陰キャの女子クラスメイトとの再開。彼女もどうやらチートホルダーのようだ。
「やっぱり動きにくいドレスよりこっちの方がいいよね?」
と、王室から出て一人暮らしを始めたグロリアは、ミニスカート丈のリボンのついた、いかにも陽キャって感じのファッショナブルなドレスを身に付けて、俺の部屋のベッドに我が物顔で座る。
「だな、動きやすいに越したこたぁねえ」
こちらは昼下がりのテレビを見る主婦のように俺のお気に入りのカウチソファに堂々と寝っ転がるハル。奴隷時代の貧相な装いじゃなく、城下町のマーケットで集めてきたオシャレで機能的な異世界ファッションで身を包んでいる。
━━━のだが、俺の部屋はいつからこいつらの溜まり場になったんだ。
「だってさ、前世で一緒の時代を生きたんだからもう親友みたいなもんじゃね? 俺達」
織田信長が転生先で明智光秀と出会って親友ぶると思うか?
「そうだよね。まだあたしたち、クラスメイトのみんなを見つけるっていう目的を達成してないんだし」
いつからそんな目的を設置した。
「だったらさ、あちこち動き回れる『ギルド』を作らね? 異世界モノの定番だし、そのうち何人かと巡り会えると思うんだ」
このユートヘイムの人口は30億人弱だぞ。
「いいね。三人で目指せ! クラス同窓会!って感じ?」
二人で目指してくれ。
もううんざりだ。前世で同じクラスだったというよしみで悪役令嬢のバッドエンドフラグをへし折ったり奴隷身分から解放されるの手伝ったりしただけなのに、これ以上馴れ合いたくないんだってば。こういうノリ、マジでキツい人の気持ちに立ってくれよ。俺は有閑階級の貴族として一生働かずに━━━
「それなんだけど、奴隷解放を機に王室では貴族制に対する見直しも進んでいて、早ければ10年で身分制度がなくなって爵位もただの称号だけになるらしいよ」
なんだこの急速な近代文明化……くそっ、こいつらを助けたせいで何もかもが悪い方向に転がり始めてる……
というか、こいつら息巻いてギルドを作るとか言ってるけど、魔法番号は何番なんだ?騎士団経験なくギルドを始めるには重複数くらいないとキツいぞ。
ちなみにこの世界にも普通に魔物は存在する。その魔物から市民を守ったりするのが騎士団とギルドの両方の主たる仕事なのだが、ギルドはギルド連合に登録する義務はあるものの、個人で営んで仕事を得なければならないからそれなりの実力が求められる。ジャニーズ事務所に個人事務所で競合しようとするくらい茨の道だ。
「あたしの魔法番号は243……」
「俺は781だな」
魔法書を開いてナンバーを確認すると、まあバラけてること。そもそも重複数を引き当てるのはソシャゲのガチャでスーパーレア級を当てるレベルの難関。さらに言えば0を引き当てるのはウルトラレアを引き当てるレベルの超難関。どの世界の人生もそんなに甘くはない。自分の能力に見合った道を━━━
「……あれ?ちょ、これ、何?」
「魔法番号が突然……」
おや……二人の魔法書に浮かぶ魔法番号が急に揺らぎ始めた。なんだ? この現象……と、疑問に思う間もなく、二人の魔法番号の真ん中の数字がまるでスロットのように変化した。
「うそ……233になってる!」
「俺は771に……どういうことだ……?」
ナンバーが変わった……!? 馬鹿な、そんな話、聞いたことがない。ナンバーはDNAと同じで生まれ以て変えることができないようなもの。他人とナンバーが重複することはあれど……一体何が起こったんだ……
━━━と、一瞬考えたが、心当たりはなくはない。そう。俺は魔法番号が000の『アイン・ソフ・オウル』……もしや、俺のチート能力が無意識的に二人のナンバーに干渉してしまったのか?
