こんな転生解釈違いだ!
俺こと森谷 葵、25歳は平成生まれ、平成&令和育ちの日本のサブカルチャーをこよなく愛するエリート社会人(笑)だったはずなのだが。
目が覚めると全く見覚えの無い和室の敷布団の上で寝ていた。しかも自分の身体も何かおかしい。
そこらへんにあった鏡の前に立ち、自分の姿を見てみると、そこには小学生ぐらいの色黒で肩ぐらいまである銀髪の少年が写った。銀色のまつ毛が周りを囲う紫色の切れ長の瞳が一段と目を引く。知らずに見たら女の子だと確実に勘違いするほどの美青年具合だ。いや、もしかしたら女の子なのかもしれない。
そう思い、股の間を確認しようとそっと触ったが、柔らかい感触があった……残念だ。
「所謂、転生しちゃった系なのか」
状況が飲み込めず、部屋の中をぐるぐると歩いていると人影が現れた。
「おはよう、葵。朝ごはん冷めちゃうわよ」
目の前に現れたのは漆黒色の艶やかな髪が目を引く可愛いと言うよりは美人という言葉が似合う女の子だった。所々にある擦り傷からは年相応の幼さが伺える。
とにかく、少女に話しかけてみることにした。
「えっと、お嬢ちゃん。お名前なんていうのかな……?」
「……そうか。愛さん、葵が喋った!」
そう言うと、女の子は間髪入れずに俺の頭に手刀を食らわせ、俺は再び眠ることとなった。
目が覚めたら見知らぬ天井……いや、嘘だ。めっちゃ見知った天井だった。俺は妹のような存在である間宮 凛花の手刀を食らったおかげで前世と今世の記憶が上手い具合で混ざったらしい。原理とかまじで謎だけども。
正直、今までの記憶は自分の記憶というよりは、他人の人生を勝手に見ているような感覚だ。それに、今までの俺は本当に自己主張をしない子供だったようだから尚のことだろう。自分で言うのも何だが、まるで魂が宿っていなかったようだったと思う。
とにかく、今の状況をまとめると、何故か今日寝て起きたら前世の記憶が蘇って記憶が混濁していたのが、凛花の手刀によって上手い具合に混ざったのだ。この場合、凛花には感謝するべきなのだろうが、ムカつくな。
「葵、よかった。上手く喋れたのね……貴方は賢いからそのうちペラペラと喋り出すと思っていたわ。それでも二度寝はしちゃだめでしょ。今日は入学式なんだから。」
彼女は俺の頭をそっと撫でると優しく微笑んだ。
「いや、二度寝じゃなくて、これは凛花のせいで……」
「言い訳しなくてよろしい。時間ないんだから、早く朝ごはん食べてよね」
この人は俺の母である森谷 愛。緩くパーマがかかった可愛らしい印象を受ける銀髪に、色白の肌。そして母の印象を決定づけるのがくりくりとした大きな紫色の目である。これは誰にも言えないことなのだが、母の容姿は前世からの俺の好みどストライクなのである。転生しても性癖はそのまま、はっきりわかんだね。
前世だったら絶対推してたし、ソシャゲだったら課金してでも手に入れてたはずだ。なのに、母親なんだよな……。
ついついため息が零れる。
今までの俺は、本当に自分から行動することも、話すこともほとんどなかったようだ。俺には縁遠い事だったので分からないが、自分の子供の発語が六歳になっても安定していないというのはとても不安だっただろう。そんな中でも俺に優しく接し続けてくれた彼女には感謝しかない。
しかし、時間が無い今、このようなことを考えている暇は無い。今日は普通学校の入学式の日なのだ。
朝ごはんを食べた後は急いで馬車に乗り込み、三人で普通学校の入学式に向かった。
学校に付き、案内された席に座ると、偉い人が宣言をし、入学式が始まった。
「えー、大日暦1982年、四月四日。愛知普通学校入学式を始める。」
今、とても聞き覚えがある、異世界では絶対にありえない地名が聞こえた気がするのだが、あえて聞かなかったことにしよう。朝からのドタバタで俺は疲れているのだ。
***
普通学校の入学式はつつがなく終わった。今はその帰り道に馬車で揺られているところである。
「葵、凛花ちゃん。今日はママ、張り切って料理作っちゃうからね!」
「え、今日ってなんかある日だっけ、普通に入学祝い?」
俺がそう言うと二人ともとても衝撃を受けた顔をしていた。また、オレ何かやっちゃいました?
