第110話:”死者蘇生の儀”
四日が過ぎ、"死者蘇生の儀"を執り行う日が訪れた。
儀式はカルロスの屋敷で行われる。
屋敷の前には初めて訪れたときにはなかった大きな石版が敷かれ、その上には例の魔法陣が描かれる。
群衆は広場の空間に集まり、今か今かとカルロスの登場を待っていた。
そんな彼らが近づきすぎないよう、使用人や私兵が手を広げて制止する。
儀式による被害を防ぐため、石版からなるべく距離を取ることをカルロスに進言したのだ。 俺たち四人は屋敷のすぐ外で待機しており、ちょうど儀式の場――石版を横から見るような位置にいる。
時刻は夜だが、用意された明かりや空の満月によって辺りは明るい。
「ずいぶんと人が集まっているね。なんだか雰囲気が怖いよ」
「全員、死者蘇生は成功すると確信を持っているみたいです」
ナディアとティルーが恐る恐る言う。
おそらく、群衆は数百人はいるだろう。
蘇生を望む島の住民や、外から来た客、その他見学に来た島の住民といったところだろうか。
みな目が据わった様子で、これから行われる儀式への高い期待が感じられた。
空間全体が強い期待や希望で膨らむ。
一方、少しでも悪い方に転ぶとたちまち割れてしまうような不安定さも伝わった。
彼らの足下にはいくつもの棺桶が置かれ、それがさらに歪な雰囲気を増す。
ノエルは人が集まるにつれ一段と神経を張り詰める。
「あの群衆にマリオネット王女が紛れ込んでいたとしたら、厄介なことになりそうだな。辺境伯の私兵が見回っているはずだが、油断はできない」
彼女の話に無言で頷く。
この四日間、俺たちは島中を調査したが、残念ながら最後の魔族四皇――マリオネット王女に関する情報や痕跡は確認されなかった。
怪しい魔力の残滓もなく、監視を兼ねて宿泊させてもらったカルロスの屋敷に異変も生じなかった。
ただ、例の女魔法使い――クリスティーナの所在は未だ不明だ。
いつ戻ってくるのか、俺たち以上にカルロスが憔悴している。
連絡もなく、ただ待つしかないとも。
いずれにせよ、俺はこの儀式で何かがわかるような気がした。
待つこと数分、群衆から強いどよめきが発せられる。
この儀式の主役であるカルロスが現れたのだ。
彼の後ろからは使用人が棺桶を運び込み、魔法陣の上に丁重に置く。
蓋を外されると……シャノンの遺体が月明かりの下にさらされた
絵で見た明るさはなく、眠っているような安らかな死に顔だ。
顔の周りには色取り取りの花が飾られ、血の気が失せた青白い肌をより一層際立たせた。
広場の喧噪は徐々に落ち着き、夜の静けさが訪れる。
風の囁きも聞こえるほど静まり返った後、カルロスがゆっくりと口を開いた。
「……みな、今日はよく来てくれた。この島を統べるカルロス・グランドだ。一年前、私は娘を亡くした。悲しみを埋めるべく必死に研究した結果、とうとう死者蘇生の可能性に辿り着いた。今宵、みなにその成果を共有しよう。だが、もう少しだけ待ってくれ。協力者の魔法使いが儀式に必要な物を用意してくれている。すぐに戻ってくるはずなんだ」
そこで言葉は途切れ、群衆たちはまたざわめきに包まれる。
クリスティーナは本当に来るのだろうか……。
もし彼女が来なければ、この儀式は中断になる。
客たちが遺体を運んだ意味もなくなってしまう。
待つしかないなと思ったとき、ふと上空にわずかな空気の振動を感じた。
空には小さな浮遊艇が飛んでおり、旋回しながら舞い下りている。
この振動の出所はあれか。
ナディアもいち早く気付いたようで、ティルーとノエルに上を見るよう話す。
客たちも船の存在を認識し、こぞって上を見た。
浮遊艇は音もなく着陸する。
直後、一人の小柄な女がふわりと地面に降り立り、女はカルロスに上品なカーテシーを披露した。
「遅くなって申し訳ありませんわ。ギリギリまで月の魔力を集めたかったんですの」
「ようやく来たか! 待ちわびたよ! ……みなさん、ご紹介しよう。協力者のクリスティーナだ。彼女の手助けなくして、死者蘇生の理論は構築されなかった」
クリスティーナは盛り上がる群衆に上品に手を振る。
少し離れている俺たちの存在には、まるで気付いていないようだ。
黒髪黒目の少女で、年の頃はナディアやイセレに近いだろうか。
あの年齢で死者蘇生の研究を進められるのだから、かなりの実力があるのだろう。
群衆がある程度落ち着いたところで、クリスティーナは懐から小さくも丸い石を取り出す。 遠目からでもよく磨き上げられた石だとわかる。
「辺境伯さん、こちらが月の魔力を集めた石ですわ。これを使って娘さんを生き返らせてあげて」
「ありがとう、深く感謝するよ」
カルロスは魔法陣の頂点に石を置く。
全ての準備が完了したらしい。
そのまま、彼は一気に魔力を練り上げた
「では、これより"死者蘇生の儀"を執り行う!」
カルロスの身体から魔力が注がれ、魔法陣が光り輝く。
光が徐々に収まった直後。
シャノンの瞳がゆっくりと開き、虚ろな顔で呟いた。
「パ……パ……」
「……シャノン! シャノン! 生き返ったんだね、私のシャノン!」
カルロスは力強く抱きつき、群衆は地鳴りのような歓声を上げる。
「成功だ! 死者が蘇った! 死者蘇生は成功したんだ!」
「おめでとうございます、辺境伯様! これは……これは人類の偉業です!」
「私の夫も蘇生させてください! 生きてまた会えるなんて夢のようですわ!」
あまりの歓声に屋敷一帯が揺れるほどだった。
屋敷の使用人や私兵も涙を流し、カルロスを祝する。
だが、俺たちは彼らのように喜ぶことはできなかった。
「ア、アスカ、あれって……」
「こんなことが……許されるのでしょうか……」
「私は怒りで腸が煮えくり返そうだ……」
ナディアもティルーもノエルも、怒りに身を震わせる。
無論、俺もだ。
シャノンの身体の上には×印の吊り手が浮かび、魔力の糸が垂れていた。
――操られている。操り人形そのもののように。
その術者は……クリスティーナだ。