「その通りだよ。これは君のチート能力のひとつ」
二人が帰った後に、俺の背後からヒラヒラっと現れたのは天使のような翼を生やしたゆるキャラのような、妖精のような何かだった。
「そして、ボクという存在自体も君のチート能力のひとつ。というか、ボク自身が君にとって一番重要な能力かもしれないね━━━ボクは、君の『能力を解説する能力』そのものさ」
能力を解説する能力━━━確かにどんな能力を使ったか理解出来ないと恐ろしい事になりそうだ。
「さっきナンバーが変わったの……あれも俺の能力?」
「うんそうだね、あの子達のナンバーが変わったのは君の能力の一部。でもそれは君の能力の一部に過ぎない」
「0のひとつか……ナンバーを操作する能力……」
確かにこれはとんでもないチート能力だ。単純だが、相手を無力化したり、味方を強化したり……もっと考えたらたくさん汎用性がありそうだ
「残念だけど、ナンバー変化は君が意識的に出来る事ではない。それだけだとハズレ側の能力の一つだが、まあ、まず君は自分の能力の全体像を知るところから始めるべきだと思うよ」
それを知らせるのがお前の役割なんじゃ……
「ボクは発動した能力が何なのかを解説することしかしないよ? それはだって、あれじゃん。映画やアニメをろくに見ずにネタバレ記事であらすじや結末だけを知るようなものじゃんか。だから、君自身で君自身の能力を知るべきだ。じゃあね」
と、言うと『能力を解説する能力』はひらりとどこかへ消えていった。
うーん……めんどくさいな……自分の能力の全体像って……『無意識的にナンバーを変える能力』と『能力を解説する能力』の二つのゼロが既に埋まってるし、なんだか最後の一つもハズレ能力の可能性も否めないし……10年後には貴族制度がなくなって路頭に迷う可能性も出てきた。仕方ない。今のうちに始動して間もないいくつかの電話通信会社の株を安いうちに大量に買い込んでおくか。10年後には高騰しているのは目に見えているし。
「あくまでも働くつもりはないのね」
翌日も懲りずにやってきたグロリアが呆れ果てて、やれやれ、というポーズを取る。せっかく色々優遇されたもとに産まれたんだから、その恩恵を預からずにどうするんだ、と俺も反論すると、珍しく俺の肩を持つようにハルはこう言う。
「まあいいじゃないかグロリア。それもある意味ひとつの人生だよ。誰だって傷つくのは嫌だし、傷つかずに生きていける環境にあるんならそれに甘んじる事は悪いことじゃないんじゃないか?」
「ダメだよハル。それは挑戦してダメだった時の選択肢であるべきだわ。せっかく沢山の選択肢があるのに、それを無下にするのは選択肢すら与えられない人たちに対する冒涜だと思う」
「確かにそうだけど、あくまでやる気のない人間にそこまで熱量を注いでもさ、グロリア自身も、サトリ自身も追い詰めてしまう結果になってしまうじゃないか」
「そのやる気スイッチを探して押してあげるのがあたしたちサトリの友達の役目でしょ?」
あーめんどくさい。俺が原因でBGM:けんかをやめて(竹内まりや)状態になるのが。二人で痴話喧嘩してくれる分にはこちらとて勝手にどうぞーってなるけど、二人とも「サトリのため」という独善からの喧嘩になるのがマジでめんどくさいパターンなんだよな。俺はこいつらと馴れ合いたくないし放っておいてくれるのが一番なんだが、どうもこいつらは俺を放っておいてくれないらしい。その熱量をもっと恵まれない人たちに注いでやれ。
「わかったよ……ギルド、やれば満足なんだろ。めんどくさいって思ったら俺すぐに抜けるから」
「そうなってくれると思ってギルドの設立に関する書類を一式集めておいたわ。これがギルド設立届、これがギルドに関する規定及び違反時の罰則等の綴方、そして納税申告に関する書類、エトセトラ……」
本当に行動力あるな。陽キャは。というか、揉めたら俺が折れる事まで計算済みだったか? 前世でも成績優秀で頭脳明晰だったし……
「よし、これでギルドの手続きの一切が完了したわ。あとは仕事を請け負うのみ!」
ウィングレスタ城下町にあるギルド連合出張所に届を出してあっという間に仕事を請け負える状態にまで漕ぎ着けた。ギルド連合の建物内にある掲示板から仕事を請け負うというファンタジーファンタジーしたシステムだ。なんだか昔やってたゲームを思い出すなぁ。
「まず最初は簡単な依頼から請け負っていきましょう。これとか」