「全く、葵ったら。自分の誕生日忘れちゃうなんて。今日は葵の誕生日と凛花ちゃんの来て一年記念でしょ!!」
そうだ。前世のことばかり考えていたせいで完全に忘れていた。変に勘ぐられるのも困るな。よし、話題を変えて気を逸らそう。
「あー。そんなことより、家に来て一年経った訳だけど。結局、凛花の誕生日っていつなんだ?」
「えっと……実はここに来る前は、物心着いた時にはおばあちゃんと二人暮らしで。誕生日を祝う習慣とかなくって………」
頬を掻きながらポソポソと話したと思ったら、そのまま黙りこくってしまった。
完全に地雷だった。すまん。こんな話題にしなければよかったと思っても時すでにお寿司というわけで。
誰も話さない気まずさに耐えかねて俺が発言することにした。
「あー。嫌なこと聞いてごめん。それなら、家に来て一周年ということで、今日を俺と凛花の誕生日にするのはどうだろう?」
愛さんにアイコンタクトをとると、にこりと笑いかけてくれた。
「あら、葵ったら天才ねぇ〜。流石、私たちの子。私は賛成よ。凛花ちゃんはどうかしら?」
「……うんっ!」
凛花の頬はほんのり色づき、目には大粒の雫を貯めていた。それにつられて俺も目から汗が出てしまった。これは涙なんかじゃないやい。
そんな俺たち二人を彼女は両手で包み込んで、背中をポンポンと叩いてくれた。
***
馬車が家に着き、自室に戻りゆったりしていると扉を叩く音がした。
「凛花か?入っていいぞ」
今年で七歳になる(と思われる)なのに、部屋に入る前にドアをノックできるあたり本当にできた子だと思う。実は転生者だと言われても疑うどころか、正直納得してしまうかもしれない。
おずおずと俺に向かって近づいてくると、あまり現代風とはいえないデザインの、所々使用した跡がある本らしき物をさしだしてきた。
「葵にこれ、渡したくて」
一見するとただの汚い中古本に見えるが、俺はこれを知っている。
「……これ、親の形見だって大事にしてただろ。急にどうしたんだ?」
「うん。でも、形見ってのもおばあちゃんから聞いただけで、正直実感はないんだ。だから葵に貰って欲しい」
「え、でも」
言い淀む俺に凛花は言葉を続ける。
「誕生日プレゼントってことにしといて。代わりと言っちゃなんだけど、それ日記だから。毎日、私の代わりに書いてね」
「え、流石に毎日は」
「書くよね??」
「……はい」
凛花の真顔には弱い俺である。こいつに詰め寄られると、どうしても抵抗できない。
「じゃ、手出して」
「おう、何するんだ?」
言われた通りに手を前に突き出すと、そこに日記を当てられ、凛花が唱えだした。
「逾槭h縲∫ァ√??俣螳ョ蜃幄干縺ッ逾樊←螂醍エ??荳サ繧呈」ョ隹キ闡オ縺ォ隴イ貂。縺吶k縲」
突然分からない言葉を唱えだしたと思っていたら、詠唱が終わると、本と俺の手の間から白い光が溢れ出した。
「え、今の何?」
「んー、なんでもないよー。」
「そっか」
凛花が説明してくれる気が無さそうなので、あえて突っ込まないことにした。俺は余裕のある男なので。
「でも、俺は凛花のプレゼントとか用意してないぞ?」
最終確認の意味も込めて問う。子供の機嫌とは山の天気以上に変わりやすいものだ。
しかし凛花の様子は変わることなく、こちらに向けて微笑んだ。
「いや、もう沢山貰ってるよ。去年はこの家の子にして貰って、今年は葵とお揃いの誕生日を貰った。あの時、葵が路地裏に現れた時天使だと思った。ついに私も死んじゃうんだと思ったんだ。」
自分がそれをしたという感覚は無いが、その時の記憶は十分に残っている。
「それなのに、その天使様は私にだんだん近づいてきて、何も言わず私の手を引いて帰る家をくれた。一生分の誕生日プレゼントだってもう貰ってるんだよ。」
「いや、……そうだな。」
凛花は自分の言いたいことは言い終えたのか、そそくさと部屋を出て行った。こういう話のお姉ちゃんって一緒に寝てくれたりするんじゃないのか。
でも、凛花が俺と寝る所とか想像つかないなと逆に納得してしまった。
