第86話:戦闘
◆◆◆(三人称視点)
傭兵の数はおよそ三十人、モンスターは半数の十五体ほどだ。
まず、最初に敵と対峙したのはアスカで、その相手は先ほどの鉄甲男――ヨアンだった。
「さっきは手加減しちまったが、今度は最初から本気で行くぜ! 《パワー・ナックル》!」
ヨアンの鉄甲を分厚い魔力が覆い、より大きな拳に変貌する。
威力を何倍にもする魔法であり、その強烈な一撃で数多の騎士を倒してきた。
一方のアスカもまた、剣に魔力を集める。
躱すことなく、むしろ正面から叩きつけた。
「《ブレイク・ストライク》!」
力と力がぶつかった直後、ヨアンの全身は巨大な岩で殴られたような衝撃に襲われた。
瞬く間に、自慢の鉄甲は砕ける。
立っていることさえできず、力なく崩れ落ちた。
「お、俺が力で負けるなんて……っ」
一撃で倒されたヨアンに仲間の奴隷商人は怯んだが、すぐにアスカに襲い掛かった。
「調子に乗るんじゃねえ、クソガキ!」
「四聖だろうが何だろうが、この人数で勝てると思うな!」
「死体を競売にかけてやるよ!」
長剣、斧、メイス。
三種類の得物が同時に振り下ろされ、突き出される。
いずれも頭や首、心臓など急所を確実に狙った一撃だ。
アスカは全ての軌道を見切り、間隙を縫うようにカウンターの剣技を振るう。
「《三連星》」
「「……は?」」
奴隷商人たちは一瞬で全身を斬られ、何が起きたかもわからず気絶した。
濃い灰色の体毛をした狼型のCランクモンスター――ヘルウルフが二体、大口を開けてアスカに噛みつこうとした。
アスカは今度は飛んで躱し、すれ違いざまに基礎的な雷魔法を発動する。
「《パラライズ》」
『『ガァッ!』』
全身に電撃が走ったヘルウルフは倒れ、痺れては痙攣する。
封殺したアスカは仲間に呼びかけた。
「みんな、モンスターは殺さずに倒そう! 彼らはジェロームに操られているだけだ!」
呼びかけに、ナディア、ティルー、ノエルは戦いながら頷く。
(ここにいるモンスターたちは、人間に無理やり捕まった個体ばかりだ。さらには、ジェロームの使役魔法で一種の洗脳にある)
本来なら、人間を襲わず静かに暮らしていたかもしれない。
故に、アスカたち四人はいたずらに殺さずに戦うことを決意したのだ。
乱闘の中、ナディアの戦闘場所では奴隷商人たちの悔しげな声が上がっていた。
「クソッ、攻撃が当たらねえ! なんて速さだ!」
「ちくしょう、また見失った! モンスターの陰に隠れてやがる!」
「モンスターは絶対に傷つけるなよ! 売値が下がるぞ!」
ナディアは素早く動き、奴隷商人を翻弄する。
人もモンスターも入り乱れる状況が、さらに彼女を有利にした。
使役されたモンスターは、考えもなくただ単純にナディアに襲い掛かるだけ。
よく観察して攻撃パターンも読み解き、逆に身を潜める手段に使った。
巨体の種族もいるので、小さな身体はうまく隠せられる。
反面、奴隷商人たちにとっては大事な商品なので、モンスターを傷つけることはできない。 奴隷商人はナディアの姿を確認することもなく、次々と急所に峰打ちを喰らって倒された。
「人もモンスターも奴隷にするなんて、絶対に許さないよ!」
ティルーはすでに敵対する奴隷商人を倒しており、大型の猪モンスター――グロウボアと対峙していた。
ランクはB。
頑強な牙と勢いのある突進力で、あらゆる敵を倒す強力なモンスターだ。
一方、温厚な性格としても知られ、基本的にこちらから攻撃しなければ何もしてこない。
そのようなグロウボアは、使役魔法の影響によりティルーに激しく突進した。
迎え撃つティルーは、落ち着いた様子で魔力を練り上げる。
「苦しいのはほんの一瞬だけですからね……《アクア・バインド》!」
『ギィッ!』
グロウボアの足下から水の縄が何本も生み出され、瞬く間に巨体を縛り上げる。
強い力で拘束されたグロウボアは気絶し、力なく横たわった。
また別の場所では、ノエルが縦横無尽の活躍を見せている。
多数の奴隷商人による攻撃を必要最小限の動きで凌いでは倒し、相手の顔をじっくりと観察する余裕さえあった。
「Cランク手配にBランク手配……そっちの双剣はヨアンと同じAランク手配か。修道会の喜びそうな人間ばかりだな」
「「こ、この女強いぞ! 連携しろ! 前衛と後衛に分かれろ!」」
奴隷商人たちは体勢を変えるが、ノエルは一瞬の隙を逃さず集団の中に踏み込んだ。
「まだまだ練度が足りん。一から出直しが必要だ……《撃滅》!」
「「ぐあああっ!」」
ノエルの剣から魔力の波動が放たれ、奴隷商人たちは吹き飛ぶ。
アスカたち四人の戦いぶりを目の当たりにして、ジェロームの心には焦りが生まれ始めた。
(ま、まずいぞ。まさか、これほど強いとは思わなかった。これが四聖とSランク冒険者たちの実力……。このままじゃ奴隷の売買も中止にされる……いや、それ以上にまずいのは、私が拘束されてしまうことだ!)
おそらく監獄行きは免れない。
傭兵上がりの奴隷商人は、ヨアンのように名の知れた猛者ばかりだ。
地上のオークションに配置した傭兵よりずっと強い。
モンスターだってどれも選りすぐりの種族で、Aランクまで用意した。
それなのに、アスカたちは無傷だ。
しかも、殺すより難しい気絶で全て倒しているのだから、相当な実力なのは間違いなかった。
冷や汗の止まらぬジェロームが、自分だけ脱出しようと思ったとき。
戦闘は終息し、アスカの声が室内に響いた。
「……さて、あとはお前だけだな、ジェローム。これで投降する気になったか?」
「うっ……」
アスカたちの周りでは、気絶した奴隷商人やモンスターが床を埋める。
重い静寂が舞い戻る中、ジェロームは最終手段に出た。
競りにかけられていた女の髪を摑み、喉元にナイフを突き付けたのだ。
「こ、これを見ろ、四聖! それ以上動いたら、この女の首を切り落とすぞ!」




