こんな乗り物解釈違いだ!
ー4月12日 晴れ
東京に出張へ行っていた父親が帰ってきた。この世界には車まであるらしい。しかし、車まであるとなると、どんな世界なのかとうとう分からなくなってきた。今度学校の図書館にでも行って、世界について調べて見ようと思った。この世界で初めて見た海はとても綺麗だった。
「葵、起きて」
今日は学校がないと思って油断していた所を凛花に肘で一発入れられ、起きる羽目になった。凛花は何かと俺の扱いが雑になりがちだと思う。もう少しヒロイン的な行動をして欲しい。
「痛、……おはよう」
「ほら、早く起きて。今日は蒼さん帰ってくる日でしょ」
「あぁ、そうだね。迎えに行かないと」
もう少し寝ていたい気持ちを何とか抑えて、ベッドから起き上がった。
***
1度起き上がってしまえば、時間の経過というのは案外早いものだ。俺は既に身支度を終えて、部屋の中でゴロゴロしていた。 すると
ブルルルル、と転生してからは聞いた覚えのない、馬車とは違う自動車の走る音が聞こえた。
「ほら、お父さんが帰ってきたわよ!」
え、お父さんって車乗ってたの。そもそもこの世界って車とかあるのかよ。俺が知らないことが続々と明かされ、驚くことしかできない。
庭に出てみればミニカーのような可愛らしいフォルムをした小型車から俺の父親である森谷 蒼が降りてきた。
そして降りると同時に俺達には目もくれず、一目散に愛さんに駆け寄って行き、強く抱きついた。
「ただいま。会いたかったよ。」
「ええ、私もよ。……んっ、でもいまは、だめ……子供たちが見てるからっ!」
二人は一分ほどとてもディープなキスをかましていた。窒息とかしないのかな。純粋な疑問として気になったりする。
見てわかる通り、愛さんは『ダメ……///』とか言いつつ一切拒絶されてませんね。なんなら喜んで受け入れられてらっしゃる。
好みの子 目の前で父と ディープキス
葵、心の俳句である。
ラブラブなのは元から知ってたし、何回も見てるけど、こう改めて見るとなにかグッとくるものがある。いや、決してNTRに目覚めた訳では無い。たぶん。
「お父さん、お帰りー」
二人のキスが本当にいつ終わるか分からなかったので無理やり間に入り、中断させることにした。
「ただいま、って……!葵、喋れたのか良かったな。凛花もただいま」
そういうと愛さんを離し、俺達の方に向き直り、ガシガシと強めに撫でてくれた。
実は蒼さんに強めに撫でられるのは結構好きなのだが、言ってやる気はさらさらない。
「蒼さん、おかえりなさい」
「凛花、お父さんって言ってもいいんだぞー?」
そう言われても凛花はいつもの様ににこり、と笑うだけだった。他人から見たら歪に見える家族の形かもしれないが、俺はこの家族のかたちが嫌いではなかった。
「ねぇ、お父さんは車なんて持ってたの?」
「あー、それはね、こっちだと馬車の方が使い勝手がいいから。基本、東京の方に置きっぱだったんだよ。だから葵は見たことないかもな」
「確かに私もハネムーンの旅行に連れていってもらった時乗ったのが最後かも。最近は、どこも連れて行って貰ってないし。」
そう言うと、愛さんは蒼さんを目を細めて見つめる。蒼さんはとても居心地が悪そうだ。
「フュー……ふ、ふゅーー……」
口笛を吹くふりが壊滅的である。これでふざけていなかったら、逆に驚く。
「よし、葵。パパと男同士、水入らずで、お出かけに行こうか」
そう言うと、俺の首根っこを掴み、例のミニカーに乗せると、そのまま発進してしまった。勿論、成人男性のやることに子供の俺が抵抗出来るわけが無い。
親子2人で車の中。気まずい訳では無いが、微妙に会話が続かない。自分から話題を投げることにした。
「お父さんって東京で何のお仕事してたの?」
