第88話:報酬
"違法競売"を壊滅させた、数日後。
俺たち四人はヴァルメルシュの市庁舎を訪れた。
今回の件で、市長が感謝したいという話だった。
執務室に入ると、小太りな品の良い男が出迎えてくれた。
「よくぞお越しくださいました。私は市長を務めております、ファブリスと申します。今回の件では、いったいどれほど謝罪すればよいのか……」
ファブリスは弟であるジェロームの面影が感じられるが、彼よりもずっと温和で人の良い
男だった。
「俺はアスカ・サザーランドだ」
「ナディアだよ」
「ティルーと言います」
「ノエル・ダレンハート」
互いに握手を交わし、名を名乗る。
革製のソファに座るよう促され、俺たちは着席する。
開口一番、ファブリスは丁寧に頭を下げた。
「この度の件では、皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。オークションの陰で行われていた"違法競売"の壊滅をしてくださり、感謝の言葉もありません。ヴァルメルシュを代表して、深く感謝いたします」
「いや、俺たちも奴隷として捕まった修道士を解放できてよかったよ。でなければ、今頃みんなどうなっていたかわからない」
修道会の騎士から伝令が届いたが、奴隷商人もジェロームも無事に監獄に連行されたようだ。
モンスターも順調に解放の準備が進んでいるとも話していた。
ファブリスは力ない様子で、今回の件について背景を説明する。
「昔から市政は私、オークションの運営はジェロームで役割分担してきました。まさか、弟が裏で奴隷やモンスターの"違法競売"に手を染めていたなんて……」
ファブリスは頭を抱えながら話す。
街の地下で行われていた"違法競売"。
実の弟が首謀者だったことに、彼自身強いショックを受けていた。
会場として使われたあの地下空間は、元はヴァルメルシュの設立に合わせて作られた交易品の保管庫だったらしい。
広さと地下にあるという立地から、ジェロームの計画に使われることになってしまった。
現在、"特別競売"は休止中で、街の一般競売も同様だ。
平時なら窓ガラスを通して喧噪が聞こえるだろうが、今は何も聞こえない。
外の状況も相まってか、執務室の空気は物寂しかった。
「これも全て、ジェロームに任せた私のせいです。昨年頃から様子がおかしいとは思っていましたが……。オークション用の倉庫を整備すると言って北の倉庫街に人を集めたのも、今思えば"違法競売"の会場を整備するためだったのでしょう。……諸々落ち着いたら、市長の職を辞そうと思っています」
オークションの運営は、彼がジェロームに頼んだ。
もちろん、"違法競売"の運営にファブリスはまったく関わっていないわけだが、道義的責任を感じているようで意気消沈とする。
そんなことをする必要はないのだと、俺とナディアはファブリスを励ます。
「その点については、あまり気にしなくていいんじゃないか?」
「そうだよ。街の人たちだって、ファブリスさんに市長を止めてほしくないんでしょ?」
この数日、ヴァルメルシュの住民が主張したのは市長辞職の反対だ。
"違法競売"を主催したのは、あくまでもジェローム。
オークション全体の運営を委任はしたが、ファブリスもまた被害者なのだ。
「今後は"違法競売"なんて起こそうと思わないほど、街全体の管理をしっかりやればいいさ。住民の信頼を損なわないよう、これからも頑張ることが重要だと俺は思うがな」
「……アスカ様」
ファブリスの目にじんわりと涙が浮かぶ。
彼はハンカチで軽く目を拭くと、気を取り直して話し出す。
「さて、今日はアスカ様たちとお話ししたいという人が来ています。彼らの話を聞いてくださいますか?」
「ああ、もちろんだ」
ファブリスが扉に向かって「どうぞ」と言うと、二人の男性――セドリックと"星詠神殿"の大神官が室内に案内された。
二人とも顔色はよく、もうすっかり体力気力が回復したのだとわかる。
