表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
27/71

種族の壁

 王女アストラフィア・グローリーソードは語る。


「世界の覇権、五大国には大まかに分けて四つの種族の人間たちが暮らしている」


「すなわち魔法と知恵に長けた人族。繁殖力と身体能力に優れた獣王国の獣人族。人族より数段魔法と知恵に長け、寿命も長い代わりに繁殖力の低い魔族」


「……そして魔法身体能力知恵寿命、どれを取っても他種族と比べるべくもない一騎当千の竜人族たち。繁殖力が極めて低く、人口も千に満たないからつり合いが取れているものの、平均した強さの時点でおそらくクラトスに及ぶ怪物たち」


「中でも『竜王』とその配下の『三竜将』の力は別格だ。まあ数十年前まで『龍神』という理の外の存在もいたそうだが。……ともかく竜将に勝てる者は王国でも騎士団長しかおらず、竜王に至ってはおそらく現人類最強の存在だろう」


「弥白凍光の時は惜しくも敗れたが、聖絶相手でも竜王と竜将が揃えば勝ち目がないということはないはずだ。味方になった時の頼もしさは随一だな。……まあ、」


「敵に回る時があれば、まごうことなき災厄となるが」






 ラルクの顔が真っ青になる。

 アルマは右手を失い、手当をしなければ失血死するだろう。少なくとも、十全に戦える状態ではない。


 対する黎音は無傷。魔力の消費も殆どなく、彼女と戦ったらどうなるかは火を見るより明らかだった。


「……悪い、ラルク。油断してしまった」


 アルマは強い。だからおそらく、よそ見をした隙に攻撃されたのだろう。おそらくは、後ろの自分が付いてきているかを確認したときに。


「……アルマ、まだ戦えるか?」


 それは非情な質問。しかし戦わなければ、二人とも死ぬだけだった。彼はゆっくり頷く。


「ああ。ただ、前衛はもう無理だ」

「分かってる。俺が前に出るよ」

「すまん」

「……愚かな」


 黎音は近づいてくるラルクを何をするでもなく睥睨する。


「お前たちに勝ち目があるとしたら、それはアルマという男が万全の時だけですよ。ラルク、お前ごときでは私の相手にはならない」

「……そうかもしれませんね」


 ラルクには分かっている。自分は弱い。少なくともこの怪物たちの中では。

 ただ彼は、鋼の剣を構えた。


「……」

「だけど、本当にそうかは、やってみないと分からない」


 距離は約10m。ラルクからすれば一瞬、黎音からすれば一瞬未満で届く距離だ。

 地面は雪だったが、その程度で遅くなるほど甘くはないだろう。


「……と、戦う前に」

「……?」

「なんで急に襲ってきたのか、それだけでも教えてもらえませんか?正直、納得がいかなくて」


 竜王国が憎い。竜王が憎い。それは理解したが、ラルクの中で辻褄が合わなかった。


『――黎音、君は哀れとしかいいようがないが』


『それでも強くなれ。強さだけが、人を救えるのだから』


 黎音は不快そうに眉を顰めた。

 

「……私は終わっているのですよ。人として、女として」

「……、……?」

「話すべきでないことを話してしまいましたね。ともかく、話は終わりです」


 結局何も理解できなかったし、分からなかった。ただ、 


「それでは、殺し合いましょうか」


 空気が張り詰める。

 凍えるような風が吹く。


「氷爪」


 刹那、黎音が踏み出して腕を振るう。

 それは反応すらできない速度でラルクを両断した――はずだった。


「!!?」

「見える」


 半歩だけ身を引いて躱す。そのままラルクは斜めに彼女を切り裂いた。


「くっ!?」


 ラルクの剣を躱そうとするが、雪でほんの一瞬だけ切り返しが遅れる。

 血が噴き出す。

 大会を乗り越えたラルクの、想像以上の成長にアルマが目を瞠る。

 

 ……だが、


「浅い、な」

「お前ぇっ!!」


 剣は肩の骨に届くこともなく止まっていた。

 お返しとばかりに、彼女の膝蹴りが飛んでくる。


「が、はっ」

 

 雪の壁を粉砕してラルクの腹に突き刺さる。

 口から血が噴き出る。メキメキ。あまりの威力に体が吹き飛び、後ろの岩にぶつかってようやく止まる。


「はあ、はあ、」


 これが竜将。速度、力、耐久力、全てラルクが今まで戦ったことのない水準にある。

 今の蹴り。

 さりげなくアルマが前に雪の壁を作ってくれていたが、それがなかったなら間違いなく即死だっただろう。

 

 彼女は黒い髪をかき上げて、その双眸でラルクを見据える。


「乏しい魔力量ゆえ油断していましたが、まさか反応するとは。……いや、先読みでしょうかね」

「……それは勘違」

「なるほど。どこを見ているのかと思えば筋肉の収縮や強張り、重心などを見ているのですか」

「……」


 そのうえ一瞬で種を見破られた。技量においても、当然長きを生きる竜人は人とは違う。


「もう油断はしません。堅実に確実に、お前たちを殺すとしましょう」 


 彼はマズイと思った。意外にも傷を付けること自体はできたが、それ以上に絶望的だと分かった。

 一歩一歩、ゆっくりと黎音が歩み寄ってくる。


「強者に工夫はいらない。ただ悠然と構えていれば、地力で勝てるのですから」

「くっ、」

「おや、下がるのですか。それもいいですが、お前らには時間制限があることをお忘れなく」


 時間制限。すなわち、アルマの出血。人体には30リットルほどの水分が含まれており、うち10パーセント、すなわち3Lが失われればショック症状が出始め、6Lが失われれば死に至る。