ふむ。『スライムジェルをビン3つほど調達して欲しい』という、いかにも初級者ギルドらしい依頼だった。貴族身分という事もあり、あまり街の外には出たことはないが、街の外には魔物がウロウロしており、スライムもたくさん見かけるという。スライムジェルは弱酸性で美容効果があり、それに薬草を混ぜて調合した顔面パックが貴族婦人の中で大人気なのだ。俺の現世の母も毎晩塗りたくっている。
……だが、最初の仕事がスライムジェルを調達するだけとは随分ヌルゲーすぎる。スライムだけに。街の外に出てみたら居るわ居るわスライムの群れが。こんな剣で何回か切ったら死ぬような奴すぐにグフッ━━━━
「ダメじゃないサトリ! 油断しちゃ!」
「だ、大丈夫か……? スライムの攻撃力って前世でいう大人のイノシシの体当たりくらいの威力があるんだけど、それをモロに顔面に受けたぞ……」
序盤で狩られるようなザコキャラだと思って油断した……俺はともかく、他二人もなかなか苦戦している。前世では運動神経抜群だったのに、それも足しにならないくらいなのか……と、思った時だった。
「魔なる者を滅せよ。『魔滅方陣』」
という掛け声と共にグロリアたちと戦うスライムの下に魔方陣が現れ、瞬く間にスライムが音を立てて弾け飛んだ。
「━━━誰!?」
とグロリアが辺りを見回すと、馬に騎乗した騎士のような女性が遠くからこちらの様子を窺っていた。
「……大方、大して実力もつけぬうちに息巻いてギルドを開いたような連中だろう。力なき者が出過ぎた真似をするな。こちらの仕事が増える」
女性がそうこちらに投げ掛けると、
「勇者ソフィ様。間もなくウィングレスタ城下町です」
と、従者のような者が女性に声をかけ、薄暮に染まるウィングレスタ城下町へ駆けていった。
「……あの人、勇者って呼ばれてたけど……」
「魔王と戦う宿命を担った奴だっけ? ……でも、あいつの言うとおりだよ。簡単なものだって余裕こいて修練する過程を飛ばしたのが悪かった。もうちょっと訓練してからクエストを引き受けるべきだったんだよな……」
今さらかよ、って感じだが……。まあ俺も油断してたから他人を攻められた質じゃないが、基礎すら習わずにいきなり仕事って無免許運転で高速道路にトライするようなもんだからな。
それより、あの勇者ソフィってやつ……去り際にこちらの顔をじろじろ見ていた気がするが……まさか……
「━━━まさか来島達もこの世界に転生しているなんてな……」
城門でソフィは俺たちを待ち構えていた。相変わらず他人の顔が覚えられない俺と、喉元まで出かかっているようなハルを差し置いて、委員長だったグロリアは流石と言わんばかりに言い当てた。
「吾妻さん……? あなた、もしかして……」
「━━━今はソフィ・アンリエッタって名前だけどな」
吾妻蒼子……ほんの記憶の片隅にしか無いけど、俺と同じく誰とも馴れ合ってなかった陰タイプの子だったな……髪も伸ばしっぱなしで顔もよく覚えてなかったけど、グロリアはよく気がついたものだ。
「もうあの頃の私じゃない。私は世界を救うべくして産まれた勇者……」
と、言って魔法書を取り出し、魔法番号を見せるソフィ。そこには『VVV』の配列が。
「これは……『勇者配列』……!?」
グロリアがそう驚くのも無理はない。聖なる5の三重複は『勇者配列』と呼ばれ、他の三重複とは違い、数十年に一度誕生するかしないかの配列なのだ。故に、魔法書の記載も特別にローマ数字のVが用いられる……アイン・ソフ・オウルはもっと希だが。
「私は前世では何も望まれなかった。根暗だし、口下手だし、オタクだし……私はずっと願っていた。異世界に転生して、私が『主人公』である世界に生まれ変わる事を……そして私の夢は叶った。勇者と呼ばれる存在となって、多くの人から望まれた……同時に、生まれ変わる前の私の記憶が足手まといになるようになった━━━だがお前たちにうろうろされると、消し去りたかった記憶も甦るのだ!」
ソフィは感情的になり、サトリたちに剣を抜いて斬りかかる。三人は辛うじて避けるが、ソフィの軽やかな剣さばきで避けるので精一杯。さすが勇者だ。
「ちょっと待ってよ吾妻さん!! 落ち着いて!」
というグロリアの説得も虚しく、
「その名で呼ぶな!!」
ソフィは怒りのままに魔法を発動させる。灼熱の炎、凍てつく氷塊、豪々しく轟く雷の玉。
「食らえ! 三属性魔炸力破!!」
━━━━こんなの、まともに当たれば命は無い。ソフィは錯乱していてこちらの声に耳を傾けない。万事休すか……と、思った時だった。
「……何ッ!?」
ソフィの放った魔法攻撃が、サトリの目の前で雲散霧消したのだ。これは一体……? まさかこれは……
「そう……これもサトリの0の能力の一つ、『元素を操る能力』だよ」
サトリの後ろから現れた『能力を解説する能力』は、そう語りだした。