑丈さ。この三つでは、まあクラトスともそう変わらんだろう」
「……!」
「そして逆に、足りていないものの中でも最も致命的に足りていないモノがある」
「最も、足りてないもの?」
それは何だとラルクは聞こうとして、
アルマが腕を伸ばして、それを指さしていた。
……そう、他でもない、ラルクの橙の『瞳』を。
「お前に足りていないもの。それはすなわち『目』だ。相手を観察し、すべてを見抜く目」
「目……、」
「まあ目というのは比喩で、動体視力の問題ではないがな。力はある。ならば攻撃を当てることさえできれば決定打になるのだ。ならば相手の目線、重心、呼吸、拍動、その他のすべてを見抜いて相手の未来を読めば、戦いにもなろう」
確かに言われてみると、さきほど敗北した理由はアルマの動きを追えていなかったことにあった。
いや、それだけではない。
ドラゴンと戦った時に窮地に陥ったのも、ドラゴンの魔法を見抜けず、またドラゴンに自分の策を見抜かれていたのを見抜けなかったことに端を発している。
「おそらくは師や好敵手に恵まれなかったがゆえ、実戦経験が浅いのだろう」
「三か月でお前の目を、相手の意図とこれからの動きを完全に読み取り、未来を見る域まで鍛え上げる」
それは、アルマという自分より遥かに上の実力者が相手だからできる訓練。未来を予測することでしか対応できない怪物が相手だから、できる訓練。
「地獄の訓練になるが、弱音を吐くなよ?」
「……ああ!」
『目』を身に着ければ、おそらく自分の戦闘能力は飛躍的に向上するだろう。
これはあくまで、アルマの目的を達成するための訓練である。
ただこれは単に、それだけじゃあないなと彼は思った。