第91話:”星詠神殿”
ヴァルメルシュから五日ほど歩き、俺たちはとうとう"星詠神殿"に到着した。
森の中にある石造りの巨大な建造物だ。
ルトロイヤ教会は意匠が細かく芸術的な側面もあったが、この"星詠神殿"は余計な装飾は少なく質実剛健な雰囲気が強い。
祈祷だけに集中できるよう、無駄を省いたのだろう。
王都は平坦な場所にあるので、元々人が集まりやすかった。
結果、国が発展するにつれ芸術にうるさい貴族が多数住み、教会にも芸術性が求められたのだろう。
一方、ニクス山の周囲は深い谷があったり道が険しいなど、人の往来が発展せず、機能美だけを追及する建築様式になった、と様々な文献で推測されちえる。
モンスターに襲撃されたという事情があるからか、神殿を包む空気はどことなく重苦しかった。
神殿の前には白い広場があり、像も何もない閑散とした雰囲気がさらに重苦しさを増すようだ。
見渡す限り、モンスターの姿は確認できない。
神殿の中に潜んでいると考え、俺たちは歩を進める。
不意に、ナディアが広場の一角を指した。
「あっ、あそこの地面を見て。なんだか傷だらけになって汚れているよ」
広場の一部、森に近い場所には無数の傷が刻まれ、表面が焦げた箇所も見える。
近くにいって確認したら、破壊された武器と思われる欠片も散らばっており、激しい戦闘の痕だとわかった。
「修道士が襲撃してきた剣士モンスターに抵抗した痕跡か? ……いや、傷はだいぶ新しいようだ。ということは、誰かがここに訪れモンスターと戦った……?」
「その可能性はありそうですね。セドリックさんから事情を聞かなくても、流れの冒険者が偶然遭遇したとか……。いや、ちょっと待ってください。この汚れは……人間の血です!」
「人間の血ぃ!?」
ティルーが焦げ部分とは別の汚れを指した瞬間、ナディアは恐怖で竦み上がった。
……血か。
焦燥感を覚えた俺は、ノエルと一緒に詳しく調査する。
「推測するに、だいぶ出血量が多いな。ノエルはどう思う?」
「おそらく、人体の重要臓器を損傷した可能性が高い。心臓付近を損傷したか……もしくは首を斬られたか。いずれにせよ、かなりの重傷だ」
「……やはり、そうか。だとすると、散らばった破片はその人間の武器かもしれない。もし、モンスターの……デュラハン卿の返り討ちにあったとしたら……」
名も知れぬ冒険者の行く末に、俺たちを包む空気は重くなる。
そんな空気を消し飛ばすように、ナディアが力強く告げた。
「じゃあ、すぐ倒しに行かなきゃ! その人だって、うまく逃げられたかもしれないよ!」
「……ああ、行こう! まだこの神殿を根城にしていると考えて間違いはないだろう」
走り出そうとした瞬間。
神殿の入り口から二人の子どもが飛び出した。
「助けて! 誰か助けて!」
「モンスターが……モンスターが……!」
神殿に隠れていた、子どもの修道士か!?
