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続・永遠の蛙  作者: 十々木 とと
番外編
34/37

森番になり損ねた男(1)御守り


 ベルントの父親は猟師だった。

 森の恵みは無限に湧いて出る、無制限に狩り尽くしていいものではない。猟師は登録制で、これに漏れた者が狩りをすると、それは密猟者となる。森も領主の持ち物であるから、木材の管理や密猟者の取り締まりは領主の権限で行われていた。その現場を任されているのが森番だ。

 森の知識の継承や信用問題があるため、森番は自然と世襲になったが、適性のある子供がいない場合は、出入りしている猟師の子供に引き継ぐこともあった。当時の森番の息子は身体が弱く、他にも子供はいたが娘だったため、父親の猟の手伝いをしていたベルントが候補に上がっていた。毎日持ち場の山野を歩き回る森番は、知識だけでなく体力と、密猟者との取っ組み合いにも負けない力、事に当たれる胆力が必要だ。同年代で一際大柄で身体能力に優れているベルントが選ばれたのは、自然なことだった。

 ベルントは父親に教えてもらったことを活かして猟師になるつもりであったから、それが森番になったところで何も変わらないだろうと思った。許可を得て獲物を狩る側から、管理する側になるだけだ。大変だが収入が安定した職だと、両親にも喜ばれた。

 ベルントを連れ歩く大人が父親から森番に変わった。暫くすると、同年代の少年達を連れてくるように言いつけられた。少年といっても十二を超えているから、皆家の手伝いで忙しい。呼んだところで誰も来やしないだろうと、ベルントは困惑した。詳しく聞くと、領主の十歳になる息子が森を気に入ったのだが、森番にも仕事がある。毎日のように相手をするわけにもいかないから、お目付け役兼遊び相手をして欲しいとのことだった。

 ベルントとて、森番の仕事を覚え始めたばかりだ。仕掛けてはいけない場所に罠が設置されていないか、見慣れない人間が森に入ってきていないか、見回る役目もある。暇なわけではない。迷惑に思ったが、ゆくゆくは森番を継ぐのだから、次期領主と仲良くなっておいて損はないと、思い直した。猟師の息子達とその親に話を通し、目端が利くマッツ、面倒見の良いケネト、人当たりの良いヨルゲンの都合がついて、その日に臨んだ。

 初めてシモンを見た時、ベルントは怯んだ。次期領主の威厳を感じたということではない。背はベルントよりも低く、この場にいる少年達の誰よりも華奢で、総当たり制で取っ組み合いを開催しようものなら間違いなく最下位になるだろう体格。育ちのよさそうな所作に、虫も殺せないだろう覇気の感じられない目。そんなシモンにベルントを圧する要素は皆無だ。

 ただ、森歩き用の軽装といっても、継ぎ接ぎ一つない見るからに上質そうな衣服を身につけているのだ。貴族なのだから当たり前なのだろうが、少しでも汚したら首が飛ぶのではないかと思ったのだ。そうでなくても何か粗相があろうものなら、シモンが伴っている二人の護衛が領主代行に報告するだろう。だから毒性のある植物の少ない、猟師ではない領民でも足を踏み入れられる森の浅い部分に、比較的足場の良い場所を選んで案内した。ここに木の根が張り出しているから、そこの土が柔らかくなっていて滑るから足元に気を付けてと、異性相手にでもしない気遣いまでしていた。他の少年達もベルントと心は同じらしく、蛇や毒虫を近付けまいと、常以上に警戒心を持ってシモンの周囲を固めていた。

 森を気に入ったという割にはつまらなそうな様子のシモンに、ベルント達が疑問を持ち始めた頃。


「蛙がいそうな場所はどこ?」


 シモンが言った。ベルント達は顔を見合わせる。皆拍子抜けしたような、安堵したような顔をしていた。上等な服を着て澄ましてはいても、中身は自分達とそう変わらない。そう思ったのだ。ベルント達は蛙を使った遊びは何年も前に卒業していたが、シモンは最近になって森を知ったのだ。小さな子供が興味を持つものにも興味を持つに違いないと。

 蛙を探し歩くうちに、服を汚すことにそこまで過敏にならずとも良いと判り、ベルント達の過度の緊張は解けた。口の悪いベルントがうっかり口を滑らせたことがきっかけで、多少の軽口を叩いてもシモンが怒らないことが判ると、会話が弾むようになった。護衛に伺いを立てて、流れの緩やかな、水底の深い川に大きな岩の上から飛び込んだり泳いだりと、度胸試しを兼ねた水遊びもした。シモンは心から楽しんでいた。ベルント達もそうした遊びからは久しく遠ざかっていたので、まだ遠のききっていない童心に返って楽しんだ。そうしてヨルゲンが、ここらの子供達は蛙でこうやって遊ぶのだと、中が空洞になっている細い植物の茎を蛙の尻にさして、息を吹き込んで見せた。見せてしまったのだ。

