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続・永遠の蛙  作者: 十々木 とと
本編
15/37

15. 根っこはお坊ちゃん


 現地調査にヴェラは組み込まれていない。当然シモンは反対した。

 シモンは国に二人きりの魔操者であるから、魔女被害の現場に駆り出されたことは幾度かあった。シモンは魔女か否かを見分けることはできないが、魔力を感知することは可能であるから、父の関与しない場所で魔力を感じれば、それは魔女の仕業であると言える。そうして魔女の仕業と認定されれば、一定期間結界を張って現場の立ち入りを禁止し、周辺住民の安全を確保するのだ。

 何れも一夜にして湖が現れただの、山が陥没しただの、遭遇していたらひとたまりもなかっただろうと想像に易い現場だった。そういったことが起こり得る現場に、ヴェラを同行させるわけにはいかない。アーベルの話では、今回向かう場所に現れる魔女は、目立った痕跡を残さないものだということだが、だからといって、危険がないとは言えないのだ。

 祭りから帰って二人に宛てがわれている客室に落ち着くと、シモンは改めてそういったことをヴェラに説明した。それでもヴェラの主張は変わらず、お願いしますと深々と頭を下げたままでいる。シモンはほとほと困り果てて、最終手段に出ることにした。


「ごめんねヴェラ。連れていけない」


 両手でヴェラの顔を救い上げるようにして頭を上げさせ、シモンは顔を寄せる。ヴェラはシモンの思惑を察したように自分の口を両手で覆った。


「シモン様は私を手放したいのですか。ならば、この手を無理矢理剥がしてでも口付けるといいです」


 シモンは息を呑んだ。そんな話は一言もしていないのだ。ヴェラの今までにない強い眼差しに戸惑う。


「君を失いたくないから、連れていけないんだよ」


 手放したくないから、決して自力では追って来られないように閉じ込めてしまいたかったのだ。


「魔女は離れたところにいる、面識のない生き物の呪いを見ることができるのですか」

「それは判らない」

「ならば私を連れて行くべきでしょう」

「君を連れて行くとしたら、安全が確認できてからだよ」

「人間の倫理や理屈が通用しないのでしょう?」


 安全確認など、完了するとは考えにくいことをヴェラが指摘すれば、シモンは困ったように眉を下げる。


「魔女がどういった存在で、何をどこまでできるのかを調べ上げて、何もかもそれからだから、まだ何も言えないんだ」

「それは大分時間がかかりますね」

「………うん」


 シモンの目が逸れた。魔女を探すと決めた時は、ヴェラの呪いの詳細を確認してさっと終える気でいた。だが冷静になると、そう簡単にはいかないことには直ぐに気付いていた。ベルントの言葉を借りるなら、あの時はあほが天外突破していたのだ。


「僕はね、ヴェラ。君のこととなると馬鹿になってしまうんだよ」


 シモンの手がヴェラの頬からゆっくりと滑り落ち、肩を落とした。ただそれは、既にヴェラ含めトールボリ家の常識である。


「では連れていっていただけますね」


 何やら反省しているようなので、ここぞとばかりにヴェラは繰り返した。


「それは駄目」


 弱っていようとも、シモンの意志は固かった。


「ヴェラを呪った魔女だったらどうするの。また何か、危害を加えられてしまうかもしれないだろう」

「それは私も考えました。でも何が魔女の気に障るか判らないのですから、危険はシモン様も、他の皆様も同様の筈です。それに呪った魔女でなければ、呪いの内容が判らないかもしれないではないですか。もしそうであるならば、その魔女との遭遇は好都合ということにもなります」


 何も判らないのだから、全てが可能性の話でしかない。互いに説得力を見出せず、長く続くかに思われた沈黙を破ったのは、ヴェラだった。


「いつ結果が出ると知れない調査の間に、離縁となっても良いということですね」


 魔女に関する可能性よりも、より高い確率で実現しそうな可能性の話があるのだ。


「さっきからどうしたの。どうしてそんな話になるんだ。……まさか、母上にそういうことを言われているの?」


 シモンは困惑から抜け出して表情を引き締めた。

 シモンには少し、甘いところがあるとヴェラは常々思っていた。生まれついた境遇故に、ある程度の意は通るものだと思っているし、事実そうなのだから、仕方のない面はある。


「今は言われていません。でも。私から何が産まれるのか、不安には思っていらっしゃるようなので、想定はしているのではないでしょうか」


 想定しているのなら、ヴェラが駄目であった場合の候補の目星くらいは、付けているのではないかと思う。何より、今ヴェラは何を産むか不安なあまり、子作りを拒んでいる。この状態が続けば事態は確実に進むだろう。

 皆まで言わずともシモンは察した。カミラが情のない人間だということではない。ただ、貴族の家に生まれ育ち、その責務をよく理解し全うできる、貴族女性として常識的な人間だというだけだ。

 シモンは唸った。


「それとこれとは話が違うよ。そっちの対策は、別途考える」

「違いません。対策を考えるのなら尚更、私が産めるのが何なのか早めに知った方が良いです」


 シモンは口を引き結び、苦悩を眉間の皺に刻むようにして考え込む。

 初めの動機こそシモンの愛を証明する為であり、今もそれは動機の中心にあるが、ヴェラが何を産んでも婚姻関係を維持できるようにとの腹積もりも、既にあった。だからこそ研究にも深く関わり、協力を惜しまないことにした。魔女の力を利用できるようになれば、トールボリ家の直系を残す必要性は、今程強いものではなくなるのだ。だがシモンの代でそれを成せる見通しは立っていない。せめてもっと早くアーベルと手を組めていれば、父がもっと進めていてくれたらとも思うが、そんなことに思いを馳せるのは時間の無駄でしかない。

 シモンはヴェラの口がその白い手で覆われたままなのを見て、深く深く、溜め息をついた。






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