第15話:ムカつく女(Side:ゴーマン④)
「下がれ! 冒険者ども!」
ドカドカドカッ! ヒヒーン!
いきなり、森の中から鋭い女の声がした。と思ったら、突然背後から馬が飛び出してきた。危うく俺はぶつかりそうになる。すんでのところで横に飛び、なんとか回避した。
「な、なんだ!? おい、お前! 危ねえだろうがよ!」
俺は馬に乗っている女を睨んだ。しかし、女はこちらを見向きもしない。兜を被っているので、顔は良く見えなかった。ブロンドの髪を見せびらかすように、背中まで垂らしている。
ドカドカドカドカドカッ!
「こ、今度はなんだ!?」
また別の木陰から、次々と騎馬隊が出てくる。皆その身を鎧に包み、剣や槍などの武器を携えていた。この大群を見て、トレントは少しずつ後ずさりしている。
「トレントは私がやる! 早く負傷者を回収しろ! 木の下に倒れている女は、骨が折れているぞ!」
女がテキパキと指示を出した。こいつ、女のくせに隊長かよ。クソっ、無視してんじゃねえ!
「てめえ、無視してんじゃ……」
俺が怒鳴りつけようとしたとき、ダンが意識を取り戻した。
「ゴ……ゴーマン……。この方たちは……王国騎士修道会の方々だ。助けに来てくれたのだ……」
こいつらが、あの王国騎士修道会だと? 剣術はもちろんのこと、魔法の素質もないと入会すらできないという……。
「貴様らはさっさと下がっていろ! 邪魔だ!」
女が偉そうに指図してくる。この俺に向かってその態度はなんだ!
「このクソアマ……」
一瞬のうちに女の姿が消えた。と思ったら、すでにトレントの目の前まで間合いを詰めている。
『ギイイイイイイイイイイイ!』
トレントが鞭のように枝を振り回した。ハッ、お前ごときじゃダンのように武器を取られておしまいだ。しかし、女は俊敏な猫のような身のこなしで、瞬く間にトレントの懐へ入る。
ズババアアアアアアアアアアアア!
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
トレントが、あっさりと真っ二つに斬られた。全く太刀筋が見えない。なんだ、こいつ。女が長い髪をなびかせて、こちらに近づいてくる。
「貴様ら、スワンプドラゴンの討伐に来たパーティーだな? その程度の腕では無理だ。帰れ」
吐き捨てるように言ってきた。慈悲も遠慮もない。黙ってれば調子に乗りやがってええええ!
「てめえ、いい加減に……」
ズシン! ズシン!! ズシン!!! バキバキバキ!!!
俺が殴りかかろうとしたとき、森の奥からスワンプドラゴンが姿を現した。一連の騒ぎを聞きつけて、巣穴から出てきたに違いない。スワンプドラゴンを見ると、周りの騎馬隊が慌ただしくなった。
「ス、スワンプドラゴンだ!」
「ノエル隊長!」
「お前たちは負傷者を連れて、先にギルドへ戻れ。スワンプドラゴンなど、私一人で十分だ」
女が偉そうに命令する。騎馬隊は倒れているバルバラたちを抱えて走って行った。
「貴様も早く失せろ」
何の感情もこもっていない声で言われ、俺のはらわたが煮えくりかえる。
「俺のことを誰だと思ってやがる! 俺はSランク冒険者のゴーマン・エレファンテ様だぞ! 名門貴族のエレファンテ家に向かって、偉そうな口を聞くな! スワンプドラゴンだって、俺の敵じゃねえんだよ!」
『ウガアアアアアアアアアアアアアアア!…………ア』
森の中にスワンプドラゴンの咆哮が響き渡る。しかし、女がチラッと見るだけで怖気づいてしまった。す、すごい気迫だ。
「トレントに剣を折られるSランク冒険者がいるか?」
女は俺の折れた剣を指さして言った。
「ぐっ……あ、あれは物が悪かったんだ! スワンプドラゴンだって、剣が良ければ……!」
ドンッ!!!
女が腰に下げている剣を地面に投げる。
「だったら、私の剣を使うといい。かなりの名剣だからな。さっそく、Sランク冒険者様の実力を見せてもらおうか」
「ヘッ、俺の真の実力を思い知やがれ。このクソアマ」
さっきのトレント戦で、こいつの切れ味の良さは見ている。クックックッ、これさえあれば……。
グッ、ググッ!
あれ? 持ち上がらないぞ。俺は全身の力を込める。
グッ、ググググッ!!
ク、クソっ。な、なんて重さの剣だ。持ち上げることすらできない。俺の額から汗が噴き出る。
「ほら、早くしないとスワンプドラゴンが襲ってくるぞ」
女がからかうように言ってきた。スワンプドラゴンを見ると、俺の方を睨んでいる。剣を持とうとしている姿を見て、奴は俺に目標を定めたらしい。今にも攻撃してきそうだ。ヤ、ヤバイ……!
