第74話:復興作業と今後
「……大きいのはこれで最後だね」
「ああ、そうだな」
大きな瓦礫をナディアとともに片づける。
リッチーロードとの戦いが終わり、あっという間に数週間が過ぎた。
俺たちは王都に残り、復興を手伝う日々だ。
とは言っても、瓦礫はあらかた片付き、建物や道といった主要な部分の修復はほとんど終わっていた。
残すは王都特有の装飾など細かい破損部分を残すのみだ。
住民や修道会の騎士たちが忙しなく動く様子を見ながら、ナディアが呟くように話す。
「これだけの規模の復興、アスカの魔法がなかったら大変な作業になっていただろうね」
「まぁ、そうかもしれないな。戦闘用以外の魔法も学んできてよかったよ」
建物や街の被害は甚大だったが、修復効果のある魔法なども駆使することで迅速に復興を進めることができた。
自分の学んだ知識や経験が活かされて
汗を拭っていると、多数の貴族が清潔なタオルと水を持ってきてくれた。
「アスカ殿、ナディア殿、これで汗を拭いてください。一番ふかふかな物を持って参りました」
「水道も復旧していただいたので綺麗なお水もご用意できます。さあ、好きなだけお飲みください」
「アスカ殿がいてくれると思うと、私たちも頑張らないといけないなと感じます」
貴族の者たちも汗をかき、自らの手で瓦礫を片す。
王都の襲撃を経て、心境の変化があったようだ。
ナディアと一緒に水を飲んでいると、ノエルとティルーが貴族に歓待されながらこちらに来た。
「お疲れ、アスカ。その様子だと、だいぶ瓦礫も片付いたようだな」
「ああ、ナディアやみんなの協力のおかげだ。……そっちの調子はどうだ?」
「大方完了した。これもティルーがいてくれたからだな、ありがとう」
ノエルの言葉に、ティルーは笑顔で応える。
「いえいえ、私の力が人々の役に立って良かったです。里長が聞いたらきっと喜んでくれると思います」
ティルーはノエルと組んで、水道の復旧に当たっていた。
当たり前だが、ウンディーネとしての知見と経験は相当に有益だったらしい。
彼女の働きによって綺麗な水は十分に確保できたので、王都の人々は大変に助かったのだ。 復興の状況などを伝えるため、一度イセレたち四聖がいるルトロイヤ教会に戻ろうと決まり、俺たちは中心部の街を歩く。
飯屋や服屋など店の営業も再開し、活気も戻ってきた。
住民や騎士たちの決死の頑張りもあって、ほとんど平時の状態といって差し支えないだろう。
修道会の建物に向かう途中、濃厚な甘い香りが漂った。
恰幅の良い男性――おそらく店主が、店先で薄く丸い生地を焼いている。
フルーツやチョコレートを包んで客に渡す様子を見て、たちまちナディアとティルーは目を輝かせる。
「うわー、おいしそー! クレープだよ! 私、苺とチョコのヤツがいい!」
「ちょうどお腹も空きましたし、食べ歩きながら教会に帰りましょう!」
二人の歓声が聞こえたのか、店主はこちらを見ると明るい笑顔を浮かべた。
「おや、アスカ様とお仲間の皆様ではありませんか! 休憩に焼きたてのクレープなんてどうです? もちろん、お代は要りませんよ。皆様には命を救っていただいたわけですからね」
「だって! せっかくだから食べようよ! 動いたらお腹空いちゃったし!」
「私も食べたいです! それにしても色んなメニューがあるんですねぇ。全部は食べられませんし迷ってしまいます」
楽しそうにメニューを眺め始めたナディアとティルーを見て、ノエルは呆れた調子でため息を吐く。
「クレープ如きでそんなにはしゃいでみっともないぞ、二人とも。戦闘中の凜々しい姿はどこに行ったんだ。……ところで店主、私には林檎を使ったクレープを焼いてくれるか?」
苦言を呈するノエルも本当は食べたいようなので、俺もありがたく頂くことにした。
クレープを貰い、みなで食べる。
一口食べた瞬間、ナディアたち三人は思い思いの感想を口にした。
「苺とチョコは相性がピッタリだね。甘酸っぱいけどやっぱり甘くておいしいや」
「桃のクレープもおいしいですよ。瑞々しさが素晴らしいです」
「林檎の爽やかな甘さが疲れを吹き飛ばすようだ。店主、もう一枚焼いてくれ」
おいしそうな三人を眺めていると、王都に来てからの日々が思い出された。
ダグードとの決闘やヨルムンガルドの襲来、ゴーマンたちとの対決にリッチーロードとの戦い……。
本当にいろいろな出来事があった。
