第111話:吊り手と糸
シャノンの遺体はクリスティーナに操作され、動き、言葉を発しているのだ。
あまりにも自然な動作なので、他の誰も気づいていないらしい。
「あんなものは……死者蘇生でも何でもない……!」
自然と怒りの声が出た。
とうてい見過ごすことはできず、俺たち四人は石版の近くにまで飛び出した。
カルロスは涙を流しながら、喜びの感情を爆発させる。
「アスカ君、見てくれ! シャノンが生き返ったよ! "死者蘇生の儀"は成功したんだ! ありがとう、君たちが中止にしないでくれたおかげだ! ありがとう、アスカ君!」
すぐ目の前にある吊り手と糸にまったく気づいていないのか、カルロスはシャノンの遺体を大事そうに抱き締める。
その光景に、ナディアが混乱した声音で話す。
「な、何で見えていないの? 昔は強い冒険者だったんでしょ。あんなにはっきり見えているのに……」
「おそらく、死者蘇生の興奮と期待で見えていないんだ。……クリスティーナ。今すぐ、この馬鹿げた茶番を止めろ。これ以上、死者を冒涜するな」
俺はクリスティーナに厳しい視線を向けるが、当の本人は何も反応しない。
わずかな微笑みを讃えたまま、未だ興奮する群衆を眺めるだけだ。
彼女の代わりに、カルロスが不思議そうな顔で話す。
「アスカ君、茶番とはどういうことだい? それに、死者の冒涜とは……」
吊り手と糸からは、類い希な禍々しい魔力が迸る。
これほどの魔力を放てるのは……あいつらしかいない。
全てを理解した俺は、尚もカルロスに呼びかける。
「そこにいるクリスティーナこそがマリオネット王女だ! カルロス、あなたの娘は生き返ったんじゃない! 操られているだけだ! 遺体を操作されているんだ!」
俺が叫んだ瞬間、会場は静まり返った。
全員の視線が俺に集まる。
誰も何も話さぬ中、カルロスの瞳には徐々に強い怒りが滲んだ。
「アスカ君、君は……君は……シャノンの蘇生を認めないということか……? 遺体を操作されている? なにを馬鹿げたことを言っているのだ!」
「カルロス、あなたは手練れの冒険者だった。目を凝らせば、俺の言っていることがわかるはずだ。シャノンの遺体をよく見るんだ。吊り手と糸が……」
「黙れ! 私は君を信じていたのだよ! 私の思いを認めてくれたと思った! 君は認めたフリをしたんだな! この場で私を馬鹿にするために! ……皆の者、その男と仲間を捕らえろ! 人類の新しい可能性を否定する愚か者だ!」
カルロスは俺の話を最後まで聞かず、周囲の人間に命じる。
たちまち、群衆や屋敷の私兵、使用人が一斉に俺たち四人に飛びかかった。
「いくら四聖でも、言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「旦那様の思いを踏みにじるなど、とうてい許せません!」
「この場にいるみんなの願いを否定するつもりか! 死者の蘇生は人類の悲願だぞ!」
死者蘇生に対する興奮や期待のためか、彼らにも吊り手と糸は見えていないらしい。
広場は激しいもみ合いになってしまい、渦の中心にいる俺たちは必死に呼びかける。
「死者蘇生なんてそんなものはない! 全てまやかしなんだ!」
「みんな、目を覚ましてよ! 魔族四皇がそこにいるんだって!」
「このままでは全員殺されてしまいます! どうか離れてください!」
「お願いだから私たちの話を信じてくれ!」
話を聞いてくれる人間は一人もおらず、俺たちを捕らえようと掴みかかる。
群衆は、みな敵じゃないので手が出せない。
怪我させず無力化する必要がある。
混乱の最中、ふとクリスティーナの顔が見えた。
不敵な笑みを浮かべる。
まるで、この騒動を心底楽しんでいるような。
これ以上、あいつの好き勝手にさせるわけにはいかない。
「アスカさん、ここは私が……! 《アクア・バリケード》!」
ティルーが水の壁を全方位に展開し、ゆっくりとしかし力強く群衆を押しのける。
徐々に喧噪がクールダウンしていくと同時、カルロスは激しく毒づいた。
「クソッ、ウンディーネの水魔法か! ……おい、もっと人を集めろ! 街に出ている部下たちを呼んでこい!」
「いいえ、その必要はないわよ、辺境伯さん。ここからは私にやらせてちょうだいな」
カルロスの言葉を遮るように、今まで無言を貫いていたクリスティーナが歩み出る。
「いや、君が出る必要はない。四聖の名にふさわしくない不届き者は、私が直接始末す……」
直後、クリスティーナの全身から、吊り手や糸と同じ禍々しい魔力が迸った。
足下の石版にヒビが入るほどの凄まじい魔力だ。
彼女の様相が徐々に変容し始める。
黒い髪は輝く月を思わせる銀色に変わり、黒い目は血のような赤色となる。
服装は末広のロングドレスという良家の令嬢を感じさせる意匠に変化したが、青白い肌が人外であることを示した。
「まさか……まさか、そんな……!」
カルロスの悲痛に満ちた声が響き渡る。
今ここに、最後の魔族四皇――マリオネット王女がその姿を現した。




