第94話:ナディアとティルーの戦い①(三人称視点)
ノエルがブラッディと斬り結んだ、ちょうどその頃。
ナディアとティルーが追いかけた少年の姿が、ドラゴニュートに変容したところだった。
予想もしない光景に、二人は驚きながらも警戒心を強める。
「まさか、人間の子どもがドラゴニュートだったなんて……。すごく足が速いからおかしいと思ったけど」
「気をつけてください、ナディアさん。彼らは個々に、魔性と呼ばれる特別な性質の魔力を持つそうです」
二人が戦闘態勢を取る中、男ドラゴニュートは空中から双刃槍――石突きの部分にも刃がついた槍――を生み出した。
刃の色は鱗と同じように、片方は赤色でもう片方は青色だった。
ナディアは剣を握る手が自然と強くなる。
「あれはたしか、魔力兵装って武器だよね。初めて見たけどすごい硬そう」
「ええ、相当の魔力が込められていることがわかります」
ナディアもティルーも、この敵は一筋縄ではいかぬことを実感する。
そのような二人に、男ドラゴニュートは双刃槍を構え端的に言った。
『俺の名はコントラス。対照的な色の鱗を持つことから、師にそう名付けられた。この魔力兵装も師の指導によるものだ。貴様らはまだ名乗らなくていい。いつも、死ぬ間際に聞くことにしている』
「……私たちは死なないよ!」
「倒されるのはあなたです!」
勝つことを確信しているような物言いに、ナディアとティルーは強気で返す。
三者が同時に動き出し、戦闘が始まった。
ナディアが白兵戦を仕掛け、ティルーが魔法で援護する作戦だ。
猫人族の俊敏性を活かした懐に飛び込む細かい剣術は、双刃槍のリーチを潰す。
コントラスは初めて戦う剣術であり、大いに興味を惹かれた。
『なかなかに面白い動きをする。斬撃を散らすような剣の使い方がうまい。だが、俺の身体を傷つけるには力が足りないな』
「やってみなきゃわからないでしょ! ……っ!」
防戦一方のコントラスは不意に下方から双刃槍を掬い上げ、ナディアの身体を真っ二つにせんと迫る。
直撃する一振りをナディアは受け止めるが、威力のあまり宙に浮かんだ。
いや、浮かばされた。
コントラスが身動きの取れぬ空中に追撃する瞬間、ティルーが狙い澄ましたように水魔法を発動した。
「《ウォーター・レイ》!」
閃光のように圧縮された水が一直線にコントラスを狙う。
かなり出が速い魔法だったものの、双刃槍の穂先で軽快に防御された。
わずかに凹んだだけの穂先を見て、ティルーの額に汗が一滴流れる。
(私の魔法の中でもかなりの突破力を誇るのに、完全に防がれるとは……。想像以上に魔力の密度が高いようですね。でも、攻撃を止めるつもりはありません!)
ティルーはさらに水魔法でコントラスを攻撃し、地面に降り立ったナディアは即座に間合いを詰める。
二人の攻撃を捌きながら、コントラスは気分が昂ぶった。
『援護に努める、あの女ウンディーネ。あやつが放つ水魔法の正確性も素晴らしい。貴様に当たらぬよう、射線が工夫されている。どうやら、相当に連携の経験を積んできたようだ』
「そうだよ! 私たちはずっと一緒に旅してきたんだから!」
ともに過ごした旅の経験を経て、言葉を交わさずとも互いの連携は絶妙なコンビネーションを誇る。
ナディアは無駄なく振るわれる双刃槍を掻り、ほんのわずかな隙を見つけた。
「……ここ!」
斬撃はコントラスの右肩に直撃したが、重い金属音とともに弾き返される。
(くっ……かなり硬いっ! 切り裂くにはもっと力が必要だ……!)
手にじんわりと響く痺れから、今まで斬ったどんな物より硬いことがわかる。
元々、ドラゴニュート自体鱗が硬い種族で、その中でもコントラスは随一の硬度を誇った。
『速度はあっても力がないのでは、厳しい戦いになりそうだな』
「っ……! 戦いは力だけじゃ決まらない……!」
『ふむ、そうか』
コントラスは鱗を突破されることはないと確信を持ち、防御に回していた意識を攻撃に回す。
――多少の斬撃を喰らっても鱗で防げばいい。目には注意が必要だが。
いつの間にか、ナディアは双刃槍が最大限に機能するリーチに押しやられていた。
(このままじゃ攻撃できない。また間合いを詰めないと……っ!)
双刃槍の赤い穂先が首を狙う。
咄嗟にナディアが避けると、穂先から赤い色の斬撃波が放たれ後方のティルーを襲った。
(同時に私まで狙ってくるなんて……うぐっ!)
ティルーは水の防壁を生み出して防御するものの、《斬撃破》は突破して彼女を傷つける。
「ティルー、大丈夫!?」
「問題ありません! 狙われるのなら、移動して攻撃します……《ウェーブ》!」
足下に小さな水の波を生み出すことで、ティルーは素早く移動する。
コントラスの《斬撃破》は空振りするが、後方に広がる森の木を簡単に切断した。
(とても鋭い切れ味です。直撃だけは避けなければ……!)