 シモンは衝撃を受け、声も出ないようだった。ヨルゲンがやってみますかと新しく捕まえた蛙を差し出すと、シモンは我に返ってヨルゲンの手を叩き落とし、暫く君達の顔を見たくないと、泣きそうになりながら帰った。ヨルゲンは刺激が強すぎたのだと反省し、ベルント達も止めなかったことを反省はしたが、そこまで大事だとは思っていなかった。シモンは見返りを求めない態度でベルント達の中に迎え入れられ、貴族子息達より余程身近に感じ、仲間のように思い始めていた。それをベルント達も感じ取っていたから、仲間内の、ただの子供同士の喧嘩程度と認識していたのだ。

 それが大きな間違いであったことを、大人達の行動で知ることになる。

 顔を見たくないと言われたので、きっと明日はお呼びがかからないだろう、だから狩りの手伝いに出ると、ヨルゲンが父親に話した。ヨルゲンは顔色を変えた父親に何があったか問い質され、それはその日のうちにベルント達の親にも伝わった。親達はベルント達を叱った後、息子は他所にやるから、家族は追い出さないでくれとシモンに嘆願した。森番もシモンに頭を下げに行った。

 シモンは困惑し、そこまでしなくていい、そんなことはしないと告げることでその場は収まった。


 大分後になってベルントが聞いたところによると、セランデル伯が国境の点検から帰ってきた時に、この件でシモンは長々と説教をされたということだ。身分であれ、魔力であれ、力持つ者は振る舞いに気をつけなければならない。力持たぬ者の命は力持つ者のほんの少しの匙加減で簡単に消し飛ぶのだと。

 シモンの父もそのまた父も、領主代行を通して概ね善政を施してきたと言える。だがその前にまで遡ってゆくと、領民を粗雑に扱う暴虐な領主もいて、遡らずとも他領にその例を見ることができる。普段は気さくに見える領民達も、領主の勘気には触れまいと気を遣っている。これが横暴な領主の元だと更に顕著で、すっかり怯えきり、怯えも過ぎると牙を剥くこともあるという事例を、良い機会だからと幾つか聞かされた。

 領民達とて、次期領主としてシモンを見ている。シモンが領民と交流するのはこれが初めてなのだ。まだ海のものとも山のものともつかぬのだから、暴君となり得る可能性だって見ていて当然だ。他領では、恋人がいるからと次期領主の誘いを断っただけで、家族揃って住む土地を追われたという話もあるのだ。今回のことは決して大袈裟な反応ではない。今後は考えて行動するようにと。


 シモンは親達の嘆願の後直ぐに、ベルント達に考えなしの言動だったことを謝った。然し蛙がシモンにとってどれだけ大事な存在かも語った。ベルント達はそれを聞いてより反省すべきところだったのだが、あまりに思いが深く語りが熱すぎて、各々怯み、困惑混じりであった。何せ対象が蛙なのだ。ベルント達にとっては、幼児期に残酷な遊びの道具にしていた蛙なのだ。非常に頭に入りにくかった。

 とにもかくにも蛙を乱暴に扱わない約束をして、シモンとの交流は続いた。ただ、あわや放逐かという事態で、ベルント達なりに身分差を意識するようになった。当初の余所余所しい態度にまではならなかったが、少し開いた距離にシモンは寂しそうな様子を見せ、うっかり雑に扱うと嬉しそうな空気を醸すので、ベルント達は自制心を鍛える羽目になった。


「蛙が快適に暮らしやすいようにしようと思うんだけど、皆はどう思う?」

「それは何をどうするんですか」

「食に困らないように昆虫を一定数に保てる環境を整える。昆虫を食べる他の生き物を全部狩って、あ、勿論蛙を食べる生き物も」

「あんた俺達飢えさせる気ですか」

「おいベルント気持ちは解るけど言い方よ」


 ベルントだけはちょくちょく自制し損ねて、ケネトに窘められていた。

 交流を重ねるにつれ、ベルント達は不安を覚えるようになった。知能や性格に対してではない。この時も、森の恩恵に与るには生態系のバランスを保つことが重要であること、何故猟師が登録制で森番が必要なのかを説いて聞かせると、内容を理解し考えを改めていた。平民の言葉でも道理に合えば受け入れることができるのだから、良き領主になれそうな片鱗が見える。普通ではない蛙への傾倒ぶりがそこはかとなく不安を呼ぶのだ。

 その不安は的中する。






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