第108話:エリュシオン島にて
エリュシオン島の土壌からは、白っぽい粘土がよく採れることで有名だ。
そのような背景もあってか、訪れた街並みはアイボリー色の煉瓦が主流で、白く清潔な建物が多かった。
街を歩く人は多く、通りには活気があふれ、とても辺境の島とは思えない。
王都にも負けないほどの発展具合だ。
ただ、今は日常よりさらに栄えているようだった。
「なんか、お祭りみたいだね……」
ナディアが周囲の様子を見ながらそっと話す。
街全体は祭り特有の高揚感にあふれ、人々の浮き足立った雰囲気に包まれる。
建物は色取り取りの三角旗で飾り付けられ、たくさんの露店が並ぶ。
ヴァルメルシュのオークションとどことなく似ているが、"死者蘇生の儀"という言葉が脳裏に浮かび、どうしても歪な印象が拭えなかった。
まずは現地の情報を得ようと思い、俺は露天商の店主に話しかける。
「ちょっと失礼。俺たちは旅の者なんだが、今は祭りでも開かれているのか?」
「ああ、辺境伯様が死者蘇生の技術を開発したんだよ! 人類の誰も成し遂げられなかった偉業を達成されたんだ! これはその祝祭さ。本当にうちの領主様はすごい! 兄ちゃんたちも見学させてもらったらどうだ?」
定期船の乗客ほどではないが、店主もまた興奮した様子で捲し立てる。
規格外の技術を開発した領主を素直に尊敬している、という印象だった。
「……驚いた、まるで夢のような話じゃないか。明日までの滞在予定だったが、もう少し滞在することにしよう」
「ああ、その方がいい。辺境伯様は死者蘇生の技術を独り占めすることなく、世の中に還元するというお話だ。まずはこの島の住民とお知り合いの人を対象に始めて、徐々に王国中に広めてくださるんだってさ」
「なるほどな。グランド辺境伯はやはり良い領主なのか?」
「良いも何も最高の領主様だよ。いつも住民の暮らしを最優先にしてくださるんだ。冒険者だった経験を活かして、モンスターの討伐もされてしまうからな。本当にすごい方だ」
店主は興奮した様子で語る。
昔、グランド辺境伯は名の知れたSランク冒険者だったそうだ。
雷魔法が最も得意で、射程外から次々と敵を射抜いたことから“迅雷の射手”という二つ名を欲しいままにしたと聞く。
前線を退いてしばらくのはずだが、まだその腕は健在らしい。
「情報をありがとう。仕事中にすまなかった」
礼を述べ、店主と別れる。
歩きながら、俺はナディアたちと話す。
「"死者蘇生の儀"は住民にも知らされているらしいな。隠したい研究だろうに、外からも人を集める目的はなんだろうか。正式な技術として王国中に周知させたいのなら、先に修道会や王都に連絡しそうなものだが……」
倫理に反するとされる、死者の蘇生。
研究することでさえ問題視されるのだから、実際の技術にはどれほどの反発が起きるかはわからない。
事前に、修道会などに報告をして正式な許可を得た方が、辺境伯の立場としても安全だと思われる。
仮に……ほとんど考えられないが本当に死者が蘇生したとしても、"王国に対する危険な技術を隠し持っていた"と糾弾されてしまう可能性もあるためだ。
「自分のとこの領民や知り合いには、特別に先に技術を提供してくれるってことかな? でも、やっぱりアスカの言うように国に正式な技術として認められてからの方がいいかも」
「死者蘇生なんてウンディーネの間でも聞いたことはありません。本当にできるのでしょうか」
「私も貴族の端くれだからわかるが、貴族同士は常に互いの隙を窺っている。高位貴族ほど、責められる下手な口実を作らないよう気を配るものだ。辺境伯などという立場なら尚更そう考えるのが自然ではある」
三人とも俺と同じような疑問を持っているようだ。
何はともあれ、辺境伯本人に聞かなければ真実はわからない。
道すがら、定期船の乗客を何人か見かけた。
