第76話:出立
「そうか、王国オークション……その手があったな。あれだけ人が集まれば、何かしらの情報があってもおかしくはない」
「決まりだ、アスカ。我々も参加しよう。今日中に発てば初日に間に合うはずだ」
イセレの言葉に、俺とノエルは希望を得た心境だ。
街までの道筋などを検討し始めた俺たちに、ナディアとティルーが尋ねる。
「ねえ、アスカ。王国オークションって何? 初めて聞いたよ」
「私にも教えてください。そもそも、オー何とかというのが、どのような意味なのかわかりません」
「ああ、すまない。二人は知らなかったか。まず、オークションとは競売とも言って、物の売り買いの方式の一種だ。低い価格から始めて、最も高い金額を提示した客に商品を売るんだよ。場合によっては、相場より安く買えることもある。そのような売買方式で、一年に一度開かれる大規模なイベントが王国オークションなのさ。古今東西、様々な貴重品や美術品、秘宝などが出品されるそうだ」
その他、基本的な情報はノエルが代わりに補足してくれた。
「開催場所は東の王都とも呼ばれる、交易都市ヴァルメルシュ。その名が示すように交易で栄えた大きな街だ。例年、王国オークションの開催期間は一週間だから、今年もその程度だと推測される。競売目当てに人も多数集まるから、普段は入手できないような情報を得られるかもな」
「へぇー、楽しそうなイベントだね。聞いただけでワクワクしちゃうよ」
「オークションなんて、ウンディーネには無い文化です。人間の皆さんは面白いことを考えるのですね」
「王国オークションは人と金が集まる分、良からぬ輩も多数集まる。毎年、大なり小なりいざこざが発生するが、アスカたちの実力ならば問題ないだろう」
話はまとまり、今後の旅路が決まった。
「よし、決まりだな。俺たちは王国オークションに行こう!」
「「賛成ー!」」
「あまりはしゃぎすぎるなよ、二人とも。私たちはデュラハン卿の情報を調べに行くんだからな?」
ナディアとティルーは揃って拳を突き上げ、ノエルはいつものように淡々とした口調で話す。
「四聖の皆も王国オークションに参加するのか? もしそうなら、一緒に来てくれるとありがたちのだが……」
俺がそう尋ねると、イセレ、ドソル、ググリヤの三人は厳しい表情に変わった。
「そのことなのですが……。申し訳ありません、アスカさん。私たちは参加できないのです。理由は二つあります。各地でモンスターの動きが活発化しており、討伐に回らなければいけないこと。そして、ゴヨークの命で始まった冒険者排斥運動により深まった、冒険者と修道会の溝を埋める必要があるからです」
「再びの有事に備え……誰か一人は……戦闘に長けた者が……王都に残らねばならない……。王都が再度……魔族四皇の標的にされる可能性もある……。イセレも……修道会の立て直しのため……王都にいる必要がある……」
「あれだけ強い排斥運動をしてしまったんだ。俺たち修道会に対する冒険者の信頼を取り戻すには時間がかかる。魔族四皇や"魔王"の存在を考えると、早急に信頼関係を再構築せねばならん」
四聖の三人はやるせない表情で、俺やナディア、ティルーにノエルを包む空気も硬い。
現在、冒険者排斥運動の余波は王都以外の街にも波及しており、元々仲が良いとはいえない修道会と冒険者の間にはより深い溝ができてしまった。
もし、魔族四皇や"魔王"が大々的に攻めてきた場合、人間同士の結束が脆ければ碌に対抗もできずに敗北するだろう。
モンスターの活発化も危険だし、ヴァルメルシュにはいつものメンバーで向かうことになるな……と思っていたら、四聖の三人が俺たちに頭を垂れた。
「ど、どうしたんだ、みんな! 頭を上げてくれ!」
慌てて話す俺に、イセレたち三人は呟くように言う。
「アスカさんたちに頼んでばかりで申し訳ありません。王国の平和のため、力を貸してください」
