第112話:最悪の敵
まるで姿形、そして魔力の変わったクリスティーナに、周囲の喧騒は完全に静まった。
ほんの一瞬、静寂が支配した後、群衆の悲鳴が轟いた。
「「ま……魔族四皇だあああ!」」
大パニックに陥った群衆は、我先にと街に向かって逃げる。
恐怖のためか、屋敷の私兵や使用人も主を置いて逃げてしまった。
ただ、当のカルロスはぼんやりとシャノンの遺体を抱きしめるだけだ。
「ク、クリスティーナがマリオネット王女……? 何が……何が起きているんだ……」
「今すぐ離れるんだ、カルロス! 逃げろ!」
懸命に呼びかけるが、彼は呆然としたまま少しも動かなかった。
目の前の衝撃的な光景が信じられないらしい。
マリオネット王女の姿が目の前にいても、カルロスは状況を否定する。
「君は……クリスティーナだろう? 僕と一緒に研究を進めてくれた女性の魔法使いで、ましてやマリオネット王女のはずがない。それもそのはず……あのとき倒したんだ!」
『ああ、アレね。あなたが倒した私は、ただの土人形よ。土の塊に私の魔力を注いで動かしていただけ。騙されてくれてありがとう、辺境伯さん』
「じゃ、じゃあ、本当に君は……」
『そんなに確認しなくてもわかるでしょう? ついでに言うと、私とあなたが開発した理論も全部噓よ。でたらめなの。魔力を込めたら、ただ光るだけの魔法陣。もちろん、月の魔力が必要なんて話も嘘。あなたのありがたそうな顔、本当に面白かった。滑稽なあなたには何度も笑わせてもらったわ』
緊迫した空間に場違いなほどの明るい笑い声が響く。
端から聞くと少女が軽やかに笑っているように聞こえるが、その実情は極めて重かった。
カルロスはマリオネット王女のすぐ近くにいる。
早く距離を取らせた方がいいだろう。
攻撃しようと魔力を練り上げたとき、カルロスは何かに気づいた様子で叫んだ。
「こ、この糸はなんだ……吊り手……? なんで……なんで、シャノンの身体にこんなものがついている!」
『ようやく気づいたの? さっきからあの男――四聖さんが教えてくれていたでしょう。その死体は生き返ってなんていない。私に操られているって』
「貴様は……貴様は私を騙したのか!? 死者を生き返らせる方法がある、貴様はたしかにそう言っただろう!」
『……ねえ、どうしてあなたたち人間は、そんなに私を笑わせてくれるの? 死んだ人間が生き返るわけないでしょう?」
マリオネット王女は、耐えきれないようにくすくすと笑う。
心底、この状況を楽しんでいるようだった。
カルロスは怒りに満ちた声で叫ぶ。
「これ以上、私の大事なシャノンを侮辱するな! 今すぐこの糸を外せ!」
『シャノン? だぁれ、それ?』
「なっ……ふざけるな! 私の娘の名前だ!」
『あらそうなの、初めて知ったわ。私、興味がないことは覚えられないの。ごめんなさいね、辺境伯さん』
マリオネット王女はクリスティーナとして現れてから、一度もグランド辺境伯やシャノンなどとは呼ばなかった。
人間の名前など、どうでもいいということらしい。
『それとね、辺境伯さん。あなたの娘を殺したの……私だから』
「……は?」
この場にいる誰よりもカルロスが疑問の声を出した。
いきなり切り出された、シャノンの殺害を告げる言葉。
カルロスは時が止まったかのように固まる。
そんな彼に、マリオネット王女は何の悪びれもなく笑顔で語った。
『一年前、こっそりこの島に来たのよ。あなたは娘を大事にしているって有名だったから、ちょっとからかいたくなってね。一人で歩いているこの子を操作して、崖から落とした。そしたら死んじゃったの。その後はお察しの通り。すぐにあなたの前に来ると怪しまれるから、半年も待ったわ。研究にも苦戦しているフリをして、敢えてじっくりと進めた。喜んだあなたは私の言いなりになって』
崖から落ちて亡くなったシャノンの死因は、事故じゃなかった。
魔族四皇による殺人だったのだ。
マリオネット王女は事実を隠して近づき、文字通りカルロスを完全に操ったということか。
全てを明らかにされたカルロスは、怒りに満ちた表情で魔力を迸らせた。
「……許せない、貴様は絶対に許せない! 今この場で焼き殺す! 《ラグナ・ブラスト》!」
『あっはぁ! そんな単調な攻撃に誰が当たるの?』
マリオネット王女は軽く跳んだだけで、三階建ての屋根の上に逃げる。
カルロスが放った雷魔法の砲撃は空振りし、屋敷を大きく破壊するに留まった。
屋根に座るマリオネット王女は、ぐるりと俺たちに視線を向ける。
『あなたたちは色々と調べ回っていたみたいだけど、何も出てこないのは当たり前よ。だって、私は何もしていなかったんですもの。辺境伯さんと研究ごっこをしてただけ。暇つぶしに、集まってきた海のモンスターを操って殺し合いをさせていたけどね。そしたらまた別のモンスターも来るから楽しくなっちゃた』
子どものように足を揺らしながら笑う。
満月を逆光に浴びたその顔は暗く、赤い瞳が不気味に浮かび上がっていた。
とある可能性を考える俺は、その影に問う。
「"死者蘇生の儀"で、人集めをカルロスに進言したのはお前だな? 集めた死体を操って戦力にするのが目的か?」
『あら、違うわ。棺桶をのこのこ運んできた人間を殺させるの。そいつらが"大事な人の死体"を操ってね。だって人間って、大事な人に殺されるときの表情がとても面白いんですもの』
屋敷の上から快活な笑い声が降ってくる。
俺たちが感じるのは怒り、ただそれだけだった。
「マリオネット王女……お前は今までで最悪の敵だ」




