第77話:交易都市
王都を出発して一週間後の朝、俺たちは交易都市ヴァルメルシュに到着した。
街の入り口からでも活気のある様子が見えたり、商売の掛け声と思われる威勢の良い声が聞こえる中、隣のナディアとティルーが背伸びする。
「オークション初日に間に合ってよかったー。途中、嵐で橋が壊れていたときはどうなることかと思ったね」
「アスカさんが魔法で橋を架け直してくれたから、無事にたどり着けました。他の旅人の方達も感謝されてましたね」
「いや、俺だけのおかげじゃないさ。二人もずいぶんと活躍したじゃないか。もちろん、ノエルもな」
「あの程度の難所、騎士の訓練に比べればどうということはない」
ヴァルメルシュの手前には高さ数百メートルの深い谷――通称、千練谷があり、頑丈な吊り橋が架けられていた。
ところが、大雨と強風で破壊され通行不能となり、多くの旅人が立ち往生していた。
遠回りすると時間がかかりすぎる上、交通の要の場所だったので、俺の魔法で即座に修復したのだ。
ナディアたち三人も手伝ってくれ、予定通りに旅を進められた。
ヴァルメルシュで最も人が多いのは王国オークションの開催期間中だ。
この機会を最大限活かしたいので、初日から参加したかった。
「じゃあ、さっそく俺たちも街の様子を見てみよう。デュラハン卿の情報以外にも、何か有益な物が手に入るかもしれない」
「そうだね。楽しみだなぁ、オークション」
俺たちはヴァルメルシュに踏み入る。
交易で発展した経緯というもあるためか、道は石畳で舗装され土埃っぽさはなかった。
王都ほどではないが建物も立派な石造りが多く、街全体が潤っていることが感じられる。
空には小型の船が行きかう様子が見られ、ティル―が不思議そうに話した。
「アスカさん、あれはなんですか? 空を船が飛んでいるなんて初めて見ました」
「浮遊艇と呼ばれる、空を飛べる小さな船だよ。高価な品なのにたくさん飛んでいるなんて、さすがは交易都市だな」
大通りには王国オークションの参加者と思われる裕福な通行人が所狭しと歩き、道端のいくつもの露店――武器屋や薬屋、雑貨屋などが客を呼ぼうと声を張り上げていた。
建物の間にはカラフルなフラッグガーランドが架けられ、空には号砲が鳴ったりと祭りの雰囲気を醸し出す。
すでに競りが始まっている店もたくさんあり、さながら街全体が市場のようだ。
"東の王都"という呼び名に負けていない活気を放つ。
他の街ではなかなか見ることのできない品々を見つつ歩いていると、ティルーとナディアが焦った表情で叫んだ。
「アスカさん、もうイベントは始まっているんですか? 開催は今日の夜のはずですよね?」
「もしかして、実は昨日から始まってたとか!?」
「いや、オークションは予定通り明日からだよ。彼らが行っているのは“一般競売”といって、メインイベントの“特別競売”とはまったく別のオークションさ。開催期間中は住民や冒険者たちも自由に競売ができるんだよ。中には掘り出し物もあったりして、これ目当てで訪れる人も多い」
オークションの形式について説明すると、二人は「へぇー」と興味深そうに眺める。
一般競売では、どこぞの高名な画家が描いたと思われる美しい丘陵地帯の絵や、モンスター避けの効果があるという触れ込みの黒いペンダント、小ぶりながら見事な天使の彫刻、はたまた王国の文化とは異なる意匠が施された剣や盾など、分野に関係なく本当に多種多様な品々が売られている。
この機会に装備を整えてもいいかもな、と考える俺の頭に、ナディアとティルーの歓声が飛び込んできた。
「あっ! 可愛いお財布が売ってる!」
「こっちには綺麗なコップがありますよ!」
二人は露店の雑貨屋に駆け寄る。
猫を模したポーチのような財布と美しい青色のガラスで作られた意匠の細かいコップが売られており、二人とも目を惹かれたようだ。
「前のが古くなったから、ちょうど買い換えようと思っていたんだよねぇ。おじさん、このお財布頂戴!」
「私にはこのコップをください!」
店主は初老の男性で、申し訳なさそうに申し出を断る。
「ごめんね、お嬢ちゃんたち。売ってあげたいんだけど、明日まで購入希望を受け付けていて、一番高値をつけてくれた人に売る決まりなんだ。だから、また明日来てくれるかい?」
「ああ、そっか。オークションだからすぐには買えないんだ……」
「せっかく見つけたのに残念です……」
「ほら、二人ともあまりはしゃぎすぎるな。繰り返すが、私たちは遊びに来たんじゃないんだぞ」
「「……はーい」」
ノエルに注意され、ナディアとティルーはしおしおと露店を離れる。
「ま、まぁ、情報を探しつつまた明日この店に来よう。旅の準備を整えるのも大事なことだ」
「ありがとう、アスカ……」
「ありがとうございます、アスカさん……」
