陽キャが前世で何をしたのかっていうくらい、この世界で冷遇されている件について。
異世界転生。そんな言葉は聞き飽きたし、むしろ一種のカルチャーとして悪役令嬢と共に受け入れられているジャンルとなって久しい今日この頃。語りを勤めている高校一年生の俺━━━来島佐鳥にも、異世界転生のフラグがバサバサ立ち始めている。
この小説で語りを努めさせられている時点でいかにもだし、陰キャなのになろう派ではなく週刊少年ジャンプ派の俺は陽キャのユニットにもオタクのユニットにも加われずに孤立しているし、今日下校する際にトラックに轢かれたり通り魔に刺されたのちにチート能力を得て異世界転生、というのが目に見えている。
願わくば、転生先でも今のようにあまり目立つ事なくチート能力を使って効率的に農業を営んだり平穏な暮らしをしてみたいものだが、それよりもどんな死に方するのかが気になる。お決まりのトラックや電車に轢かれてハイおしまい、ならいいが、通り道に腹部を刺されてのたうち回ったのちに、とか、火事の貰い火で全身を焼かれて阿鼻叫喚ののちに、とか、苦しくなりそうな死に方は絶対いやだ。つか俺、そもそも死にたくないし、そこそこの大学を出てそこそこの企業の人事部や社史編纂室とかで社内ニートとして寄生するのが夢だし。
そこら辺で「異世界転生したらこういうチート能力が欲しい」だの語り合ってるオタクグループにこの異世界転生フラグを渡したいものだが、下校の時間が刻々と迫る。とりあえずトラックの運転手なり放火犯なり通り魔なり、なんでもいいから賠償金は出来るだけ高くふんだくれ、とだけ家族に向けて遺言状を遺しておくか、と考えた時だった。
━━━刹那、轟音と共にその時はやってきた。陰キャたる俺は窓際の席で外ばかり眺めていたのでその瞬間を見逃さなかった。雲が割れたかと思えば昼間なのにキラリと何かが光り、教室に衝突した。隕石だ。まさか、こんな形で、多くの巻き添えと共に、俺の異世界ライフが始まるなんて━━━━━━
━━━━━━
━━━━
━━━それを思い出したのは、俺が皮肉にも前世と同じ『サトリ』という名前でこの『ユートヘイム』という異世界で丁度前世での没年に当たる十五歳を迎える少し前だった。俺はユートヘイムの国の一つ、『ウィングレスタ王国』の伯爵の一家の次男で、ブルジョワの家庭で育った。テレビもない、漫画もタブレットもないこの世界での娯楽は本を読んだり、馬術を嗜んだり、奴隷同士を戦わせて楽しむコロシアムくらい。奴隷たちはこの日の為に過酷な生活の中、肉体を極限まで高めて優勝報酬である奴隷身分からの解放の為に戦い続けているのだ。記憶を取り戻した今だから言えるが中々エグい。なんて人非道的なんだろう。
そんなコロシアム観戦中に奴隷の投擲武器が流れ弾のように当たって記憶が戻ったのだが。
この世界では、十五歳になると賢者から洗礼を受けて魔力を授けられ、魔法が使えるようになる。騎士団志望者だともっと若くても洗礼を受けて魔法を使えるようになるらしい。
俺がチート能力に目覚めるとしたらそこだが、最近はチート能力ではなく地味な能力であるパターンも多いからあまり期待しないでおこう。
「コンツォール伯次男サトリ。今からそなたに洗礼を与えるが、魔導師とは魔なる力を導くもののこと。決して誤った使い方をせぬように」
というテンプレ染みたセリフと共に、コンツォール邸に招いた賢者から魔導師の洗礼を受ける。賢者と向かい合わせに立った俺の足元に魔方陣が現れると、全身の気孔から何かが入ってくるような感覚に陥った。その直後だった。俺の目の前に『000』と、ゼロの数字が三つ並んでいるのを見たのは。
「……なんと……『アイン・ソフ・オウル』が出たぞい! これはなんと……おぞましき事ぞよ……」
俺の目の前に現れた三つの数字には歴とした意味がある。この世界の魔法は剣術系スキル、格闘スキルなど、武術に関する能力も『魔法』として包括されている。この世界の人間は大分類で三つの能力に目覚める事が出来、その能力帯を数字で、
1……炎魔法系スキル
2……風魔法系スキル
3……水魔法系スキル
4……大地系スキル
5……聖系スキル
6……闇系スキル