「直接支援できないことが……歯がゆい思いだ……」
「魔族四皇を立て続けに倒したお前たちが、今や"魔王"討伐の筆頭候補だ。どうか、よろしく頼む」
声や表情から四聖の思いが強く伝わり、俺の胸に熱い気持ちが溢れた。
「いや、むしろ俺も四聖なのに王都で力に成れなくてすまない。修道会の立て直しや冒険者との信頼回復、各地のモンスター討伐も大変な課題だと思う。手伝えない分、俺たちは絶対に王国オークションで結果を出してくる」
俺が言うと、ナディアにティルー、ノエルも続く。
「そうだね、デュラハン卿の情報を見つけるぞー!」
「人が多ければ飛び交う情報も多いですから、これは期待できます」
「じゃあ、私たちもさっそくヴァルメルシュに向かおう。早いに越したことはないからな」
会議室の出口に向かう俺たちを、イセレが慌てた様子で止める。
「すぐ出発されるのですか!? アスカさんたちは誰よりも一生懸命に働いてくださいました。もう少し休まれては……」
ドソルとググリヤも急ぐことはないと言ってくれた。
たしかに、瓦礫の撤去や建物の修復、怪我人の手当てなど、王都では休む間もなく働いた。 だが、まったく問題はないのだ。
俺たち四人は顔を見合わせると、笑顔で応えた。
「ありがとう、イセレ。でも、本当に大丈夫なんだ。修道会が温かい食事や柔らかいベッドを用意してくれたから、しっかり休むことができたよ。体力は万全だ」
「おいしいご飯いっぱい食べさせてくれてありがとうね! 王都の最高級のご飯、すごくおいしかったよ!」
「いつまでもご厄介になっているわけにはいきません。受けた恩はしっかりと返す……それがウンディーネの礼儀です」
「厚遇感謝する。私たちは必ず有益な情報を持ち帰ってくる。それまで待っていてくれ」
決意を込めて話すと、四聖のみんなも笑顔を浮かべた。
準備を整え、会議から数十分後。
すぐに出発の刻が来た。
正門には四聖や修道会の騎士の他、貴族や住民など王都中の人々が集まる。
みな、口々に俺たちの旅立ちを祝してくれた。
イセレが集団から一歩出て、俺と別れの握手を交わす。
「それでは、アスカさん、お気を付けて。なんだか、あっという間だったね。私たち四聖……いえ、王都に住む者はみなあなた方に会えて光栄でした。皆さんと過ごした経験を糧に、もっと頑張ってまいります。またいつでも来てくださいね。王都はいつだってアスカさんたちを歓迎いたします」
「俺たちも四聖のみんなに会えてよかった。こちらこそ王都ではいろいろと学ばせてもらったよ。ありがとうな。またいつか必ず会おう」
挨拶を終えて歩き出すや否や、たくさんの歓声が俺たちの背中を押した。
「皆様、ありがとうございましたー! お元気で!」
「今度剣の修行をつけてください! アスカ様こそ僕の理想の剣士なんです!」
「うちの店の飯は全部タダだからな! いつでも来てくれよー!」
街道を進むにつれ歓声は聞こえなくなり、森に入ると王都の街並みも見えなくなってしまった。
静けさの中に小鳥の囀りが聞こえ、木々の葉が擦れては爽やかな音を奏で、王都で起きた騒動が嘘のような長閑な雰囲気だ。
俺の一歩前を歩くナディアたち三人がのんびりと話す。
「王都は綺麗な街だったけど石の建物が多かったから、肩の力が抜けた感じがするよ」
「ええ、久しぶりに自然の中を歩いている気がしますね。川や泉があればもっと素敵なのですが」
「天気も晴れてよかった。晴れの日の旅立ちは何度経験しても良いものだな」
彼女たちを見ていると平和の尊さを感じる。
こうやって旅ができているのも、魔族四皇の襲撃を退けたからだ。
残りの二体、そして"魔王"を倒してから初めて真の平和が訪れるのだ。
見上げる空は青い。
目指す街は交易都市ヴァルメルシュ。
王国オークションに参加し、デュラハン卿に繋がる情報を絶対に手に入れる。