ティルーが懸命に援護する中、ふとナディアは小さな疑問を感じた。
(さっきから、私は青い穂先で攻撃して、ティルーは赤い穂先で攻撃してない?)
一段と注意深く双刃槍の軌道を確認すると、その疑問は正しかったとわかる。
なぜかコントラスは、ナディアには青の穂先、ティルーには赤の穂先で斬りかかっていた。
(どうして、そんなことをするの……? これも立ち回り? だとしたら、ずいぶんと窮屈な感じがするけど……)
もう少し思索を巡らせれば何か閃きそうだが、狭い来る斬撃に思考を邪魔される。
さらに数回ほど戦闘の応酬を繰り返した後、コントラスはぽつりと呟いた。
『……そろそろ頃合いか』
その呟きとともに、突然、コントラスの移動速度が急上昇した。
(えっ……!)
予期せぬ異変にナディアは驚愕を禁じ得ない。
足運びは元より双刃槍の扱いも、特に下から振り上げる動作が格段に速くなった。
確実に、先ほどまでの3倍はある。
「なんで……急にこんな速く……!」
『さぁ、どうだろうな』
防御の手が回らず、ナディアの身体には徐々に深い傷が生まれゆく。
それでも決して視ることは止めず、コントラスの動きに特徴的な点を感じ取った。
(ただ速く動いているんじゃない! なんというか……短い急加速を繰り返しているような……!)
懸命に戦う仲間をティルーは必死に援護するが、有効的なダメージを与えられないでいた。
(速すぎて魔法が当たりません!)
彼女ーの魔法は発動速度がかなり速いものの、コントラスのスピードはその上をいくのだ。
(このままじゃ、ナディアさんが……そうだ!)
「《アドヒージョン》!」
ナディアがジャンプして双刃槍を回避した瞬間を狙い、コントラスの足下に粘着性の水を展開した。
軽快に動いていたコントラスの動きが固まったように止まる。
『チッ、ウンディーネの魔法か』
「ナディアさん、一度こちらに!」
「わかった!」
ナディアは即座に戦線を離脱し、ティルーの元に合流する。
「ありがとう、ティルー! 助かったよ!」
「ああ、こんなに傷だらけに……! 水の膜を張って止血します! 《アクア・メンブレン》!」
ナディアの傷の表面を水で覆い、血を止める。
応急処置が済んだとき、コントラスもまた《アドヒージョン》を突破した。
双刃槍を器用に振りながら近づく彼に、ナディアとティルーは体勢を立て直す。
「ティルーもわかっていると思うけど、あいつすごく速くなった。魔法でも使ったのかな」
「それにしては魔法を発動した様子がありませんでした。もしかしたら、魔性に関わる現象かもしれません」
思索を巡らす二人を見て、コントラスはくすりと笑う。
『貴様らに忠告を一つやろう。互いにあまり近寄らないことを薦める』
直後、ナディアとティルーの身体が振るえたかと思うと、激しく衝突した。
見えない手で抑えつけられているかのように、ギリギリと押される。
「な、なんで!?」
「いったい、何が起きたのです……!」
混乱する様子に、コントラスは不敵に笑うだけだ。
何をされたかはわからぬが、この状況を打破しなければ確実に殺されるとナディアもティルーも思う。
(絶対に何か仕掛けがある! 今までの戦いにヒントがあるはず!)
(考えるのは止めてはダメです! 最後まで諦めては……!)
二人は手掛かりを見つけ出そうと懸命に思案する。
コントラスの不可解な急加速の方式や、魔法の発動は確認できなかったこと、穂先の色を固定して攻撃してきたこと、そしてドラゴニュートの持つ魔性……。
この戦いで見て感じたことが思い出され、ナディアとティルーは同時に気付いた。
「「これは……磁石!?」」
二人が導き出した答えを聞き、コントラスは感心した表情を浮かべる。
『ご名答、よく気付いたな。俺の魔力は磁性を持つ。貴様らの身体に、それぞれ青と赤の磁性を宿したのだ。異なる色は互いに引き合い、同じ色は反発する』
「今の私たちは引き合ってしまっている、ということですね! じゃあ、あなたがあれほど素早く動けたのは……」
『戦いながら、俺は足を介して自分の魔力を地面に付与した。まぁ、貴様らには色など見えないだろうがな』
コントラスの目には、地面に青と赤の斑点模様が浮かんでいる。
磁性を持った場所だ。
この魔力の色は彼にしか視認できず、ナディアとティルーには普通の地面にしか見えていない。
ナディアは磁力に抗いながら、コントラスの説明を補足する。
「あなたは足の磁性を自由に切り替えられるんだね。吸引と反発をうまく使ったから、小さな急加速を繰り返しているように見えたんだ。槍の振り上げ動作だけ加速したのも、穂先と地面の磁性が反応したから」
『それもご名答。とはいえ、種明かししたところで状況は何も変わらない。では、確実に葬ることとしよう。二人仲良く一緒にな』