7……剣・武術系スキル
8……弓・銃系スキル
9……技術系スキル
━━━とナンバリングされており、それぞれのナンバーにあった能力が授かる。そのどれにも当てはまらない、いわゆる『チート枠』というのが0だ。0が出てくる事は滅多にない。二つ揃うことはもっと滅多にない。三つ揃った『アイン・ソフ・オウル』が出た人間は、紛れもなくこのユートヘイムの世界史に名前を残す━━━良くも悪くも。
「いいかサトリ、さっきも言ったが魔導師は魔なる力を正しく導くもののことだ。今まで何人にもそう声をかけてきたが、過ちを犯す奴は犯す。しかし、今回は訳が違う……わしにどうこう出来る問題ではないが、お前が愚の道に進まぬ事だけを願う……」
と、賢者は俺に『魔法書』を渡して去っていった。文庫本サイズのそれは開くとホログラムのように文字が浮かび上がり、自分の名前とさっきの三つの数字『魔法番号』が浮かび上がる。この世界の身分証明書みたいなものだが、戦争中など、諸事情で能力を知られたくない場合は魔法数のみ消すことができる。
━━━しかし、まさかアイン・ソフ・オウルが出るとは……この世界は随分俺を優遇したものだ。伯爵家の次男だし、爵位は継げずとも、名ばかりの何かの理事などに就任したりして働かずとも食うには困らない有閑階級としての生活は保証されている。つまり、こんな能力などなくてもいいのだ。俺にこんな能力を与えるなら、まだカニに前歩きを教えてあげた方が有益だろう。
「なあ、お前、どんな数字出たんだ?」
「あたしは342。スキルがバラけているし、一番つまらない配列だわ。あなたは?」
「俺は884。小さい頃から訓練してた甲斐があったぜ! 騎士団に入って隊長クラスまで出世してやるんだ」
「まあ。『重複数』が出るなんて凄い! 羨ましいなー。あたしは子爵令嬢らしく貴族の殿方のお嫁さんになるしかないのかなー」
魔法を与えられて間もない十五歳の社交場での会話はこのような感じ。昨日どんなテレビ見た? と聞くようなノリで魔法の話をする。ちなみに『重複数』とはその名の通り魔法数が重複して出た事を指し、より強力かつ洗練された能力を得やすいのだ。滅多に出ない『三重複』が出た暁には、国の要職にまで出世し得る。天賦の才のみで全てが決まるのがこの世界の残酷な所だ。どっちにしろ転生前と同じく人には馴染めないので、とりあえずジュースに一口だけつけて去ろうとした時だった。
「グロリア王女のお通りだ。皆のもの、下がれ」
やばい。このウィングレスタ王国で最も相手にしたくない奴ナンバーワンが現れた。執事や使用人を従えずけずけとマリー・アントワネットのようなドレスを着て歩くのはこのウィングレスタ王国の第四王女グロリア。きまぐれで爵位を取り上げたり、脱税の言いがかりをつけて財産を押収したりなど、やりたい放題なのだ。それを諫言しようものならその使用人の命は無い。
そんなワガママ放題のグロリア王女をウィングレスタ王室が放っておくのは彼女がウィングレスタ王国の財政危機を救ったからだ。ある日、奴隷たちの喧嘩を目の当たりにして「これを見世物にしよう」という発想から『コロシアム』が誕生し、貴重な観光資源を得ることが出来たのである。
いずれにせよ、ヤバくなったらチート魔法でなんなりと出来るが事を荒立てたくない。前世から培われた空気と同化する能力を駆使して窓の外を見つめる━━━
が、ヤバい。グロリアがこちらをガン見している。モブ化するのは陰キャの優先特許のはずなのに、何故か視線が集まる。
そういえば、この世界では昔からそうだ。こちらから何をしている訳でもないのに、特に女性から目を向けられ、男から訳のわからない嫉妬を買う。何故にか全くわからないのが辛い所。俺のモブ化能力は前世に置いてきてしまったのか? と、考えた瞬間だった。
「来島くん━━━だよね?」
と、グロリアが取り巻きをおいてけぼりにして近づいてくる━━━ってか、なぜグロリアが俺の前世の名を知っている!? 回りの貴族子女達は頭の上にハテナマークを浮かべている。そりゃそうだ。来島なんて聞き慣れない名前━━━
「ほら、あたし、あたし! 桜庭莉愛だよ!!」
桜庭莉愛……?
