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2 アリシアとロシュウ先生 ~アリシア、5歳~


 物語は10年ほど時をさかのぼる。


 東大陸――ルートフェルは厳しい気候と風土にありながらも世界で、ある意味もっとも平和な大陸と言えた。

 厳しい環境という以外何もない争いの種がないのである。

 資源はなく、農作物もロクに育たず、そろそろ瓶詰の保存食が世界で出回ろうとしている頃に、いまだ狩猟生活をしている村も存在していた。


 中でも辺境にあるノーファンは小さな町。ルートフェルでもとびきり平和な地方だった。

 1人、とても活発でとっても乱暴な女の子を除いては…。



「でっりゃぁぁあああああああああああ!!」


「ぐへえぇぇええええええええええっ!!」



 羊が歌い、樹々では小鳥が囀るのどかな田園風景に、ドカーンと、似つかわしくない争いの音が響いた。

 ショートカットの女の子――アリシア(5歳)が、ぶちかました回し蹴りで、男の子たちのガキ大将が吹き飛ばされたのである。

 公園の巨木に激突したガキ大将は目を回し、それを見ていた悪ガキ集団がアリシアを批難した。


「ひでえ!!」

「アリシア、そこまでやることねえだろ!」

「お前、殺す気か!」


 アリシアはズボンに付いた土埃をパンパンッと手で払うや。


「うっさーーーい! 軟弱者どもーっ! クチだけの弱虫、毛虫!」


「――なっ!!」


 2つも歳下の女の子にそうまで言われたら、悪ガキたちも黙ってはいなかった。

 たちまち彼らはアリシアに襲い掛かり、10対1の、とっくみあいの大喧嘩が始まってしまう。

 けれど、数分後には――


「ア、アリシアのバカやろーーー!」

「さっさと町から出ていけー!」

「俺の兄ちゃんに言ってやるからなー!」


 男の子は全員アリシアに泣かされて、這う這うの体で逃げ出していった。


「フンッ。お兄ちゃんでもお父さんでも連れてこーい!」


 アリシアは「ベーッ!」と赤い猫みたいな舌を出して、ドロだらけになった頬をツヤツヤ輝かせる。





     ☆    ☆    ☆





「ロシュウ先生、聞いてよー」


 町の小さな治療院で、アリシアはロシュウと呼んだ白衣の青年に誇らしげに愚痴混じりの戦果を報告していた。

 彼は町でただひとりのお医者さんで、歳は39、元軍医である。

 治療院通いがほぼ日課となっていたアリシアはたいそうなついていた。


「あいつらズルイいのよ? 最初はと1対1だって言ってたくせに」

「はいはい。動かないでねー」


 ほんのちょっぴり付いた頬の擦り傷にロシュウは丁寧に薬を塗る。

 たまたま帰り道、治療院の前を通りかかった時だ。路地先を掃いていたロシュウが声をかけたのである。


「女の子が顔に傷を付けちゃ駄目だよ?」

「男の子だったらいいの?」

「どうかなぁ。傷がカッコイイって言う男の子もいるけどねえ」

「ふぅん」


 アリシアは最近、母親と一緒にルートフェルよりさらに北の大陸から海を渡って引っ越してきた女の子だ。

 笑うと可愛くて、目立ってしまう彼女を男子が放っておくことはなく、事あるごとにちょっかいを出してくる。

 という、地元の事情はまだアリシアにわかることではなかったからロシュウは聞き役に徹していた。


「僕の方からもさ。あの子たちにはアリシアとは仲良くしなさいって言っておくから」

「えー。でもそれはそれでつまんなーい」


 ぶーっと頬を膨らませたアリシアにロシュウは「ふふっ」と小さく笑む。


(この子があの、世界最強とうたわれたミリアリーナ将軍の次女、か…)


 ミリアリーナは伝説的な女性だ。

 本人から聞いた話だが、彼女は事故で夫と長女を失くしたそうである。残る次女を連れてこのルートフェル大陸へ移ってきたと言っていた。


 まさかそんな伝説の人がこんな小さな町へ引っ越してくるとは誰も思いもしなかっただろう。

 ロシュウが知っていたのは偶然だ。

 都の軍医をしていた時に彼女の母、ミリアリーナの姿を見たことがあったから、それで知っていたのである。


 アリシアにはケンカの才能の片鱗がすでに5歳にして現れていて、近所の男の子では束になっても彼女には勝てないだろうからやめさせるべきだが、


「そういえばお母さん。ステーシア(・・・・・)さんは何も言わないの?」

「うーん。ロシュウ先生のことが好き、とは言ってないかなぁ」

「……違うって」


 ちょっと深読みするおませなところもあった。

 もしかしたら、ミリアリーナ将軍の夫となる、かの大軍師の血がそうさせるのだろうか。

 が、アリシアは頭を使う事は全く苦手のようで、話よりも先に手が出てしまう子だったから違うかもしれないとも思った。


「まあいいか。来年からは学校へ通うんだね。皆と仲良くできるといいね」

「私より強いヒトいるかなぁ」

「…………」


 まだ色恋にも興味はないようである。

 いや、例外的に1人いた。


「何だよ。来年からお前ガッコーに通うのか」

「――フリック!」


 奥の部屋から治療室に現れた藍色の髪をした少年、フリックにアリシアが嬉しそうに彼の名を呼ぶ。

 まだ8歳の少年だが、キリっとした眉と父親ゆずりの整った目鼻立ちをした、ロシュウの一人息子だ。

 治療院通いが絶えないアリシアはいつしかロシュウを父のように慕い、3つ年上のフリックを兄のように慕っている。


「フリックとだったらケンカしてもいいけどなあ。強いし」

「しねえよ。お前みたいなバカとやっても意味ねーし」

「あー! バカって言ったー!」


 フリックはズボンのポケットに手を突っ込み、ドロだらけになったアリシアの服を見て笑った。


「なんだよその恰好は。あいつらに負けたのかよ」

「勝ったよ! 全員ボコボコだよ!」

「あーあー。ひでえことしやがる。親父オヤジ、そんな奴の相手してねえで、あいつらの方を治療してやれば?」

「後でお伺いするよ」


 ロシュウはアリシアの顔をもう一度丁寧に拭き直し「これでよし」と微笑む。


「来年からはフリックと一緒に学校へ通うといいよ? そうしたら平和に過ごせるから」

「バカふざけんなよオヤジ! なんでこんな余所者のガキと俺が」

「あーガキってまた悪口言ったー! 私にケンカで勝てないくせにー!」

「勝てるさ! 軍人の息子ナメんなよ? 表出ろや!」

「ああもう、2人共やめなさい」


 アリシアもフリックも顔を合わせて「イーーーッ」と口の端を引っ張りあった。

 ロシュウはアリシアにたずねたいことがあったのだがやめにして、宣告通り【彼女にボコボコにされた男の子たち】の宅へ往診の準備を始める。


(けどやっぱり不自然だ。偽名を使っているのも気になる。将軍に何があった……?)


 往診がてら、それとなくアリシアの家に寄り、話を聞こうと思った。





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