第114話:影
目の前に立ちはだかるは、俺たちの同志とも言える四人の英傑。
女の剣士と魔法使い、そして男の拳闘士と弓使いだ。
いずれも隙のない佇まいの他、身体から迸る魔力、威圧感から名だたる強者だと推察された。
俺の推察を知ってか知らずか、空からマリオネット王女の得意げな声が落ちてきた。
『私は死体を人形にして戦わせることができるの。すごいと思わない? この四人はね、みんな私を討伐に来たSランクの冒険者たちよ。二年くらい前だったかしら。全員、返り討ちにしてやったわ。わかっていると思うけど、素体の力が強いほど人形も強いから気をつけてね』
彼女の言葉を聞くや否や、ノエル、ナディア、そしてティルーは怒りの声を上げる。
「いい加減にしろ、死者を冒涜するな!」
「死体を人形にするなんて……そんなの最悪だよ!」
「今すぐこの人たちを解放しなさい!」
四傑の表情に力はなく、まさしく中身のない空虚な人形だ。
ふと、虚ろな四傑の頬に一滴の光が瞬いた。
……涙だ。
マリオネット王女に負けた悔しさや人形にされてしまった彼らの無念が伝わる。
自然と剣を握る手に力が増した俺は、屋根の上に向かって問うた。
「戦う前に一つ聞きたい。お前が人形にした、この人たちの名前は知っているか?」
『……はぁ? 名前?』
マリオネット王女は気怠く言葉を切ると、心底うんざりした様子で語った。
『そんなの知ってどうするの? あなたたち人間は、そこら辺を飛んでいる羽虫にもいちいち名前をつけるのかしら? やっぱり、人間ってずいぶんと奇特な性質の生き物なのねぇ』
身体の奥から沸々と怒りの感情が湧く。
デュラハン卿も同じ魔族四皇だったが、まだ相手に対する敬意があった。
このマリオネット王女には……何もない。
人間に対する侮蔑や愚弄の思いだけなのだ。
俺は今一度剣を構え、目の前の同志に向き合う。
「……わかった。お前はもう何も話さなくていい。俺たちは必ず、無慈悲に操られている死者たちを解放する」
『だから、それは死者じゃなくて……おもちゃでしょ? 新しいおもちゃは四聖さんたちにしようかしら。そろそろ、その四つには飽きちゃったし。さあ、私のおもちゃたち、四聖さんを殺しなさい!』
マリオネット王女の号令と同時、四傑が一斉に襲い掛かってきた。
すかさず一対一の体勢となるが、激しい戦闘音とともにナディアたちからは苦しげな声が発せられる。
「す、すごい力だよ、アスカ! 身体が吹き飛ばされそう!」
「魔法の発動速度も恐ろしく速くて正確です!」
「かなりの強敵だな! 当時の人類最高クラスと考えられる!」
四傑は魔法も身体能力も凄まじい。
生前の彼らの実力はもちろんだろうが、それ以上に……。
「マリオネット王女に、人間の限界を超えさせられているんだ!」
カルロスやシャノンが操られたときと同じく、この人形たちも無理やり能力を高められている。
元々の身体能力がさらに向上され、相当の脅威だった。
俺の相手は男の拳闘士で、無数の殴打が襲い来る。
一発一発がまるで巨岩を叩きつけられているような圧力だ。
拳の表面は魔力で覆われ、攻撃範囲と威力の強さを何段階にも跳ね上げる。
練度の高さから、彼の血を滲むような努力の日々が目に浮かぶようだった。
マリオネット王女を倒そうと、懸命に修練を積んだのだろう。
ふと、頭の中に男の声が響いた気がした。
――こんなことのために、俺は自らの拳を鍛えたのではない。
幻聴かもしれないが、たしかにそう聞こえたのだ。
……すまない、せめて一撃で沈黙させる。
俺は精神を集中させ、剣に大量の魔力を流し込んだ。
「《ストライク・テンペスト》!」
魔力を高密度に凝縮させた巨大な斬撃を放ち、拳闘士に直撃させる。
当たった瞬間斬撃は激しく爆発し、相手に大きなダメージを与える。
暫し、拳闘士は戦闘継続の意思を見せたが、力なく崩れ落ちた。
その身体は徐々に小さくなり、やがて元の人形に変わる。
大きなダメージを与えると、人形の姿に戻るようだ。
ナディアたち三人も囚われた英傑を倒しており、この戦いは俺たちの勝利で終息した。
いずれも死体の損傷は最低限で、三人の死者に対する敬意が伝わる。
さて……。
「残すはお前だけだな。俺たちの戦いを眺めて楽しかったか?」
『っ……私の人形まで……倒すなんて……』
屋根の上にいるマリオネット王女は、初めて額にじんわりと汗を浮かべた。
「いくら可哀想な人形を出しても無駄だよ! 全部倒して解放するから!」
「吊り手も効かない、人形でも倒せない……もうあなたの負けです!」
「今度は貴様が苦しむ番だ! 言いように使われた死者たちの苦しみを味わえ!」
ナディアたちもまた勢いよく叫ぶ。
四傑との戦いでは、死者を慮る三人の優しさも感じられた。
なるべく損傷が生じないよう立ち回り、敬意を込めた一撃で倒す……。
同志の無念が伝わったからこそ、彼女たちの怒りはより強いものだろう。
マリオネット王女はしばし焦燥に駆られた表情を浮かべていたが、やがて吹っ切れたように立ち上がった。
『……まぁいいわ。飽きちゃったから、今日はこれくらいにしておいてあげる。また一緒に遊びましょ? バイバイ、四聖さん』
「そうはいかない。《チェイン・バインド》!」
『な、何するのよっ!』
逃げようとするマリオネット王女を、強靱な魔力の鎖で拘束した。
絶対に逃がしてなるものか。
それに、こいつには聞きたいことがある。
「"魔王"の居場所を教えろ。お前は知っているんじゃないのか? "魔王"についての情報を話すんだ」
『い、言うわけないでしょ! 早く、この鎖を解きなさい!』
暴れられるが、魔力の鎖は微動だにしなかった。
抵抗の力は弱い。
死体を強力に操作したり人形を扱う分、本体の純粋な力は弱いものと考えられた。
マリオネット王女は、"魔王"に繋がる最後の有力な手掛かりだ。
どうにかして情報を得なければならない。
鎖の拘束を徐々に強める。
「知っていることを全て話せ。でないと、鎖の力はさらに増すぞ」
『この私がこんな目に遭うなんて……許せない。許せないわ! ……パパー、助けてー!!』
マリオネット王女が叫んだ瞬間、彼女の周囲に巨大な黒い霧が……いや、影が現れた。
闇夜を侵食するほどの、深淵と評されるような漆黒。
魔族四皇とは比べものにもならない魔力の圧に、周囲の空気が明確に重くなった。
『あっはぁ! パパが来たからには、もうあなたたちに勝ち目はないわ! 八つ裂きにされて殺されるしかないの!』
一転して、マリオネット王女は勝ち誇った声音で笑う。
ナディアたち三人は硬く剣を握り締め、魔力を練り上げる。
「アスカ、ヤバいよ。あの影、今までの敵よりずっと強い」
「途方もない魔力の圧を感じます」
「まさか、ここで遭遇するとはな……。これほどの威圧感を覚えるのは、私も初めてだ」
三人と同じように俺もまた、黒い影の正体は何なのかわかった。
予想以上に落ち着いた気持ちで、その名を口にする。
「ああ……あれは"魔王"だ」
ずっと探し求めていた、"魔王"が現れたのだ。