━━━思い出した! 確か前世で同級生で、新体操部のエースで一年生なのに国体にも出場し、かつ成績優秀。学級委員長も努めて常に回りに取り巻きを欠かさなかった陽キャ中の陽キャ! 陰キャにとっては彼女の輝きが眩しすぎて目を背けずにはいられなかったから、すぐには気付かなかったけど……確かに顔を良く見ると(もともとあんまり顔見たことないけど)桜庭さんの顔だ……髪も瞳の色も違うけど……
「━━━よかった! あたしね、凄くびっくりしてて……何日か前に本棚の上の本を取ろうとしておでこに本をぶつけちゃった時に、色々思い出して……でも、グロリアとして歩んできた人生もあるから、どっちが本当のあたしなんだろう、って凄く不安で……」
あの日、彼女も巻き込まれてこのユートヘイムに転生したのか……彼女はかなり戸惑っているようだ。そうか。彼女は体操漬けでそれ以外も友達と遊んだりしてサブカルチャーとは一線を画した人生を歩んでいたから、異世界転生というもの自体を知らないのか。
「あの……桜庭さん、これ、異世界転生って言って珍しいことじゃなくて……いや、珍しいことなんだけど……なんて言っていいのかな……」
陰キャ特有のボキャ貧が炸裂し、たどたどしいながらも説明する。あの隕石が衝突した時に一回死んで、全く違う異世界に転生してしまう、ある種のお決まり事があるのだ、と説明すると、彼女は何となく理解したようだった。
「なるほど……あたし、前世の記憶を取り戻しちゃったのね……そしたら急にいままでやってきた事に対して良心の呵責に苛まれて……凄く苦しかったの。来島くんが一緒でよかった」
一緒で良かったのか……? 彼女はともかく、俺はこの異世界でもモブ人間として生きていきたかったのに、王女という陽キャ補正バリバリなポジションに転生した彼女と関わりを持つと平穏な異世界ライフプランが━━━ん? 彼女もこの世界に転生したということは、もしやクラスの他の連中も転生している可能性がある、という事か?
「そうなの!? だとしたら、みんな集めて同窓会とかしたいよね! 来島くんももちろん参加だよ!」
勘弁してくれ。あんたたち陽向の道を歩く人間と俺たち陰の者とを一緒にしないでほしい。しかし前世でも体操の有望選手で、今世でも王女なんて、彼女の前々世は一体どれだけ功徳を積んだんだ━━━
……いや、待てよ━━━確かグロリアとしての彼女は天気屋で気分によって爵位を剥奪するような暴君だ。それによって貴族はおろか国民からも蛇蠍の如く嫌われている……これはもしや……
「桜庭さん、ちょっと場所を移動しよう」
「え、う、うん」
俺はついうっかり陰キャなのに陽キャの彼女の手を取って移動してしまった。緊張で胸が張り裂けそうだったが、彼女の身の危険に関わることだ。これだけは伝えておかねば。
「あ……『悪役令嬢』?」
「そう。桜庭さんは紛れもなくこの世界ではそのポジションだ。最終的に君は王室から追放され無一文になるか、国の革命に巻き込まれて死刑になるか、どちらかになる可能性が高い」
俺の今世での記憶でのグロリアの人間性は決して肯定できるものではない……が、前世の記憶を取り戻した桜庭さんとなれば話は別だ。悪役令嬢として最悪の結末を回避させなければ━━━
「桜庭さん、何か人に恨みを抱かれるような事をした記憶とかは?」
「多過ぎて数えきれない……」
だろうな。爵位を剥奪された人間、財産を押収された貴族、いびられてる使用人。これだけ暴挙の数に暇がない悪役令嬢も珍しい。
「……やっぱりあたし、悪役令嬢として相応の報いを受けるべきなのかな……死刑になったり……」
「落ち着いて、確かにグロリアは擁護できないレベルの悪役令嬢だけど、前世での君はちがうだろ。それに、コロシアムを開設してウィングレスタ王国の財政難を乗り越えたり、実績を残してるじゃないか。今からでも未来は変えられる」
そう必死で説得すると、少しずつ彼女は前世でのポジティブさを取り戻していったようで、