「葵には詳しく話したことなかったか。……実はお父さんな、こう見えて神父をしているんだ。」
言葉を理解するのにタイムラグが生じてしまった。神父というのは、俺の知っている、宗教的なやつで間違いないだろうか。懺悔を聞き、相手を愉し、隣人を愛せとでも助言するのだろうか。
今世の俺の父親であるだけあって顔は相当にいい。俺の褐色の肌は父親譲りである。勿論褐色の肌だけでも好ましいと思う女性がいるのかもしれないが、蒼さんはそれだけでは無い。蒼さんの最も印象的な所は色素の抜け落ちたような、それでいて艶がかっていて美しい。見え方によっては透明にも、オーロラ色にも見えてしまいそうな瞳と髪の毛である。そしてこれらは何より褐色の肌によく映えるのだ。そして狙っているのか、いないのか、その綺麗な髪を三つ編みにして、わざわざ腰あたりの長さまで伸ばしているのだ。
このような美貌を使えば女性信者なら多く集めることをできるだろうが、男性信者はどう集めるのだろうか。それに、愛さんが黙ってないであろう。
「なにか良からぬことを考えていそうだが、神父は野蛮な職業じゃないぞ。神聖力を使い、国の発展に貢献するんだ。」
何か異世界らしい単語が聞こえた気がする。
「神聖力って何!?」
「神聖力っていうのはね、選ばれた人間だけが使える特別な力さ。その体質は遺伝することが多い。きっと葵も使えるさ」
やっと異世界っぽいやつが来た!待ってました。剣と魔法の世界と言えばやっぱりこれである。期待と興奮でドキドキしてしまう。
「ほら、こんなふうに」
彼が人差し指を立てると、そこにはロウソクのように火がついた。
そうだよ。これが俺が求めていた王道ファンタジーだ。神様、ありがとう。
しかし、この世界では魔法とは言わないのだろうか。一度気になってしまったら仕方がない。
「魔法とは違うの?」
「その言葉をどこで知ったっ!?」
滅多に声を荒らげることなんて無いのに、大声をあげ、危うく、車が壁にぶつかりそうになった。まずい話題だっただろうか。
「えっと、本で少し……」
「うちには魔法に関する書物は一切置いてないはずだが?」
何とか言い訳しなければ。
「学校の図書館で………」
「そうか。まぁ、そういうことにしておこう」
車を道端に停車し、こちらに蒼さんが向き直り、顔を強く掴み、無理やり目を合わせさせた。
「いいか、葵よく聞け。お前が将来、神父になるのだとするにせよ、しないにせよ、決してその話題を口にしてはならない。学校で口にすることもしてはならない。どうしても気になるのなら自分で調べなさい。先生の言う事が絶対正しいなんて事はない。自分で探し、自分で考え、自分で納得出来る答えを見つけなさい」
いつもは全く怒く事の無い彼のあまりの剣幕に、俺は赤べこのように頷くしかできなかった。この話題は今後は避けることにしよう。
「怖がらせてごめんな。……そういえばこの車も神聖力で動いているんだ。すごいだろ?」
「つまり神聖力を燃料にして、この車は動いてるってこと?」
「そういうことだ。よく分かったな。実はこの車というのは古代の乗り物でな。昔はなにか別のエネルギーを使っていたらしいんだが、まだ、わかっていないんだ。だから、神聖力で動かす他なくてな。結局車に乗れるのは神聖力が使える人だけって訳だ。」
車が普及してない理由に何となく納得した。しかし、それにしても神聖力とかいうやつはだいぶ万能らしい。よくある火が出たりするやつに加えてエネルギーとしても扱えるのだから。
「ほら、お前にこれを見せるために来たんだ。窓開けてみろ。海が見えるぞ」
父親に言われたとおり、窓を開けるとそこには青々とした海が一面に広がっていた。海を見ると、つい叫びたくなってしまう。よし、叫ぼう。
「こんな(乗り物が現代的すぎる)転生解釈違いだっ!!」