第85話:地下競売
檻の中の奴隷たちからは悲観した呻き声が聞こえ、モンスターたちは怒りや恨みの色が滲む鳴き声を上げる。
地上の明るくて陽気な雰囲気とは、まるで異なる歪な空間だ。
参加者の年齢層は全体的に高く、男性が多い。
みな裕福な身なりをしていることから、貴族や富豪の類いだと容易にわかる。
彼らは奴隷という存在に好意的な考えなのだろう。
全員、この異常な空間を楽しんでおり、慈悲も何もない彼らの反応にも怒りを覚えた。
檻に捕らえられた奴隷が俺たちを見る。
たちまち、彼らは次々と助けを求める声を挙げた。
「お願い、助けて! 私たちを解放して!」
「あんたたちは奴隷商人じゃないよな! 頼む、檻から出してくれ!」
「ここは"違法競売"よ! 奴隷やモンスターを売買してるの! 地上の人たちを呼んで!」
参加者の視線が集まり、同時に傭兵……いや、奴隷商人たちの視線もこちらに向いた。
狼とは違う鷲の紋章が刻まれた装備を身につけていることから、"鋼牙団"とはまた違う一団だと想像つく。
彼らはみな剣や手斧、ハンマーなどの武器を装備する。
視線の鋭さには、俺たち四人に対する苛立ちが感じられた。
大方、仕事の邪魔をされて腹立たしいのだろう。
その内の一人、重々しい鉄甲を装備した大柄の男がこちらに歩いてきた。
「ガキ共、どうやって入ってきた。魔法陣と鋼鉄の扉で封じていたはずだぞ。……チッ、魔法陣の故障か? おい、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。死にたくなかったら、さっさと帰れ。……いや、お前らはもう秘密を知っちまったんだ。生きて帰すわけにはいかねえな」
その姿を見て、ノエルが俺の耳元で話す。
「あの男はAランク手配犯、“鉄甲のヨアン”だ。数年前、あの男をリーダーとする国内の宝物庫を襲う犯罪組織が出現した。相当の力で、十人の騎士を相手に一人で勝ったと聞く。あの男だけ逃げ仰せ修道会はずっと行方を追っていたが、奴隷商人に身を堕としていたようだな」
「なるほど、Aランク手配犯か」
ヨアンは俺の前に来ると、躊躇なく拳を振り上げた。
「商売の邪魔をするんじゃねえ。あの世で後悔しな!」
振りかぶったヨアンの殴打を片手で受け止める。
それなりの力はあるが、今までの強敵たちと比べれば雲泥の差だ。
少しも動かぬ様子に、ヨアンは困惑した表情で動揺する。
「な、んで……動かねえ……っ! 俺の殴打を止めるヤツなんて、今まで一人もいなかったぞ!」
「あいにくと、お前に用はない。ジェロームはどこだ? ここにいるはずだが」
「誰が言うかっ……! このまま死ね……!」
「そうか」
「ぐぁっ……!」
力の加減を変え、ヨアンを奴隷商人たちに放り投げた。
どよめきが広がり、敵の警戒心は強くなる。
奴隷商人たちが追撃に悩む中、今度はノエルが一歩前に歩み出る。
「私は王国騎士修道会の騎士、ノエル・ダレンハートだ。奴隷はそもそも法で禁じられている。無論、モンスターの違法売買もそうだ。参加者を含め、ここにいる全員を拘束する。騎士の援軍も要請済みだ。大人しくしていろ」
ヨアンが殴りかかったときには、すでにティルーが鳥型の水ゴーレムを階段に放っていた。
ヴァルメルシュに到着した援軍の騎士が、この地下空間に辿り着くのは時間の問題だろう。
奴隷商人たちの表情に焦りが見え始めたとき。
聞き覚えのある声が響き、奴隷商人たちは道を開けた。
「これはこれは四聖殿。こんな辺鄙な場所に何用で? 参加したいのなら、特別に飛び入りを許可するが」
現れたのは、シルクハットを被った身なりの良い男だ。
オークションハウスの支配人兼、"特別競売"の主催者。
「やはり、お前が黒幕だったか……ジェローム。俺たちはずっとお前を探していた。今すぐ、このふざけた競売を止めろ。直、修道会の騎士も多数合流する。逃げ場はないぞ」
「ははは、四聖殿に探されるとは光栄の極みだ。残念だが、この競売――地上では"違法競売"と評されるだろうが――を止めるわけにはいかない。こちらにも事情があるんでな」
「……そうか。だったら、実力行使に出るしかないな」
俺たちが戦闘態勢に入ったとき、ジェロームは不敵に笑った。
「さぁて、そううまくいくかな、四聖殿? ……お前たち、仕事だぞ。しっかり働け」
ジェロームが魔力を練り上げると、檻の中のモンスターたちが動きと鳴き声を止めた。
同時に檻が自然に開き、ゆらりと外に出る。
そのまま、モンスターたちは俺たち四人を取り囲んだ。
「アスカ、なんか様子がおかしいよ! あいつ、何したの!」
「人間の言うことを聞くモンスターなんて初めて見ました!」
「二人とも気をつけろ。私たちには普通に襲ってくるぞ」
いずれも目の光が消え、表情が虚ろだ。
ただただジェローム指示を待っている。
どんな類いの魔法が行使されたのか、答えは一つだ。
「これは使役の魔法だな。このモンスターたちは、お前の指示に完全に従う手下というわけか」
「ご名答、さすが四聖殿だ。使役魔法は私の一番得意な魔法でね。正義感に溢れた人間が横やりを入れてきたこんなときのために、モンスターも仕入れておいたのだよ。高値で売れる商品にもなるし、いざというときは用心棒にもなる。……どうだ、私は商売がうまいだろう?」
大量のモンスターという援軍を得て、奴隷商人たちは戦意を取り戻したようだ。
余裕のある笑みを浮かべては、各々の武器を構え直す。
これがこの街における、最後の戦いになりそうだな。
ジェロームは強気の表情で語る。
「四聖にSランク冒険者、ダレンハート公爵家の令嬢……君たちを競りにかけたらいくらで落札されるかな?」
「敵がどれだけいようと関係ない。……俺たちは戦って勝つだけだ」
俺たちは四方向に駆け出す。
今ここに、奴隷の解放を懸けた戦いが始まった。




