第89話:交易都市から神殿へ
数十分も経たぬうち準備は終わり、いよいよヴァルメルシュを出発するときが来た。
見送りはいらないと言ったが、ファブリスや街の住民、セドリックたち"星詠神殿"の修道士まで多数の人が町口に集まっていた。
大神官がセドリックとともに一歩前に出て、俺の手を力強く握る。
「アスカ様、どうか私たちの神殿を解放してください。みなさまなら、どれほど危険なモンスターでも倒せるはずです。頼んでばかりで申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。元々、デュラハン卿を倒すつもりだったし、俺は冒険者で四聖だ。困っている人がいたら、むしろ助けたいさ」
"星詠神殿"の修道士たちは、しばらくヴァルメルシュに残ることになった。
彼らのためにも、早急に神殿を解放したい。
最後の別れを交わし、俺とナディア、ティルーにノエルは旅立つ。
たちまち、街からは大歓声が沸いた。
「みなさま、お元気でー! お会いできたこと、とても光栄に思います!」
「これまでの冒険のお話も聞かせていただいてありがとうございました! 魔族四皇との戦い、手に汗握るようでした!」
「どうか神のご加護がありますように! アスカ様たちが無事に帰ってこられるよう、毎日祈りを捧げます!」
ヴァルメルシュの人々は俺たちが森に入るまで、ずっと手を振ってくれていた。
森の中は小鳥が囀り、吹き抜ける風は爽やかだ。
発展した街にいたからか、久し振りの自然を感じる。
長閑な雰囲気が漂う中、ナディアとティルーが残念そうな口調で話す。
「セドリックたちが解放されたのはよかったけど、もっとオークションに参加したかったなぁ。結局、あのお財布は買えなかったし……。また似たようなのが売っているといいけど」
「そうですね。私もあのコップが買えなかったことだけが心残りです。意匠も重さもすごく気に入ったのですが」
"違法競売"の件があり、ナディアとティルーは目当ての品――財布とコップが購入できなかったことを悔やむ。
ヴァルメルシュの"一般競売"には、王国各地の品が集まる。
中にはこの日のために作った一点物も多く、またどこかで出会えるかはわからない。
俺はノエルと顔を見合わせると、互いに小さな小包を取り出した。
「実は、俺たちから二人に渡す物がある。ナディア、受け取ってくれ」
「私からはティルーに」
「渡す物? ありがとう、アスカ」
「ありがとうございます。なんでしょうね」
二人は不思議そうに開けるや否や、たちまち満面の笑みとなった。
「あのお財布だー!」
「あのコップです!」
小包の中身は、猫を模した財布と美しい青色のガラスだ。
ナディアとティルーは興奮冷めやらぬ様子で喜びを露わにする。
「え、どうして!? もしかして、買っておいてくれたの!?」
「もう二度とお目にかかれないと思っていたのですごく嬉しいです!」
予想以上にとても喜んでくれており、贈った側としても至極嬉しい気持ちになった。
「間を見て、俺たちは内緒であの店に行ったんだ。二人とも欲しがっていただろう? せっかくオークションに来て、何も買わないというのも寂しいじゃないか」
「私たちで店主に交渉したところ、街を救ってくれたお礼ということで特別に譲ってくれたぞ。……相場より安くな」
「「……ありがとう(ございます)! 二人とも!」」
この旅は"魔王"を倒すための冒険だが、なるべく楽しい旅にもしたい。
三人と一緒に旅をして、そう思うようになったんだ。
改めて、俺たちは力強く足を踏み出す。
目指すは東に聳えるニクス山の麓にある、"星詠神殿"だ。