「ありがとう。来島くん。きみのお陰で、あたし頑張って最悪の未来を避けよう、って気になれた━━━でも、あたし、そういう異世界モノ?のお約束事とか解らないから……しばらく頼りっきりになっちゃうけど、大丈夫?」
彼女のキラキラした目と整った顔を目の当たりにして、ノーとは言えるはずが無かった。
「来島くん━━━……本当に、よかった……来島くんが居てくれて」
ああ、だめだ、この陽キャ特有のキラキラオーラ……陰なる俺には眩しすぎてそのキラキラが全身を擽らせてむず痒くなって仕方がない……
「と、とにかく、俺も桜庭さんに出来ることはなるべく協力するから……」
「あのさ……やっぱり、いつまでも『来島くん』や『桜庭さん』じゃ変だよね? 今、あたしはグロリアであなたはサトリなんだから━━━って、きみは前世でも同じ名前だったね。あたし、きみのこと『サトリ』って呼ぶから、きみもあたしを『グロリア』って呼んでよ」
ファーストネームで呼び合う……だと!? この陰キャたる俺がそんな陽キャみたいな事をしたら、体が溶けて無くなるかもしれない……それは流石に……
「そういうの、ダメだよ。自分の殻に閉じ籠るの。どの世界でも共通して、人は一人じゃ生きていけないんだから、人と距離を縮める努力をしないと」
━━━それは、至極ごもっともだけど……やだな、この陽キャ特有の正論を盾に陰キャをじわじわ追い詰める感じ……
「ほら、ほら。グロリアって呼んで」
「……………………リア」
「きこえない」
「……グロリア」
「うん、良くできました! 偉い偉い!」
と、グロリアは俺の頭を撫で回した。犬じゃないんだからやめてほしい……が……変に胸がむずむずする。嫌だな。こんなこと今までなかったのに。陽キャオーラに当たりすぎたのかな……
とりあえず、貴族らしくその辺を優雅に散歩しながらバッドエンドを避けるための策を考える。
「……一番手っ取り早いのは、追放される前に自分から王室を出ることだね。そしたら最低限、自分の身を守ることができる」
「それは……ダメ。あたし、今はウィングレスタの財政を任されていて、国の赤字が黒字に転換するまで退く事ができないの」
ふむ。財政難が原因でクーデターが起これば財務担当で国民から嫌われているグロリアに矛先が向かい、そのまま革命軍に捕らえられ追放もしくは処刑、というフラグがもう丸見えだ。だが、それなら簡単な解決策がある。
「現世で画期的だったものを開発して、それで特許を取ればいい。そしたらウィングレスタ王室だけでなく、世界中から金が集まる」
「なるほど……そういえば、グラハム・ベルとトーマス・エジソンの『電話紛争』を思い出したわ。エジソンの伝記を呼んでる時に、電話の特許を賭けてベルとエジソンが争った、というエピソードがあるの。裏返せば、電話事業はそれだけお金になるということだわ」
いい目の付け所だ。ユートヘイムには魔導機関といって、魔力を用いた機械技術がある。その仕組みを使って汽車などが開発されているが、電話はまだ無かった。その特許をウィングレスタで取り、電話が一家に一台、という時代になれば必ず財政が好転する。早速、ウィングレスタの技術系魔導師を集めよう、と帰路につこうとした時だった。
「グロリア! 覚悟!」
恐らく奴隷身分と思われる、刃物を持った男にグロリアが襲われた。すんでのところで身をかわしたが、グロリアは三人の男に取り囲まれてしまった。
「王女グロリア……己だけ私腹を肥やし、我ら奴隷身分をこきつかう仇! その業を命を以て償え!」
三人の男が一斉にグロリアに襲いかかる。しまった、暗殺リスクも考えずに護衛もつけずに二人で出歩いたのがまずかった。魔法で助けなければ━━━と思ったら、そもそも何の魔法が使えるか、そこに至ってなかった。偶々発動したものが強力過ぎてグロリアを巻き込んでしまったら━━━
……と、考えていたが、なんとグロリアは三人の攻撃をひらり、ひらりと動きにくそうなドレスでかわし、側転、後方宙返りなどを交えて敵を翻弄する。
「あたしの前世は体操の強化指定選手だったんだよっ!」