「改めまして、"星詠神殿"を代表してアスカ様方には強く感謝させていただきます。おかげさまで、奴隷として捕まった修道士は全員救われました。怪我もアスカ様の魔法で治していただいたので、まさしくあなたは命の恩人でございます。ところで……」
大神官はそこで言葉を切り、セドリックと顔を見合わせた。
ひと息吐くと、緊張した面持ちで切り出す。
「セドリックから、アスカ様たちはデュラハン卿の行方を追っていると聞きました。……実は、私たちの神殿を襲ったモンスターがその手下かもしれないのです」
二人の言葉に室内の緊張感が高まる。
「……詳しく教えてくれるか?」
「神殿が襲われたのは、およそ三週間前です。祈りを捧げていたところ、突然二体の剣を扱うモンスターが襲撃してきました。僕たちの力では抵抗することもできず、逃げるので精一杯でした。避難する最中、首のない漆黒の鎧が神殿に入っていくのを見たんです」
首のない漆黒の鎧。
デュラハン卿の外見そのものだ。
セドリックの話を聞き、俺の脳裏にまた別の情報が思い浮かぶ。
「……なるほど。だとすると、その剣使いのモンスターは側近の可能性もありそうだな」
「王立図書館の資料にも、側近がいるって書いてあったよね」
デュラハン卿には、その剣技を直伝した二体の部下モンスターがいる。
いずれも剣術に優れるだけでなく、人語を解する高度な知能も持つ。
今まで、数多の猛者が挑んでは斬り伏せられたと聞いた。
モンスターの群れを扱ったヴァンパイア伯爵、人間を利用したリッチーロード……その二体とはまた違った系統の敵だ。
「俺たちの目的地が決まったな。さっそく、準備を整えて"星詠神殿"に行こう」
「そうだね。こうしちゃいられないよ」
「一刻も早く倒しに行きましょう。たくさんの方々が恐れ、困っているはずです」
「観光気分はヴァルメルシュまでというわけか。みんな、忘れ物するなよ」
すぐに向かうことが決まりソファから立ち上がると、ファブリスが慌てて俺たちを引き留めた。
「お、お待ちください、アスカ様! 今夜、街を上げての宴を開いておもてなしをしようと思っていたのですが……。"星詠神殿"には、明日行かれてはいかがでしょうか」
"違法競売"を壊滅させた件は住民たちにも伝わっており、街を歩く度そのような話をされた。
宴をしたいと言ってくれるのはありがたい。
一方で、俺たちには重要な任務があった。
――魔族四皇のデュラハン卿を倒すこと。
俺は三人の仲間を見る。
言葉を交わさずともナディアたちの思いが伝わり、俺は丁重に断った。
「せっかくだが、宴は遠慮する。今こうしている間にも、俺たちの探す敵――デュラハン卿に襲われている人間がいるかもしれない」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。私たちは体力も魔力もすっかり回復したから」
「お心遣いだけで嬉しいです。街のみなさんは一刻も早いオークションの再開を望んでいるはずですから、そちらに注力してください」
「神殿だって、少しでも早く解放した方がいいだろう。修道会の騎士としても、早急に討伐したいんだ」
今このタイミングを逃したら、もう手掛かりは手に入らないかもしれない。
それに、"星詠神殿"は国にとっても重要な場所だ。
たとえデュラハン卿じゃなかったとしても、占領した剣士モンスターは倒す必要がある。
そのような旨も伝えるとファブリスは納得したものの、褒美は渡したいと話す。
「で、でしたら、せめて報酬を渡させてください! 何もなしというわけにはさすがにまいりませんので! 何がよろしいでしょう? 金貨や宝石、異国の貴重な品など叶えられるだけの謝礼をご用意させていただきます!」
……報酬か。
これもまた、話さずとも俺たち四人の意見は合致していた。
俺はファブリスに申し出る。
「だったら……一人当たり金貨五枚、貰えるか?」