みな例の長方形の荷を付き人に運ばせながら、露店を眺めたり宿屋に入ったりとする。
あの中身が棺桶に納められた死者だと思うと、祭りの明るい雰囲気とのアンバランスさがどことなく不気味だった。
「グランド辺境伯の屋敷は島の中央にある丘の上だ。予定通り、まずは屋敷に行こう。マリオネット王女、"死者蘇生の儀"について話をしなければ。イセレの手紙が届いていれば、急な来客の俺たちにも会ってくれるはずだ。そして、歩きながら……」
「マリオネット王女がいないか、神経を巡らせよう」
ノエルが俺の言葉を補足する。
――魔族四皇のマリオネット王女。
もうこの島に来ているのだろうか。
街の様子は至って平和そのもので、混乱などは少しもない。
まだ動きがないのか、それとも裏で何か活動しているのか……。
いずれにせよ、不穏な未来が訪れる気がしてならなかった。
周囲の魔力を探りながら、俺たちは丘の上に向かう。
数十分も歩くと、グランド辺境伯の屋敷に着いた。
三階建てと大きく、横長のカントリーハウスだ。
街並みと同じく白っぽい煉瓦で作られており、青く晴れた空によく映えていた。
敷地は広く、屋敷の前には整備された広場がある。
まるで、小規模な宮殿を思わせる様相だ。
門は開放されていたので、そのまま玄関まで行く。
辺境伯ともなれば警備の人間がいそうなものだが、不思議と誰もいなかった。
玄関をノックし、中に呼びかける。
「突然、申し訳ない。俺は四聖のアスカ・サザーランドという者だ。グランド辺境伯に話があって参上した」
最後まで言い終わると同時に扉が開き、初老の執事が顔を出す。
「ようこそお出でくださいました。お話は旦那様から伺ってりますので。さあ、こちらにどうぞ」
丁寧に応対した執事は豪奢でありつつ上品な廊下を進み、俺たちを執務室まで案内してくれた。
執事が扉をノックすると、柔らかな声で「入りなさい」と返答される。
執務室の壁には島を描いた瀟洒な風景画がかけられ、シャンデリアのガラスが陽光に煌めく。
外観と同じく室内も白くて明るい。
窓からは海と街並みが見え、それ自体が絵画のようだった。
部屋の奥には横長のテーブルが置かれ、二十代後半の若い男が据わる。
紫色の髪はポニーテールにまとめ、髪と同じ紫の目は切れ長でアメジストのように輝いていた。
立ち上がると長身だとわかる。
「初めまして、イセレ様から話は聞いているよ。私はカルロス・グランド辺境伯。遠いところ、よく来てくれたね。気軽にカルロスとでも呼んでくれ」
カルロスは気さくに笑いながら俺たちと握手を交わす。
見た目通りの爽やかな人物らしい。
「よろしく、アスカ・サザーランドだ。辺境伯の屋敷ともなれば警備が厳重だと思うが、門番などはいなくていいのか?」
「いつも住民には解放しているんだ。彼らのおかげで私は生活できているようなものだからね。さあ、座ってくれたまえ。ちょうど昨日、イセレ様から手紙が届いた。正直なところ、未だ衝撃冷めやらぬ、といったところだ」
着席すると先ほどの執事が茶を持ってきて、カルロスは飲みながら話を続ける。
「君は魔族四皇のデュラハン卿を倒したんだってね。一人の国民として深く感謝するよ。国を平和に導いてくれて本当にありがとう。島の住民も我がことのように喜んでいる」
「"魔王"を倒すまでは真に平和とは言えないがな。では、さっそく本題に入りたい。俺たちはあなたに二つ話したいことがある。まずはマリオネット王女についてだ。デュラハン卿からこの島に潜伏しているという情報を得た。見たところ島は平穏なようだが、何か不審な出来事などは起きていないか?」
そう伝えると、カルロスはカップを置いた。
表情から柔和さや人懐っこさは消え、代わりに戦いに向かう戦士のような真剣さが浮かぶ。
直後言われたことに、俺は強い衝撃を受けてしまった。
「そのことなんだが、マリオネット王女は……すでに私が討伐したんだ」