そこかしこでオークションが開催されている様子を見て、ノエルが苦々しげな表情を浮かべる。
「まさか、宿や食事もオークションではないだろうな。いちいち競りをするのはさすがに面倒だぞ」
「その辺りは通常の形式じゃないか? そうしないと……」
むしろ商売にならないだろう、と言おうとしたところで、雑貨屋の隣――宝石細工店の会話が耳に入った。
男の客が二人いて、店主に何やら頼んでいる。
「なぁ、この指輪の爪留めをどうやって加工したか教えてくれ。銀貨三枚でどうだ?」
「俺は銀貨五枚出すぞ。だから、この男には教えずに俺だけに教えてほしい」
「いやぁ、どうしようかな。兄ちゃんたちもわかっているだろうが、これは門外不出の技術でね。なるべく、ライバルは増やしたくないのさ。その辺りを踏まえてもう一声欲しいところだ。もちろん、良い値をつけてくれたら実演するし、加工に役立つ資料もつけるよ」
どうやら、客は宝石細工そのものではなく、その加工技術の情報が欲しいらしい。
その場でオークションが開かれどんどん値が吊り上がる状況を見て、俺は気づいたことがあった。
「……なるほど、情報も競売品として認められるのか。みんな、デュラハン卿の情報入手は思ったより大変かもしれないぞ」
「え、どういうこと? これだけ人がいれば絶対誰か知っていると思うけど」
「俺が言いたいのは、魔族四皇の有力情報ともなると教えてもらうのに大金を支払う必要があるかもしれない、ということだ」
「たしかに! どうしよ、私お金無いよ!」
この街には貴族や裕福な商人の他、冒険者の類いも多数訪れている。
腕に覚えのある冒険者が魔族四皇の情報を求めていた場合、競争が発生してしまう。
修道会でも調査には難義したくらいだ。
有力情報自体、あったとしてもそれほど数多くはないだろう。
持ち金で足りるか心配する俺に、ティルーが安心させるように話す。
「大丈夫ですよ、ナディアさんにアスカさん。オークションは相場より安く買える場所なのですから、きっとお手頃価格で教えてくれるはずです。そうですよね、アスカさん?」
「ティルー、オークションでは必ずしも相場より安く買えはしない。値段を吊り上げていくのだから、高くつく方が傾向として多いんだ」
「たしかに、言われてみればそうです! どうしましょう、私もあまりお金を持っていませんよ!」
ナディアとティルーは頭を抱える。
情報収集と同時に金策が必要になる可能性があるわけか。
露店の様子を見る限り、近場でモンスターを狩って素材を売るのがいいかもしれない。
提案する前に、ノエルの言葉でこの問題は解決された。
「まぁ、その辺りは私が何とかしよう。多少高額な金額をつけられても対応できる」
「そっか! 修道会の騎士だから特別に教えてもらえるんだ!」
「そうじゃなくてだな。みんな忘れていると思うが、私の家は……おい、アスカ、あれを見ろ。あそこに行ってみれば、何かしらの情報があるはずだ」
ノエルの指さす方向をみんなで見る。
他の家々より一回り大きな、高級宿を思わせる白色の建物が建っていた。
「……オークションハウス? ねえ、アスカ。あれも売り物なの? お家なんて高そうだね」
「いや、あれは競売全般の運営と管理を担う建物だ。王国オークションでは、競売品や出品者の情報を一括で管理すると聞いたことがある。実際に”特別競売”が開かれるメイン会場は別らしいが……ふむ、街で一番情報が集まる場所だな。よし、行ってみよう」
ハウスに歩を進め中に入った。
床には赤絨毯が敷かれ、壁には何枚もの美しい絵が飾られる。
適度な装飾が小綺麗で清潔な印象だ。
扉が閉まると大通りの喧噪も聞こえなくなり、凜とした雰囲気が漂った。
壁には街の権力者と思しき、男性の肖像画が二人描かれている。
どちらも同じ顔なので双子かもしれない。
それでも室内の隅やカウンターには武装した警備の男が控えるので、やはりこの街は巨額な金が動く空間なのだと感じられた。
オークションを狙う"良からぬ輩"に備えての対策だろう。
ノエルは変わらず落ち着いているものの、ナディアとティルーからはどこか緊張した空気が伝わった。
俺はカウンターに座る大柄の男――机上のネームプレートには〔副支配人 ガゼル〕とある――に話しかける。
「俺はアスカ・サザーランドという者だ。突然すまない、聞きたいことがあるのだが……」
「護衛の受付はもう締め切っちまったぜ。一足遅かったな。例年より希望者が多くてよ、昨日の夜に護衛枠は全部無くなったぞ。来年はもっとうまく立ち回ることだ」
ガゼルは呆れた調子で話す。
王国オークションには競売品や金を守るため、護衛を連れて参加することが一般的だ。
中には常日頃から護衛を雇う余裕のない者もおり、そのような参加者はオークションハウスに登録した人間を雇う。