彼らの後ろには二体の狼型モンスター――Cランクの森林ウルフが迫っており、今にも追いつかれそうだ。
すかさず、俺は出の早い魔法を森林ウルフに放つ。
「《フレイム・アロー》!」
『『ガアアアアッ!』』
炎の矢は森林ウルフに直撃し、瞬く間にその身体を燃え上がらさせる。
安全を確保したところで、大声を上げて子どもたちに呼びかける。
「モンスターは倒したぞ! もう大丈夫だ、こっちに来い!」
「「怖いよ、助けて!」」
子どもたちは焦燥感で周りが見えないのか神殿を出てすぐ左に曲がり、森の中に逃げ込んでしまった。
まずい、この森の深い場所には大型のBランクモンスター、パワーベアが棲息する。
俺が追う前に、ナディア、ティルー、ノエルの三人が駆け出した。
「あの二人は私たちが追いかける!」
「また別のモンスターに襲われ得たら大変です!」
「アスカ、単独行動はするなよ!」
彼女たちが森に消えた直後、俺は神殿の中から発せられる強い殺気を感じ取った。
並大抵のモンスターや敵からは感じられない、濃密で重い殺気を……。
どす黒いオーラが見えるようだ。
……間違いなく、デュラハン卿がいる。
ノエルには単独行動するな、と言われたが、このまま放っておくわけにはいかない。
俺は一呼吸吐いた後、ゆっくりと神殿に向かう。
神殿の中は外観と同じく装飾は少なく、石材の持つ冷えた空気が肌に張り付いた。
不気味なほど静かで、侵入者を阻む罠の類いは何もない。
通路を進むと、広い聖堂に着いた。
白い壁や床は清廉潔白な印象を強める一方、中央奥にある祭壇の前。
そこに座った漆黒の鎧を、さらに歪に際立たせる。
……魔族四皇、デュラハン卿だ。
祭壇の上には、不気味なことに人間の首がいくつも置かれる。
デュラハン卿は俺の姿を確認すると、ゆらりと立ち上がった。
『よく来たな。其方も子どもを追いかけてしまわないかと不安だったぞ。アスカ・サザーランド』
面識はないはずだが、デュラハン卿は俺の名を知っていた。
おそらく、モンスターの中で独自の情報網があるのだろう。
そして今の発言から、先ほどの一件にはこいつが関わっていることが明らかとなった。
「神殿から逃げた子どもたちは、お前がモンスターに襲わせたのか?」
『いや、違う。あの子どもは、どちらも我の部下が化けた姿だ。我らは人間の姿になれる魔導具を所持していてな。有効活用させてもらった。我が其方と一対一で戦うために、な』
なるほど、俺を孤立させるため側近を人間に化けさせたのか。
だから、呼びかけても無視したのだ。
淡々と思う俺に、デュラハン卿は感心した声音で話す。
『ずいぶんと落ち着いているじゃないか。仲間が誘導されて焦ると思ったが……。言っておくが、我の部下はどちらも相当な剣術の使い手だ。その辺りの人間では傷一つつけられないだろう……何がおかしい』
デュラハン卿の話を聞いていると、自然と笑みが零れてしまった。
なぜなら……。
「言っておくが、俺の仲間はみな相当に強い。その辺りのモンスターでは傷一つつけられないくらいな」
『……ふむ、面白い。さすがは、あのアスカ・サザーランドの仲間というわけか。さて、もう御託はいいだろう。我は早く其方と切り結びたい』
デュラハン卿が空中に手を翳すと、漆黒の剣が出現した。
魔力で生成された武器――魔力兵装だ。
かなりの質量を感じる。
魔力で何かしらの武器を作るには、相当の技術と魔力量が必要だ。
ここまでの精度と安定性は俺も初めて見た。
『それにしても、アスカ・サザーランドとは良い名だ。何度も呼びたくなってしまう』
「まさか、モンスターに名を褒められるとはな。祭壇の上にある首は……お前が殺した人間か?」
『ああ、そうだ。我は強者の首を集めるのが好きなのだよ。自分の強さと努力の正しさを再確認できる。今一番欲しいのは……お前の首だ』
デュラハン卿は魔力兵装の剣を構える。
広場にいた傷跡の主も、あの首の中にいるのかもしれない。
挑んでは敗北した強者や猛者の無念が手に取れるようだ。
俺もまた剣を引き抜き、構える。
聖堂の空気が研ぎ澄まされ、肌が自然と切れそうにはるほど凜と張り詰めた。
『バンパイア伯爵にリッチーロード……強者を屠ったその実力、我に見せてくれ!』
今ここに、魔族四皇の一角――デュラハン卿との戦いが始まった。