甘みを噛み締めていると、ようやくひと息吐けたような気がする。
「アスカのクレープもおいしい?」
「ああ、うまいよ。今までで一番うまいクレープだ」
□□□
クレープを食べ終えた俺たち四人は、ルトロイヤ教会の会議室に到着した。
現在はここが暫定の本部扱いとなっており、すでにドソルとググリヤが着席している。
二人とも俺たちを見ると、軽く手を上げて挨拶してくれた。
「街の復興に尽力してくれて……感謝する……」
「俺の部下たちもアスカを目指して頑張ろうと言っているぜ」
街の復興具合を先に伝達していると、少し遅れてイセレも現れた。
「遅れて申し訳ありません。王都の復興計画について貴族の皆さんと会議していたのですが少々延びてしまいました……おや、何だか甘い匂いが」
街でクレープを食べた話をしたら、彼女はにこやかな笑顔になった。
「……なるほど、そうでしたか。大事なお仲間と食べるクレープはまた一段とおいしいでしょうね。羨ましい限りです」
羨ましいというイセレの言葉を聞き、ナディアの瞳がキラリと輝いた。
「ねえ、イセレもクレープとか甘い物は食べないの? 今度皆で一緒に食べに行こうよ」
「ありがとうございます、ナディアさん。ですが、申し訳ありません。神託の精度を高めるため、毎日食べる物が決まっているのです。特に、甘味は大きく影響するため、四聖になってからお菓子などをいただいたことはありませんね」
「ひええ、私には絶対に無理!」
ナディアが慄いたところで雑談は終わり、イセレが本題を言葉を切り出した。
「アスカさん、ナディアさん、ティルーさん、ノエルさん、王都復興へのご尽力誠にありがとうございました。あなた方のおかげで王都はほとんど元通りになりました。王都を代表して深く感謝申し上げます」
「いや、俺たちは別に大したことはしていないさ。王都に平和が戻って安心したよ。国の中枢が混乱したままだと、国全体も混乱してしまうだろうから。まだ大規模な修復が必要そうな場所があれば、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。恐れ入りますが、街の復興についてはもうほとんどが完了したと言ってよいでしょう。もうアスカさんたちのお手を借りなくても、私たちで十分に復興できると思われます」
「そうか? 修道会が受けた傷跡も決して浅いものではないのだから、無理はしないでくれ」
騎士たちの傷の回復も俺の魔法で手伝わせてもらった。
傷の治癒自体は完了したが、修道会のトップが魔族四皇と通じていたことや、ダグードの件など衝撃は大きかっただろう。
美しい王都も破壊されてしまったし、彼らの心の状態が心配だった。
そう思う俺の不安を解消するように、イセレは微笑を浮かべる。
「もちろん、私たち聖女が主導となって精神面のケアも重点的に行っております。我ら修道会の騎士は国民の幸せと平和を保つためにある――この戦いでゴヨークの支配を脱し、本来のあるべき姿を取り戻すことができました。みな、強い心を持って再興に向けて頑張っています」
そのまま、王都の復興計画について皆で詰める。
街の各地域における被害と、復興の状況や人員の配置などを再検討した。
結果、当初の予定よりずいぶんと早く王都の復旧は完了できそうだと結論がついた。
資料をまとめ終わったところでイセレが俺に尋ねる。
「アスカさんたちの今後の旅路をお尋ねしたいのですが、"魔王"の情報は集まりましたか?」
王都の一角には王立図書館がある。
蔵書量はおよそ100万冊。
俺たち四人はSランクに昇格したこともあり、王立図書館が所蔵する"魔王"に関する貴重な文献などを数多く読ませてもらった。
噂の類いから始まり、各地に伝わる伝承や伝説などだ。
他にも、"魔王"との実際の戦闘記録などAランク以下では閲覧できない資料も手分けして調査できた。
ナディア、ティルー、ノエルに視線を向けると、三人とも真剣な顔でこくりと頷いた。
彼女たちと相談して決めたことを四聖にも伝える。
「王立図書館の使用許可を出してくれてありがとう、イセレ。おかげで、今後の旅路をしっかり考えることができたよ。……やはり、残す魔族四皇――デュラハン卿とマリオネット王女の二体を倒すことが、魔王への現実的な手掛かりだと考えている。だから、まずはその二体の撃破を目指そうと思う」