武装したままの俺たちは護衛希望だと勘違いされているようだ。
「ちょっと待ってくれ。俺たちは護衛の登録に来たんじゃない。魔族四皇――特に、デュラハン卿の情報について何か知らないか? 競売品としての出品情報でもいい」
「そんな情報知ってどうするんだよ」
「討伐する」
端的に答えた瞬間、ガゼルは腹を抱えて笑い出した。
「なに言っているんだ、お前! 魔族四皇を倒すだぁ!? 一介の傭兵や冒険者が相手になる敵じゃねえぞ!」
「笑わないで聞いてくれ。俺は四聖で……」
「これが笑わずにいられるかよ! 夢見すぎだ!」
ガゼルは遠慮なく大声で笑い、周りの警備たちも失笑する。
俺が四聖の証である魔導プレートを見せる前に、ナディアとティルーが進み出て叫んだ。
「いきなり笑うなんて失礼だよ! アスカは新しい四聖なんだから!」
「そうです! 魔族四皇のうち、バンパイア伯爵とリッチーロードの二体を倒したんですよ! 私たちだってみんなSランク冒険者です!」
二人が叫ぶと一瞬空気が固まり、さらに大きな笑い声が響く。
「このガキが新しい四聖だと!? ははは、冗談言っちゃいけねえぜ! みんな、聞いてくれ! 四聖様のお出ましだ!」
「魔族四皇を二体倒したって! そりゃ、すげえ! サイン貰えるか!? オークションに出せば売れるかもしれねえぞ!」
「Sランク冒険者が四人!? そんな最強パーティー、この街中の護衛を呼んでも倒せないだろうなぁ!」
ガゼルたちが高笑いする様子に、ナディアとティルーは歯軋りして悔しさを滲ませる。
「全部本当のことなのに……っ!」
「今ここで戦って、アスカさんの強さを見せつけた方がいいんじゃないですか……っ!」
「二人とも、落ち着いてくれ。俺は大丈夫だ。……ほら、四聖とSランク冒険者の証拠だ」
魔導プレートとギルドカードをカウンターに置くが、彼らはまったく態度を変えない。
「おいおい、証拠品を偽造してまで四聖になりたいのかよ。見上げた根性だな」
「こんなもん作って修道会に怒られないのか? 下手したら捕まるぞ」
「もしそうなっても俺たちを巻き込まないでくれ。ただ見させられただけなんだからよ」
なおも笑い続けるガゼルたちに、ナディアが俺の服の裾を引っ張った。
「アスカ、もう行こうよ。こんな人たち相手にしてもしょうがないって」
「そうです。いくら話しても納得しないでしょう。ずっとここにいても時間の無駄です」
「どうやら、ここに私たちの求めるものはないらしい。足を動かして地道に探そう」
「……ああ、みんなの言うとおりかもしれないな」
ここでの情報収集を諦めかけたときだ。
カウンターの奥からシルクハットを被った小太りな男が出てきた。
武装はしておらず衣服の上等さから警備の類いではないことがわかる。
「騒がしいぞ、どうした。静かにしろ」
男たちは笑いを止め、涙を拭きながら話す。
「すみません、支配人。このガキがデュラハン卿を倒したいとか大それたことを言うもんで、つい……」
「ほぉ、また命知らずの若者が現れたもんだな。心意気だけで勝てるほど、この世界は甘くないぞ。戦いも商売もな。私はハウスの支配人及びオークションの主催者、ジェロームだ。小僧、夢を語るなら他所でやってくれ」
ジェロームは、品定めするようにじろじろと俺を眺める。
商品としての値打ちを確かめられている気分だ。
壁に描かれた絵のうち一人は、この男だった。
「俺はアスカ・サザーランドという冒険者だ。先日、王都を襲ったリッチーロードを倒して四聖の称号を得た。冒険者としてのランクはSだ。これを見てくれ」
机の上に置いた二つの品を、ジェロームは注意深く見る。
偽物じゃないのか、と煽る警備たちを制し、ジェロームは険しい表情で語った。
「王国オークションを長く主催していると、目が肥えてくる。いわゆる目利きだ。そして、この目は人間を見定めるときにも役に立つ。この魔導プレートもギルドカードも本物だ」
「「じゃ、じゃあ、こいつらは本当に……っ!」」
両方とも本物と聞き、警備たちは息を呑む。
室内に静寂が舞い下りる中、ジェロームは淡々と話を続けた。
「王都でリッチーロードが倒されたという話は聞いた。まさか、お前だったとはな……ふむ、わかった。デュラハン卿に関する情報を持つ男を私は知っている。そいつを紹介してやろう」
「助かるよ、ジェローム。俺たちは少しでも早く……」
「ただし」
好意に感謝しようとしたら、暗示的に言葉が切られた。
不穏な気配が漂った後、ジェロームは得意げな表情でカウンターに身を乗り出す。
「ククッ、四聖殿もわかっているだろうが、今この街では全ての価値は金で決まるんでな。情報が欲しかったら金を出してもらおうか。紹介料として金貨20枚だ」




