第83話:男と話
「ん? あんたはいったい誰だ? 俺たちは急いでいるんだが……」
「すみません、僕は……ゴホッゴホッ!」
かなり衰弱しているのか、男は激しくむせ始めた。
周囲の注目が集まり、邪魔そうな表情を浮かべる通行人もいる。
ナディアたちを見ると、三人ともこくりと頷いた。
何か事情があるようだし、まずは話を聞いてみよう。
俺は男に肩を貸して立ち上がらせる。
「わかった、話を聞くよ。だが、ここじゃ人通りも激しいし、一度路地に入ろう」
大通りには何本もの裏路地が合流しており、そのうちの一本に男とともに移動した。
少し裏手に入っただけで喧噪は小さくなって、閑散とした雰囲気が増す。
男はティルーの渡した水を瞬く間に飲み干すと、息も荒く礼を述べた。
「……とてもおいしいお水をありがとうございました。まるで生き返るようでした。恥ずかしながら、この一週間ほどは飲まず食わずでして……うっ!」
左肩を抑えて、男は呻く。
全身に打撲や擦り傷の後があり、身体が痛むようだ。
俺は手を翳し、魔力を込める。
「何か事情があるようだな。回復魔法を使うからジッとしていてくれ……《ヒール》」
男の全身が淡い緑色の光に包まれ、打撲も傷も消えていく。
疲れ切った青白い顔には赤みが差し、健康的な様相に変わった。
男は感激した様子で俺の手を握る。
「ああ、ありがとうございます。あなた方は命の恩人です。僕はセドリックと言いまして、この街からほど近いニクス山の麓にある"星詠神殿"の修道士です」
「"星詠神殿"? なんかおしゃれな名前だね」
その名の通り、星を詠んで独自の予言を得る神殿で、実態はイセレの神託に近い。
修道会も重要視していた神殿だ……という旨を説明すると、ナディアもティルーも感心した。
互いに簡単な自己紹介を済ませた後、ジャックは拳を震わせながら話を続ける。
「数週間前、神殿が突然二体のモンスターに襲われ、修道士たちは散り散りになって逃げました。すると、モンスターとの関連はわかりませんが、奴隷商人の一団が待ち構えており……修道士はみんな捕まってしまったんです」
「奴隷商人……だと?」
不意に放たれた不穏な言葉に、体温が冷たくなる感覚を覚えた。
オークションにはまったくふさわしくない連中だ。
ナディアたちも同様なのか、表情が一段と厳しくなった。
セドリックは悔しげな様子で歯軋りする。
「ええ、自分は運良く森に隠れて難を逃れたんですが、仲間が捕まっていく光景を眺めることしかできませんでした。そして、その奴隷商人が……」
「ギドーと"鋼牙団"だったわけか」
答える代わりに、セドリックは無言で頷く。
「僕はずっとあいつらの後を追っていて、どうにかヴァルメルシュまでたどり着けたんです。でも、それだけで限界でして……。助けを求めようにも、みんなオークションで頭がいっぱいなのか相手にされず……。どうしようか彷徨っていたところ、連中を捕まえたアスカさんたちを見た……という次第です」
「そうだったのか。まさか、そんな事情があったとは俺たちも思わなかったな」
セドリックの顔には暗い陰が差し込み、当時の状況の悲惨さが伝わる。
「奴隷商人はかなり大規模なグループでした。ギドーや"鋼牙団"以外に何人もいましたが、あいつらと仲間だったのは間違いありません。いくつかの傭兵団が協力して襲ってきたんでしょう。奴隷狩りにはシルクハットを被った身なりの良い男もいました。きっと、奴隷商人のボスです」
その話を聞いて、思わず俺はナディアたちと顔を見合わせる。
シルクハットを被った身なりの良い男。
もし、今探している男と同一人物だとしたら……。
ティルーが魔法で生み出した水を操作して、数十cmくらいのジェローム人形を作った。
顔や体型の他、着ている服の意匠まで瓜二つだ。
「その身なりの良い男は、もしかしてこの男ですか?」
「そうです! こいつです! この顔も体型も服装も、全て同じです! どうして、みなさんも知っているのですか?」
「この男はジェロームという名で、オークションの主催者だ。実は、ついさっきジェロームの部下に俺たちも襲われれて、今ちょうど居場所を探しているところなんだ」
「そんな……アスカさんたちまで襲ってきたなんて……。あいつらはどこまで卑劣な連中なんだ……」
セドリックの顔には怒りが滲み、ナディアとティルーも庭園での一件を説明する。
「浮遊艇からいきなり襲ってきたんだよ! 場数も踏んでいる感じだったし、やっぱり根っからの悪党だったんだね!」
「でも、全員捕まえたので安心してください。ハウスから一歩も出ないようにも厳命しています」
一方のノエルは、何やら紙に記していた。
「奴隷制も売買も全て禁止されている。早急に修道会に知らせよう。……ティルー、私の文書を届けてくれるか? 西に真っ直ぐ飛べば、近隣の街にある修道会の拠点に辿り着くはずだ」
「はい、もちろんです」
ノエルが修道会の要請について一筆書き、ティルーが魔法で生成した水の鳥が運んでいく。 無論、援軍を待たずに俺たちはジェロームの元に向かうつもりだ。
俺はセドリックの両肩に手を乗せる。
「これから先は俺たちに任せろ。セドリックは大通りに残ってくれ。なるべく、人の目が多いところにいた方がいい。神殿の関係者と知られたら、また誘拐される危険もある。警備の連中にも近寄るな。全員ジェロームの、そして奴隷商人の仲間の可能性も高い」
「わ、わかりました! アスカさんたちもお気を付けて!」
手を振るセドリックの応援を背に、俺たち四人は駆け出す。
人混みは激しいが、躱して走るのは造作もなかった。
駆けながら、ナディアの険しい声が耳に飛び込んだ。
「オークションの主催者が奴隷狩りを命じたなんて、かなりまずいことだよね!」
「ああ、不当に奪った物品だけじゃなく、もし奴隷のオークションが開かれていたとしたら……これは大変な事案だ」
俺の言葉に、ナディアもティルーもノエルも真剣な顔で頷く。
暮れつつある空はやけに暗い。
まるで、奴隷商人に捕まった修道士たちの行く末を象徴しているようだった。




