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7 アリシアの冒険 ~ タレーテ公爵の苛立ち ~


 アリシアが旅立って半年。

 彼女にとって初めて困難というものを感じる、厳しい旅になった。

 普通に街道に沿って歩けば2か月の道程も、まっすぐ(・・・・)突き進めば、険しい峠に当たり。何だったら途中、山賊のに直撃したりもした。

 けれど彼女は、


(楽しい! 性に合ってるのかもしれない!)


 山賊1人をぶっ飛ばすたび、襲い掛かってくる猛獣と駆けっこ(・・・・)したりお相撲(・・・)をしたり、激闘を越えるたびに心の中でワクワクが広がってゆく。

 町でじっとしている時には満たされなかった興奮を振り返り、空虚になった(全員追い払った)山賊の巣でご飯を食べながら思い返していた。


 渓流に流されることもあったり、中には手ごわい山賊の親分と戦ったりもしたが、どれも町では味わえないスリル満点の冒険に胸がワクワクする。

 逃げ出した山賊の置き土産である毛皮のマントを羽織り、アリシアは再度出発した。


「まっすぐまっすぐ!」


 母ミリアリーナから教わった方角を間違えず、ひたすら西へ直進の旅をする。

 いつしか大剣(かつ)いだ少女の名【アリシア】は、人知れず山賊たちの恐怖の対象となっていた。





 そうして時は流れ、悲劇の夏を迎える。


 港街、グラッドは西大陸からの難民に溢れかえり、騒然としていた。

 異文化の色豊かな優雅だった港風景は見る影もなく荒れ。皆が皆、女領主――タレーテ・グイテン公爵候の居城へ押し寄せていた。

 その様子を彼女は窓のカーテンの隙間からそっとうかがい、


「……ミリアリーナはまだ来ないの? 何か連絡は?」


 すぐそばに控えていた侍女は「まだでございます」と首を左右に振る。


「まったくあのバカ女は。わたくしの手紙を信じてくれなかったのかしら」

「いえ、返事の書には半年で着くとありましたから」

「すでに7か月が過ぎていますわ!」


 握りしめていた分厚いカーテンがビリィッ!と破け、侍女は「ヒィッ!」と尻もちをついた。

 彼女――タレーテ・グイテン公爵候は、かつて聖派戦争と呼ばれた戦いで、希望の将軍【ミリアリーナ】と共に戦場を駆け抜けた女騎士である。

 功績を持って軍人士族、騎士の家柄だった彼女はこの東大陸ルートフェルの要、グラッドの港を得た。


 歳はミリアリーナと同じ47。

 ――結婚し、甲冑を脱いでドレスを纏うようになった。

 幼馴染みのミリアリーナ達親友にあやぶまれていた結婚も無事に果たし、一人娘を得て、今では立派な【レディー・タレーテ】と呼ばれるようになっている。

 若かりし頃、騎上槍ランスを片手に戦場を駆け回っていた彼女の腕力は今も健在だと侍女には見えた。

 しかし老いには勝てないとう…。


「あれしきの暴動。あの頃のように騎上槍ランスを自在に操れたらわたくしひとりで制圧できるものを…」

「いえ、今でもじゅうぶん並の女子おなごより強いです」

「迫力の問題だと言っているのです!」


 押し寄せる住民、難民を見て歯ぎしりした。

 突如、東大陸から人類を襲ってきた【エスタロスの軍団】。

 初め誰もが信じなかったその脅威に戦場を生き抜き洗練された直感から、タレーテはいち早くその事件を危険視した。

 それだけではない。

 12年前、腐れ縁の親友ミリアリーナの夫が何者かに殺害された。そして長女も攫われている。


(世間には夫は崖崩れによる落車。長女と共に死亡。そう欺いた…。あの時から身を隠し、偽名を使うようになったのはミリアリーナ。あなたも何かを感じていたからでしょう?)


 何かとてつもなく恐ろしいことが起きようとしていると直感した。

 だから半年前に起きた東大陸【ロードリゲス陥落】の報をいちばん最初に親友へ教えたのである。

 けれど、教えたが、待てど暮らせどミリアリーナがやってくる気配はなかった。

 そして東大陸要所の港街は、ついに難民が押し寄せる暴動に発展。


「――いいわ。軍を出してちょうだい」

「軍をですか!?」

「ええ。これ以上暴動を拡大させたら取り返しがつかなくなるわ。静まらない者には容赦なく武器を使用して構わないと将軍にも伝えて」

「…………」


 恐ろしい決断をしたタレーテ公爵候に、侍女が表情を凍り付かせた。

 しかし、「早く! 走りなさい!」と厳しく言いつけられ、侍女は慌てて兵舎へと走ってゆく。


(…最低の領主ですわね。こういう時、あなた(・・・)の夫ならどんな良い手を思いつくのかしら…)


 もっとも頼れた天才軍師はもうこの世にいなかった。頭が固い、力の衰えた騎士嬢2人が生きているだけ。

 タレーテは破いたカーテンの切れ端を掴み、


「最低ですわ!」


 悔しそうに床へと投げ捨てた。





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