 ただ、今回は6L失うまでは持たない。アルマにショック症状が現れた時点で、勝負の天秤は致命的に傾くだろうから。 

 当然戦闘中に止血はできない。


「さて、お前は自分から攻撃する方法を持っているのでしょうかね」

「……!!」


 と、ここでラルクは気が付いた。

 自分が、相手の動きを見てカウンターで仕留める、いわば防御型の剣士だと思われていることに。

 最初積極的に攻めようとしていなかったから、そう思われるのも当然だろう。


 ただ彼は本来は、積極的に相手に攻撃をしかけていく天剣流の剣士なのだ。


「アルマ!」

「……ああ!」


 アルマも少しして、ラルクのその意図を読み取ったようだ。

 勝負は一瞬、でなければ敗北は必至。


 彼には分からない。自分の攻めが、このレベルの相手に通用するのか。

 アルマから教わる前は自分から攻撃していくタイプの剣士だったが、その頃の彼はレッドドラゴンにすら勝てなかった。

 目の前にいるのは竜人たちの将。

 

「うおおおおおおおおっ!!!」


 だが結局は、出せるすべてを出すしかない。駆ける、その想定外の速度に彼女が驚愕する。地面は錬金によって、走りやすい砂利となっていた。

 彼女は氷の爪を前に出してくる。剣で貫けるか、いや、不可能だ。


 ならば狙うは左肩、爪で守れていない部分!

 彼は剣を勢いよく振り下ろした。


「甘いっ!」


 しかし彼女はそれを、一歩下がって避ける。それはラルクが先ほどしたように。

 剣が宙を切る。

 刹那、彼女が反撃しようとして、


「天剣流、戻し切り」


 剣が元の軌道を辿るように、しかし黎音もラルクも一歩踏み出した状態で振るわれた。

 彼女のあご先へと剣が向かう。


「ですがっ、この程度、」


 避けられる、と言って下がろうとして、彼女は背中に硬い感触を感じた。


「なっ!?」

「錬金術じゃ、周囲の地形を変えるくらいしかできない」


 疲労困憊のアルマは肩で息をしながら、しかし堂々と言い放った。


「だがそれだけはできるのだから、警戒しておくべきだったな」

「き、貴様っ!!」


 黎音が叫ぶが、叫んでもどうしようもない。

 

 ゴンっと、鈍い音が鳴る。

 黎音の顎が、鋼の剣の腹で打ち上げられていた。


「がっ、はっ、」


 途端に黎音が力を失い前に倒れる。

 脳震盪。

 

 竜人だとしても脳の構造は人とそう変わらない。これで起き上がっては来られないだろうし、万一起き上がれたとしても眩暈で戦うことはできないだろう。 

 

 なんとか二人は勝利することができた。


「……危ない、戦いだったな」

「ああ。早く止血をしよう」


 そう言うとアルマは、自分の手に魔石を押し当てた。


「しかしラルク、コイツを殺さなくていいのか?」

「うん。どうせしばらくは動けないだろうし、通信機で竜王様を呼んでどうにかしてもらえばいいだろ」

「甘いな」

「でも否定はしないだろ」

「……まあな」


 淡い光と共に、とりあえずアルマの傷口が塞がる。そして彼は落ちている凍り付いた手を拾うと、ポーチの中にしまった。


「下りれば接合できる。先を急ぐぞ」

「ああ!」


 思ったよりも、傷は浅い。どうにかなったと言っても、過言ではないだろう。

 そうしてラルクは、重い一歩を踏み出して、



「ーーあまり私を、見くびらないで貰えますかね?」

「……嘘、だろ?」

「生憎と、現実です」


 後ろを振り返ると、そこには黒い髪の少女が立っていた。

 彼女は大地を確かに踏みしめていて、そこに大したダメージの後は見られない。


「確かに顎を、打ち抜いたハズ」

「まあそうですね。……ただ、」


「脳が揺れるのなら、凍らせてしまえばいい」


 氷魔法の無茶と言えば無茶な使い方。

 そしてラルクとアルマは戦慄していた。


 黎音は勘違いをしていたが脳震盪とは、脳が揺れ続けることによって起きるものではない。

 脳内の軸索という神経線維が損傷することで起こる現象なのだ。


 つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 次の瞬間、躊躇わずラルクは黎音の胸めがけて突きを放っていた。黎音は避けなかった。 


 そして剣は、彼女の薄皮を切ったところで止まっていた。


 どうやって勝てばいいんだと、そう思った。

 勝てるはずがないと、そう思ってしまった。


「……くそ、ラルク、やるぞ。勝てるかは分からんが、」

「あ、ああ、」

「……ラルク?」


 アルマが不安そうに、彼の方を見る。見るとラルクは、震えていた。


「……なんだって、敵はいつも、こんなに強いんだ」

「お、おいラルク、戦うぞ、」

「どうしてこうも、僕は弱いんだ!」


 思い出されるのは、レイシアが死んだとき。あれはラルクが弱いせいで死んだ。


 ……ああ、そうだ。


 強さが無ければ、この世界では何にもなれず死ぬだけなんだ。

 そしてラルクは弱い。だから死ぬ。


 次の瞬間、ラルクは見ることもできず衝撃に貫かれていた。黎音は一切の躊躇も容赦もなく、ラルクの胸を殴打した。


「おい、ラルク!?」


 ベキベキと、骨が折れる音と共にラルクが倒れる。

 彼の悲鳴のような声が、どこか遠くに聞こえる。

 ああ、夢は潰え、現実は消えていく――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