そうだ、彼女は体操部のエースだった。そして瞬く間に三人の男たちを薙ぎ倒して一息ふう、とつく。
「よかったわ、勘が鈍ってなくて。護身術も習っていたことが転生先で役に立つなんて、って感じだけど」
凄いな。陽キャって本当に何でも出来るんだな。成績優秀で戦闘能力高くて……っていうか陽キャ属性ってだけで前世ではチート能力だったから、それを現世でもしっかり受け継がれているものなのだろうか。
「……ねえ、ちょっと待って。一人、見慣れた顔がある」
と言われたので、顔を覗きこむ。確かに一人だけ前世で会ったことがあるっぽい人が居る。名前までは思い出せないが……
「高岸くん、高岸くんよね」
と、グロリアが頬をペチペチする。思い出した。こいつは高岸春斗だ。野球部の絶対的エースで二刀流。一年生ながら野球弱小高だった母校を夏の予選大会で準優勝にまで導き、U-16入りまで果たした有望選手。しかも成績優秀で常に女子たちの羨望の的だった。故に取り巻きも多く、桜庭莉愛と双璧を為す陽キャ中の陽キャ━━━しかし、それなのにこの世界で奴隷身分として生まれるなんて……グロリアの悪役令嬢属性といい、前世で陽キャだった人間ほど冷遇されるなんて。流石に陽キャが何をしたって言うんだ、とツッコミたくなるレベルだ。
「いてて……た、高岸……?」
と、目を覚ました高岸は最初は「何言ってんだこいつ」みたいな表情を浮かべたが、直ぐ様ハッとした表情を浮かべて、
「━━━桜庭!? 一体これはどういうことなんだ……?」
やっと前世の記憶を取り戻したようだ。恐らく彼もこの世界のお決まり事は知らないだろう。なにせ朝から晩まで野球漬け、おまけに成績から勉学にも勤しんでいただろうから、異世界転生なんて━━━
「ああ、なろう系とか異世界転生、ってやつ? 『リゼロ』とか『転スラ』とか『無職転生』とか━━━で、俺は奴隷に、桜庭は『悪役令嬢』に生まれ変わるとか、マジうけるよな」
こ、こいつ……ッ! なろう系とか異世界転生を熟知している上に悪役令嬢ジャンルまで攻略済みだと……!? 陽キャの守備範囲内のサブカルは精々『ONE PIECE』か『鬼滅の刃』か『呪術廻戦』くらいの筈じゃないのか!?
「なんか、なろう系とかって色々言われてるけどあれ読んでみたら結構面白いよな」
「そうなの? 高岸くんが言うならあたしも前世で読んでおけばよかった━━━」
くっ……ただの成績優秀な野球バカってわけじゃなく、サブカルにも理解がある、となればもう非の打ち所がないじゃないか……ッ! こんなヤツ、奴隷にでも生まれ変わらせないと整合性が取れない!
「でも俺、やっと来島と話が出来てよかったなーって思ってるよ。ほら、いつも何考えてるかわかんないから、少しでも解りたいっていうか、仲良くなりたいなー、って……変かな? ごめん」
……おかしい。俺にはBL属性が無いはずなのに、そんな奴隷の身なりでキラキラしたような事を言われると……こいつはスポーツ、勉学、サブカルだけでなく、俺まで攻略しようという魂胆か? ふん。たとえBL展開になったとしても、こいつにだけは操をやるまい……仲良くしてやるくらいならいいけど。
「ちなみに俺はこの世界だとハルって呼ばれてるから、この世界でもそう呼んでくれ、な?」
「わかったわ。ハル」
「…………ハル」
「サトリ、ちゃんと少しずつ人に慣れていってるね、えらいえらい」
━━━というやりとりから一年も立たずに俺とグロリアとハルが中心になって電話通信事業を開始させた。やはり遠く離れた場所から人の声が届く、という技術はこの世界では画期的にうつり、あっという間にウィングレスタのみならず他国にまで広まり、その特許を所有するウィングレスタは瞬く間に財政が黒字になった。その電話交換手として多くの奴隷身分の人間が雇われ、グロリアはこれを機に奴隷身分撤廃を王室に提言し、奴隷解放を宣言。こうしてグロリアは民衆の敵から一気に名君として名を轟かせ、悪役令嬢フラグを完全にへし折った。
これでこやつらとは関わりを持つことはもうない……だろうと思っていた━━━のだが……