第56話:運動廃止
〔冒険者排斥運動は、廃止とする。~ゴヨーク・カヨブイク~〕
後日、修道会の本部に、張り紙が出された。雑な字で、適当に書いてある。
「こんな紙きれ1枚で伝えるなんて、本当に冒険者が嫌いなんだね。あのゴヨークって人は」
「演説までしていたのに、都合が悪くなると、これですか」
「まったく、私たちの方が恥ずかしくなってくる」
冒険者排斥運動の廃止は、当然かもしれない。ヨルムンガンドの件、ググリヤの件で、冒険者を追い出そうという雰囲気は消えている。
「おい、みんな! アスカさんがいるぞ!」
「俺に剣術の修行をつけてください!」
「私には“聖なる力”の扱い方を!」
初めて来たときとは打って変わって、俺たちは騎士隊に認められつつあった。今や街を歩いているだけで、騎士隊に囲まれてしまう。すっかり、彼らになつかれてしまった。中には、ナディアやティルーを慕っている者もいる。ノエルの人気も絶大だった。
「アスカが人気者で、私も嬉しいよ」
「尊敬する人が褒められると、喜びを感じるものです」
「アスカは色んなところで、チヤホヤされすぎだぞ」
俺たちは、やんわりと断っていく。やがて、人通りの少ない裏道にきた。
「ゴヨークは、なぜ冒険者を排斥したかったんだろうな」
俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「昔、冒険者にひどいことをされたとか?」
「冒険者に手柄をとられるのが、嫌なんでしょうか」
「騎士隊の立場を、今より強くしたいのだろうか」
しかし、俺にはヨルムンガンドの襲来、ゴーマン、そしてゴヨークが繋がっているとしか考えられなかった。この機会に昔のことを、しっかり伝えておくべきだろう。
「俺からみんなに、話しておくことがある」
「何でしょう、アスカさん」
「どうしたの、かしこまって」
「話とはなんだ?」
「俺はナディアと出会う前、ゴーマンという男とパーティーを組んでいたんだ……」
冒険者を始めたときのこと、【呪い】のせいで自由に動けなかったこと、パーティーを追放されたことを話した。
「まさか、アスカさんにそんな過去があったなんて」
「お前も苦労していたんだな」
「ま、まぁ、私はちょっと知っていたけどね」
そういえば、ナディアには少し話したことがあった。
「ヨルムンガンドが死に際、ゴーマンの名前を口にしたんだ」
「え!? なんでその人が」
「俺も心底驚いた」
あのとき、ゴーマンに子どもを殺されたと言っていた。ヨルムンガンドが、嘘をついているとは思えない。
「アスカ、ゴーマンというのは、エレファンテ家の者か?」
「ん? ああ、そうだが。どうした?」
「私はそいつと、遭遇したことがある」
ノエルからゴーマンたちを、“ヤボクの森”で助けたと教えてもらった。
「そうか、そんなことがあったのか……」
まさか、ノエルも会ったことがあるとは思わなかった。
「Sランクとは名ばかりの、これ以上ないほど弱い冒険者だったぞ」
やはり、彼らの実力は低かったらしい。俺は話を続ける。
「ググリヤは、魔族に襲われたと言っていた。ゴーマンという名の魔族にな」
そう話したとき、3人ともハッとした。
「……ゴーマンって人は、魔族になったってこと?」
「人間が魔族になるなんて、私も聞いたことがないぞ」
「気味が悪くなってきました」
もしゴーマンが魔族になっていたとしたら、俺たちの敵になっている可能性がある。
「それだけじゃない、ヨルムンガンドの様子もおかしかった。本来なら、空を飛べないはずだ」
「確かに、なぜ空を飛んでいたんだ?」
「いきなり、王都を襲いに来たのもおかしいよね」
「襲われる理由があったのでしょうか」
おかしな点なら、他にもあった。あの傷だ。
「ヨルムンガンドは腹に、致命傷を受けていた」
「致命傷? どういうことだ、アスカ?」
「王都を襲ったとき、すでに大きな一撃を受けていたんだ。魔法で巧妙に隠されていたがな。その傷が原因で死んだ」
「来たときには、もう死にそうだったってこと?」
「いったい誰が、そんなことをしたのでしょうか」
「ヨルムンガンドは、ゴーマンにやられたと言っていた」
「話が複雑になってきましたね」
もしかしたら、ゴーマンとはまた別の、悪意ある者が関わっているのかもしれない。イセレが言っていた、“邪悪な存在”とやらも気になる。
「アスカはゴーマンって人たちが、今どこにいるか知らないの?」
「わからん、俺はあいつらと別れてから、一度も会っていないんだ。俺にもあいつらに何があったのかは、わからない」
「いずれにしても、ゴヨークが関わっていることは明らかだろうな。ヤツが主導していた冒険者排斥運動が、その証だ」
「やっぱり怪しいと思った」
「修道会のトップが、何をやっているのでしょう」
内容によっては、修道会の存亡にも関わることになりそうだ。
「何とかして、ゴヨークに話を聞ければよいのだが」
「あの……」
その時、俺たちに誰かが話かけてきた。騎士隊でも修道女でもない。質素な白っぽい服を着ている。
「アスカ・サザーランド様と、そのお仲間の方ですね?」
「そうだが、どうした? あんたは誰だ?」
「申し遅れました。私はゴヨーク様の使いの者です」
「ゴヨークが俺たちに、何の用だ?」
「私たちは、何か言われるようなことはしていないよ」
「むしろ、王都の平和に貢献しています」
「騎士隊だって、アスカを認めているぞ」
また俺たちに、難癖をつけようと言うのだろうか。しかし、使いの者とやらは、予想もしないことを言った。
「ゴヨーク様が皆さんと、お食事をしたいとおっしゃられています」