「話にならんな」
女は俺を押しのけると、やすやすと片手で剣を持ち上げた。たったそれだけの動作で、俺は自尊心がめちゃくちゃにされる。ちくしょう! ムカついてムカついてたまらない。
「お、お前なんかに持てて、俺に持てないはずがねえ! 何かからくりが……うわあああああああああ!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
スワンプドラゴンが土の塊を吐いてきた。直撃したら骨折どころではない。俺は一目散に逃げたが、女は微動だにしない。
シュッ! シュッ! シュッ! ボオオオオオオオ……!
土の塊が女に切られたかと思うと、あっという間に燃え尽きた。しかし、魔法は発動していないはずだ。もちろん、女は呪文の詠唱なんかしていない。
「お前はいったい、な、なにを……」
そ、そういえば聞いたことがあるぞ。修道会の騎士が持つ剣は魔剣と呼ばれ、魔力を溜めて置けるらしい。魔力で剣に炎属性を付与したのか。それにしても、何て威力だ。
『オオオオオオオオオオオオオオ!!』
遠距離攻撃は効かないと判断したのか、スワンプドラゴンが女に突進する。鋭いかぎ爪で切り裂くつもりだ。
ズババババババババ!
『ギャアアアアアアアアアアアア!』
しかしかぎ爪の攻撃など物ともせず、女はスワンプドラゴンの足を斬る。スワンプドラゴンはバランスを崩し、地面に倒れた。女は即座に背中に乗る。
ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
『ギャ……アア!』
たったの一撃で、スワンプドラゴンの首を斬り落とした。女は優雅に地面へ降りる。その身には、一つの返り血もついていない。あっけに取られていると、何事もなかったかのようにこちらへ近づいてきた。
「どけ、邪魔だ」
いくら寛大な俺でも、ここまで言われたらもう我慢できない。一度ボコボコにして、力を差を思い知らせてやる。俺は腕を高く振り上げた。
「この……」
そのとき、女が兜を取った。…………とんでもない美人だ。真っ白な肌に、緋色の眼。さっきまでのムカつきは、一瞬で消えてしまった。俺は思わず見とれてしまう。
いや……待て。こいつは俺に気があるに違いない。こいつは俺目当てでここまで来たんだ! だって、それ以外に考えられないだろ! Sランク冒険者のゴーマン・エレファンテ様なんて言ったら、どんな女も放っておかないんだよ! まったく、俺の名声はとどまる所をしらないな!
「ヘヘっ、なんだよ。素顔はずいぶん可愛いじゃねえか。俺の女にして欲しいんなら、素直に言えば……」
「貴様らはアスカ・サザーランドをクビにしたそうだな。さっさと、アスカの行き先について教えろ」
「は?」
俺は女の言っている意味が理解できなかった。なぜここで、クソゴミ無能アスカの名前が出てくるんだ? ゴーマン・エレファンテという最強に強くて、最高に家柄が良い男が目の前にいるのに。
「もういい、ギルドで聞く。貴様は腕だけじゃなく、耳も悪いようだな。命を落とす前に、早く冒険者を辞めろ」
女は冷めた目で言う。まるで俺なんか眼中にない、とでも言いたげだ。黙ってればいい気になりやがって! 何様のつもりだ!
「何だと、このクソアマ!」
しかし俺の言うことなど聞こえぬように、女はさっそうと馬に乗った。兜を被り、そのまま走り去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て! 俺も乗せてってくれ! ここから歩いて帰れっていうのかよ! 武器もないのに、モンスターに襲われたらどうするんだ!」
「……貴様は本当にSランク冒険者なのか? 素手で戦えばよかろう。だが、そんなに心配ならこの短剣をくれてやる。その程度でSランクとは、やはり冒険者どもはぬるい奴らだな」
ドサッ!
そう言うと、短剣を乱暴に投げてきた。なんだ、この無礼な女は! そもそも、さっきからこいつは名乗ろうともしない。そういえば、騎馬隊がノエル隊長って呼んでいたな。
「おい、ノエルとか言ったな! エレファンテ家跡取りの俺様に向かって、失礼な態度を取りやがって! ただじゃ済まさねえからな!」
「弱い犬ほど良く吠えるというが……。まさか、これほどとはな」
ドカドカドカッ!
ノエルはバカにしたように言うと、あっという間に森の奥に消えてしまった。
「ちくしょう! 覚えてろ!」
ザワザワザワザワザワ。
ふと周りを見ると、モンスターが集まってきている。スワンプドラゴンの死臭につられてきたようだ。
「ハッ、この程度大したことねえよ!」
さっさとギルドへ帰って、ノエルを俺の物にしてやる。俺はモンスターの攻撃を華麗にかいくぐり、ギルドへ向かって走り出した。




