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続・永遠の蛙  作者: 十々木 とと
本編
11/37

11. 事実を語るほど胡散臭い


 一同は場所を応接室に移した。待機していたハンネスは帰し、代わりにイクセルが室内用の止まり木の上で同席している。公爵家の使用人はさがり、ベルントが給仕を買って出ていた。


「話を整理しましょう」


 アルブ茶で一服して落ち着くと、シモンは正面のアーベルをひたりと見据えた。


「ヴェラは魔女ではありません」

「それはおかしい。夫人からは魔女の気配がする」


 アーベルは自信に満ちた断言をする。


「それに夫人はイクセルの正体が見えたのだろう?」

「いいえ。あれは推測です」


 自分に見えているものを他者と共有することはできないから、ヴェラが言い張っているだけと言われればそれまでだ。アーベルもその真偽を確かめようがないから、響いたようではない。


「ヴェラ。言ってもいいね?」


 シモンの目配せにヴェラは頷いた。


「魔女の気配がするのは、ヴェラが呪われているからではないでしょうか。そちらのイクセル殿からも魔女の気配がするのでは?」


 ヴェラから気配がするのならイクセルも同様の筈だと、シモンは問いの形で確認をする。アーベルは思うところがあるのか数秒沈黙する。


「確かに初めはイクセルも魔女ではないかと疑った」

「……元々のご友人が呪われたのではなく?」

「ああ。だが夫人はどこも呪われているようには見えないじゃないか」


 魔女は人間の女性の姿を目撃されることが多いから、魔女と呼ばれているのだ。アーベルの能力は、魔女と魔女の影響下にある呪われた存在を区別することまではできないのだろうと理解して、シモンはイクセルを目で示す。


「彼が魔女ではないとの判断は、どう下したのですか」

「話し合った」

「……彼は人語を?」

「筆談…と言っていいのかな。文字を記入したカードを用意し、イクセルが踏んで示して言葉を作る」

「………大変だったね」


 踏んで示すといっても、イクセルの大きさからして文字同士の間隔を開けて配置しなければならなかっただろうから、運動量もそれなりになっただろう。シモンが労力を思ってイクセルに言葉をかけると、イクセルは上瞼を閉じて首を九十度回した。シモンはその仕草の意味を解読できなかった。アーベルは苦笑いをする。


「随分疲れさせてしまったよ。でも互いに必要なことだったからね。まあそれで。イクセルの故郷を探し当てた」


 イクセルはヴェラに比べれば呪われてから日が浅いらしく、当時はイクセルと共に育った弟が辛うじて存命で、行方不明になった時期と呪われた時期の一致を始めとした、様々な証言を得られたのだという。魔女研究家であったというイクセルが残した手記なども、大いに手がかりになった。


「身内は亡くなってしまっているので、ヴェラにはその手が使えませんね」


 シモンは考え込んだ。


「魔女ではない証明はできませんが、呪われている証明はできるのでは」


 ヴェラがそっと提案する。シモンも数秒それについて考えたが、首を振る。


「魔女は自在に変化するからね」


 ヴェラが蛙になって見せても、今度はそれが呪いであることを証明しなければならない。


「夫人のその、呪いというのは?」

「シモン様の口付けで蛙になります」


 ヴェラは現在の状況を解りやすく答えたのだが、アーベルは瞬時には呑み込み損ねてシモンを見た。


「蛙だったヴェラを僕が保護して解呪しました」


 シモンは誇らしげに胸を張り、アーベルは困惑した。


「なのに君が口付けると蛙になるのかい?」

「そうなんです。愛のなせる技なんですが、……そうですね、もう腹を割って話しましょう」


 シモンは一つ息を吐いて表情を引き締め、真剣な眼差しでアーベルを見据える。


「僕は僕の愛を証明するために魔女を探しています。ですからヴェラが魔女であるなら、もう目的は達成しているのであり、僕の愛は証明済みでなければならない。けれども証明はなされてないので、ヴェラは魔女ではないということになります。ですからどうか、魔女の情報を僕にください。それ相応の対価、いやそれ以上の対価を差し上げられることは、これまでの話でご理解いただけているかと」

「……急に何を言っているのかわからなくなったよ?」


 アーベルは困惑を深くしてヴェラを見た。ヴェラは首を傾げる。


「ええと。私は魔女ではありません。ですから閣下のご期待には添えないのですが、シモン様は魔女を探していて、丁度良いので協力しあいましょう、ということではないかと」


 一番解説が必要なころが省かれている。アーベルはベルントが酸っぱいものでも食べたような顔をしているのを目端に捉えた。従者とは主人の事情に通じているものだ。


「君、頼む」

「はい。つまり若様の動機には至極個人的なものが含まれていますが、閣下や研究にとって害になるものではないということです。それから若奥様が魔女ではないことは、信じていただくしかありません」


 愛が絡むあれそれは、触れない方がいいということだとアーベルは解釈した。


「わかった。魔女の証明は保留しよう。私の特技が精密とはいえないからね」


 アーベルは軽く息をついて気を取り直し、シモンとヴェラを交互に眺める。


「然し……呪いを主張するなら解呪したのかしていないのか、はっきりしてはどうかな」

「おそらく中途半端に解呪された状態なのだと思います」


 神妙な顔でシモンが答えた。


「おそらく?」

「その辺りも含めて魔女に問い質したいのです」

「……辻褄は合うか」


 アーベルは呟き、ちらりとイクセルに目をやった。


「イクセルも夫人と同じ方法で解呪できると思うかい?」

「判りません。ヴェラは解呪方法を直接魔女から聞かされていたようなのですが、イクセル殿は?」


 シモンの視線を受けて、イクセルは首を左右に回した。


「試してみてくれないか」

「僕はできません」

「……夫人の解呪は嘘かい?」


 アーベルは目を細めたが、シモンが動じる理由は何もない。


「そうではなく。イクセル殿を心から愛している人間が必要になります」

「そうなのか。……それで、その者が何をすればいい」

「接吻です」

「君は何を言っているんだ」

「ですから、対象を心から愛する者の接吻です」

「………それだと君は、………………蛙、…を……? …蛙、に……? ということになるのだけど」

「はい。何か」


 シモンがあまりにも自然体で、欺瞞の気配が全くみられないので、アーベルは直ぐに言葉を発せない程には思考が混迷した。視線だけをその場の者に巡らせる。ヴェラの表情は会談中の時のように全くの無だ。


「閣下。真実は常識を捨てた先にあります」


 アーベルと目が合ったベルントが、知恵を授ける賢者のように優しく微笑んだ。






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