渡された日記を眺めてみる。だいぶ古びていて所々汚れているから分かりにくいが、たぶん高級な皮が使われている。その皮には厨二心を擽るような天秤と時計のマークが刻まれていた。
まぁ、手入れをしたらある程度綺麗になるだろう。
パラパラと日記を開いてみると描きかけのページや、破れたページが見つかる。他人が過去に書いたものを勝手に見るのは良くないかもしれないが、気になるものは仕方がない。というわけで罪悪感を覚えつつも一ページずつ捲ってみると、数十ページほど全く読めない文章が続いた。
落書きがされている訳ではなく、規則的に英語のような文字が並んでいるようなので他国語かもしれない。この国の言語は前世と変わらず日本語であるはずなのだが不思議である。
誰が書いたか分からない所もさらに不気味だ。凛花が書いたかと勘ぐったが、流石に七歳(にしては大人びすぎている)の少女でも書けないだろう。凛花なら書きそうではあるが。
他の読める文字で記してあった日記は以下のとおりだ。
ー4月4日 晴れ
森谷家に入った。やはり、懐かしい感覚がする。久しぶりに帝国文字を書いてみたがどうだろうか。前はこの日記に帝国文字を記すことなどなかったから違和感がある。
今日食べた葵の誕生日ケーキはとても美味しかった。来年も一緒に祝いたいと思う。
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ー6月11日 曇り
健太に会った。相変わらずと言えばいいのか、変わっていない。秘密基地で遊ぶのはとても楽しい
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ー9月8日
今日はなかなか忙しい。でも頼りにされていると思うと嬉しい。
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ー11月3日 晴れ
蒼さんが私と葵を釣りに連れて行ってくれた。魚が美味しかった。
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との具合で凛花は毎日何かしら書くようにしていたようだ。こんなに楽しそうに毎日の出来事を書いているのに家に来る前の出来事が書いていないのは元の家での生活が酷いものだったのでは無いかと邪推してしまう。普通に考えたらその頃は文字が書けなかっただけであろうが。
もしかしたら七歳にしてしっかり漢字まで書けているし、本当に転生者なのかもしれない。ただのスパルタ教育かもしれないが。
あれこれ考えていても何かが分かるわけでもないので、早速俺も日記を書くことにした。
ー4月4日 晴れ
凛花から日記帳を貰ったのでこれから毎日書く。今日は入学式に誕生日にイベントが詰まった1日だった。凛花の誕生日がないという話を聞いて今年からは二人の誕生日となった。流石に誕生日プレゼントが誕生日というのは笑えないので、今度何かしら買ってやろうと思う。
日記を書き終えるとベッドで横になって、隣の部屋に居る凛花に聞こえないように呟いた。
「こんな(悲しすぎる過去が垣間見える)誕生日解釈違いだ……」
このあと滅茶苦茶誕生日祝った。
〜逾樊←螂醍エ??譖ク縺ョ蛻?l遶ッ〜
但し、恩とは呪いであり、自ら断ち切る事はできないものであるとします。
但し、神とは強欲であり、神が望むものを差し出さなかった場合、世界は滅ぶものとします。
但し、神とは気まぐれであり、神の行動を制御できるものは同じ次元存在の神以外にいないものとします。
但し、神は最も強い存在であり、この世界に逆らえるものはいないものとします。
但し、神とは存在であり、高次元世界にのみ存在するものであるとします。
但し……(ここから先のページは乱雑に破られていて、読むことができない。)
凛花の部屋の前に落ちてた紙を拾ってみると全く理解できそうにないどこからかちぎられた跡がある古ぼけた紙だった。
まぁ、捨てていいだろ。
そうして逾樊←螂醍エ??譖ク縺ョ蛻?l遶ッは俺の手により捨てられてしまった。