第113話:人形劇
『あら、ずいぶんと怖いこと。でも、あなたたちの相手をするのは私じゃないのよ?』
マリオネット王女が笑った瞬間、カルロスの頭上に膨大な魔力を察知した。
「カルロス、避けろ! 攻撃だ!」
「うぐっ! こ、これは……!?」
即座に呼びかけたものの彼の反応は間に合わず、カルロスもまた吊り手と糸に囚われてしまった。
続けて、逃げた群衆が残した棺桶の上にも吊り手が出現する。
たちまち、それぞれの棺から何人もの死者が這い出た。
『あっはぁ、楽しい人形劇の始まりよー!』
マリオネット王女の甲高い笑い声とともに、カルロスとシャノンが激しい雷魔法で攻撃を仕掛けてくる。
落雷の如く凄まじい音が鳴り響き、瞬く間に昼間のように明るくなった。
その攻撃は相当な威力を誇っており、振動で空気が揺れるほどだ。
他の死体も魔法を放つ他、地面の石を投げたりと遠距離から激しく攻撃する。
全員俺たちから離れているのは、巻き添えを喰らわないためだろう。
マリオネット王女はふざけながらも、戦闘の立ち回りを考えていた。
「アスカ君、助けてくれ! 私の意志じゃない! 身体が勝手に動いてしまうんだ!」
カルロスは叫ぶ。
マリオネット王女は操作している人間の能力をそのまま使える、というわけか。
「ど、どうしよう! カルロスとシャノンが操られちゃった!」
「棺桶の死体もそうです!」
「それにしてもなんて速度と力だ! 明らかに人の力じゃないぞ!」
ナディアたち三人は懸命に躱しては捌く。
操作されている人間から放たれる魔法は通常のものより何段階も強力で、男も女もその筋力が著しく強い。
これは……。
「おそらく、操作と同時に人体の限界を解放されているんだ!」
『正解よ、四聖さん! 糸を経由して私の魔力を注いでいるから、ずっと攻撃できるの! どう、素敵なお人形でしょ!?』
今戦っている相手はモンスターではない。
人間の遺体だ。
いずれも丁寧に保管されてきた様子から、遺族の大切に思う気持ちがひしひしと伝わった。 攻撃を捌く中、ノエルが怒りの滲む声音で告げる。
「アスカ、援護しろ。私があの馬鹿げた糸を斬ってやる」
「私もやる! これ以上、こんな酷いことをさせられないよ!」
「でしたら、私も水魔法で援護します!」
作戦は即座に決まる。
ティルーとタイミングを合わせ、同時に魔法を発動した。
「《ルミナ・レイ》!」
「《アクア・バレット》!」
俺は光属性の光線を、ティルーは細かくも重い水弾を放って援護する。
ナディアとノエルは魔法が飛び交う中を走り、一番近い遺体に迫った。
「《星霜斬》!」
「《一閃》!」
空気を切り裂くほどの鋭い剣撃が糸に直撃する。
ところが……。
「……なぜ斬れない!」
「すり抜けちゃうよ! 全然手応えがない!」
『あっはぁ、剣なんかで斬れると思ったの!? ねえ、女騎士さん、猫人族さん! 私は魔族四皇だって知ってた!?』
吊り手の糸は無傷で、遺体の操作も変わりない。
ノエルとティルーの剣劇は、剣士の中でも相当上位に位置する。
彼女たちの攻撃が効かないのには、何か特別な理由があると推測された。
「アスカさん、このままでは……!」
「ああ、対策を……!」
ふと、吊り手の意匠に注意が向いた。
魔力でできた単なる×印ではなく、それの表面には複雑な魔法陣が描かれる。
全て同じ意匠かと思ったが、一人一人微妙に異なった。
基本となる幹部分の術式は変わらず、枝葉の部分が異なるイメージだ。
……なぜだ?
妙に気になった俺の頭に、何冊もの本――魔導書の知識が蘇る。
魔法に関する膨大な知識が集約され、一つの術式が浮かび上がった。
「……そうか、対策が考えついたぞ!」
「本当ですか、アスカさん!」
即興で、"解呪"の魔法を発動する。
「《呪縛解放》!」
放った解呪の波動に当たると、吊り手と糸は次々と消滅していく。
マリオネット王女の禍々しい魔力は、浄化されるように跡形もなく消える。
死者は力なく崩れ落ち、カルロスとシャノンも解放された。
魔法の猛攻も止み、少し離れたところではナディアとノエルが歓声を上げる。
「吊り手と糸が消えたよ! みんな元に戻った!」
「よくやったぞ! さすがはアスカだ!」
俺は屋根の上に座るマリオネット王女を見る。
「お前の吊り手と糸は……"呪い"の一種なんだろう? 一対一の契約だから、他者の介入ができなかったんだ。術式から推察するに、対象者の性別や年齢、魔力に筋力、その日の体調まで考慮し、最も敵した形にアレンジしているんだ。だから、意匠が人によってわずかに異なった」
俺の話を静かに聞いていたかと思うと、マリオネット王女は不敵な笑みを浮かべた。
『……へぇ、なかなかやるじゃない。そう、あなたの言うとおりよ。私の魔法は呪いそのもの。呪いと見抜いて、さらに解呪までこなしたのはあなただけだわ。ご名答、褒めてあげる。でも、どうしてわかったのかしら?』
「あいにくと、呪いには散々苦しめられた経験があるんでな」
ナディアたちと出会う前に喰らった呪い。
あの呪いを解呪しようと、調べに調べ学んだ知識が組み合わさって解決策に昇華した。
『解呪してくれてありがとう、四聖さん。これから、私はもっと強くなれてしまうわね。もっと意匠に違いが出ないように練習しなきゃ』
「その機会は訪れない。お前は今日この場で討伐されるのだから。……カルロス! 今のうちにシャノンを連れて逃げるんだ! ここは俺たちに任せろ!」
何度も呼びかけるが、カルロスはシャノンを抱き締めたまま動かない。
「……シャノンは生き返った……シャノンは生き返ったんだ……今はまだ眠っているだけだ……」
……ダメか。
諸々の衝撃から未だ抜け切れていないようだ。
俺は屋根の上のマリオネット王女に視線を向ける。
「お前の魔法は攻略した。勝ち目はないぞ。討伐も時間の問題だ」
『あら、私はまだ負けていないわ。ちゃんと別の戦い方も用意しているのよ? せっかくだから私のおもちゃを見せてあげる』
そう言って、マリオネット王女は懐から四つの人形を取り出した。
……何をするつもりだ。
空中に放り投げたかと思うと、人形は徐々に大きくなり、俺たちの前に降りたときには人間と同じ大きさになった。
ナディアとノエルも合流し、戦闘態勢に入る。
「今度は吊り手と糸がないよ!」
「隠し持っていた死体か!?」
二人の疑問に答えるように、空からマリオネット王女の声が降ってくる。
『それは私を討伐に来た人間よ。死体を加工して人形にしたの。どれもあなたたちの世界では英傑と評される人間ね』




