第105話:港町リリンドラ
旅を進めた俺たちは、予定通り港町リリンドラに到着した。
フローレよりはずっと大きく、やはり交易が盛んだと町も発展するのだと感じられる。
船着き場にはたくさんの大型帆船や小型の船が停泊し、荷を持った人々が忙しなく行き交う。
海風を感じながら、ナディアとティルーが気持ちよさそうに話す。
「ずっと森の中を歩いていたから、久し振りに海に出てきた気分だね」
「潮の香りがとても爽やかです。同じ港でも、ヴァルメルシュとはまた違った雰囲気がありますね」
「ここはエリュシオン島の玄関口としてだけじゃなく、周辺海域の安定性でも有名だ。一年を通して穏やかな気候で魔物も少ないから、各地を回る商船の重要な寄港地でもあるんだ」
ノエルが説明してくれ、ナディアとティルーは納得した様子だった。
ヴァルメルシュのもう使われていない港に比べ、この街は活気に溢れている。
こうしている間にも船が入港しては出航する。
街を歩きながら、俺は頭の中で月の満ち欠けを計算した。
「……デュラハン卿に聞いたイベントの日は四日後か。時間に余裕があってよかったな」
「ルースたちが近道を教えてくれたからだね。もし、メイン街道を進んでいたら間に合わなかったかも」
俺たちは西に進みながら、通りがかった村や集落の困りごとを解決していた。
村を襲うモンスターの退治や病気の治療、山賊の捕縛などなど……。
マリオネット王女のイベントに間に合わせる必要はあるが、目の前の窮する人々を救わない選択肢はなかったからだ。
俺は三人に呼びかける。
「よし、まずは船着き場に行って定期船に乗る手配を進めよう」
船着き場は街の西側の港に面しており、五分ほども歩くと着いた。
だが……相当の混雑具合だった。
エリュシオン島に向かう船の列だけ非常に長く、すでに何十人も並んでいる。
ざっと数えて五十人近くはいるようで、あまりの混雑具合を受けナディアたちには疲弊の色が滲む。
「定期船って、こんなに混むの~? 待ってるだけで日が暮れちゃうよ~」
「辺境伯の治める有名な島だからでしょうか。ずいぶんと混んでますね」
「一番早い便は二時間後か……。時間に余裕があるとはいえ、私たちの目的を考えるとなるべく早く乗船したいところだな」
ノエルの言うように、二時間後に定期船が出る。
いずれにせよ、並ばないことには何も始まらない。
「仕方がない。ここは列に並ぼう。受付は二つあるから、思ったより早く順番が来るはずだ。問題は乗れればいいのだが……」
列の最後尾に並び、静かに順番を待つ。
小一時間ほど待つと、ようやく俺たちの番が来た。
受付は中年の女性だ。
「四人分の乗船券を頼む。できれば、二時間後の便に乗りたいのだが」
「はいはい、四人ね……大きな荷物はあるかい?」
「いや、特にはない。手持ちだけだ」
「ほぅ、それなら大丈夫さ。今発券するからちょっと待ってな。あんたらみたいな客ばっかならいいんだけどねぇ。この混雑には困ったもんだよ」
受付の女性は文句を言いながら券の準備をする。
この混雑は突発的なものなのか……。
彼女の話が気になった俺は、少し詳細を尋ねることとした。
「ずいぶんと混んでいるようだが、定期船はいつもこんなに混み合うのか?」
「いや、この数週間だけ劇的に混雑したんだ。いつもはもっと少ないさ。客はやたらと長四角の荷を運び入れていてね、それが混雑の主な原因だよ。おかげで、定員より少ない人数で運行せにゃいかんから、手配が大変だよ。まぁ、この船もグランド辺境伯のおかげで運営できているようなもんだから、何も言えないんだけどね。……ほら、乗船券だよ。無くさないように気をつけな」
「ありがとう、助かったよ」
「ちょっと待ちな。実は、数ヶ月前から定期船の行路にモンスターが出るようになっちまったんだ。グランド辺境伯とリリンドラが駆除しているけど、今回の運行でも現れるかもしれないね。もし出てきたら、揺れが少ない船の真ん中に行きな。あんたが一番弱そうだから忠告しとくよ。まぁ、乗員はみんな冒険者だから安心しなね」
「わかった、詳しくありがとう。でも、俺なら大丈夫だ。一応、これでも腕に覚えがあるんでな」
女性から乗船券を貰い、列を離れる。
たちまち、ナディアたちが笑いながら話す。
「あの人、アスカが一番弱そうだって」
「アスカさんは優しいお顔をされていますからね」
「私たちの中で一番強いのにな」
ははは、と渇いた笑いで返す。
その足で船に向かいながらも、俺は受付の話が気になっていた。
頭をよぎるのはマリオネット王女の関わる"イベント"の件だ。
もちろん、関係があるとはまだ断定できないのだが、気になる自分がいた。
定期船はマストが四本もある大型の帆船だった。
定員は乗客乗員合わせて250人ほどという話で、全長は150mくらいはありそうだ。
俺たちが乗り込んだときにはすでに数十人の客がいて、彼らの隣には長四角の荷が置かれる。
船首に近い場所に座り、時間を待つ。
やがて、定期船は時間通りに出港し、穏やかな海風が顔を撫でる。
事前の情報では、およそ一時間の旅路となる。
「この調子だと、昼過ぎには島に着きそうだ。島に着いたら、まずグランド辺境伯の元に行こう。もうイセレの魔力鳥は届いているだろう」
「私もアスカの意見に賛成だ。それにしても晴れてよかった」
定期船は順調に走るが、やはり目に付くのは受付の女性が話していた長四角の荷だ。
乗客とともに、甲板に多数置かれる。
最初は、倉庫に収まりきらないから甲板に置いたのかと思っていた。
だが、後から乗る客の様子を見たら、みな「倉庫などに置きたくない」と主張したのだ。
船員は困っていたようだが、追加料金を支払うことで折り合いがついていた。
きっと、他の乗客もそうだろう。
中には荷を持たない者もいたが極めて少数派で、逆に肩身の狭い様子だった。
「肌身離さず置いているなんて、よっぽど大事な荷物なんだろうね」
「もしかしたら、グランド辺境伯に対する献上品かもしれません。私たちも何か用意した方がよかったでしょうか」
ナディアとティルーは荷に対して長閑な気持ちでいるみたいだが、俺はなかなかそのような気持ちにはなれなかった。
乗客はしきりに荷の表面を布で拭いたり、優しく撫でたり、何か呟いたりと不思議な行動をするのだ。
「ノエル、あの荷についてどう思う?」
「正直なところ、少し異質な雰囲気を感じるな。荷そのものではなく、持ち主の方にだ」
「……俺も同感だ。中身はわからないが、あの荷の大きさだと結構な重さがあるだろう。運ぶにしても人手の確保が大変そうだ。リリンドラと離れた場所からの運搬なら尚更……」
そこまでして運び込む理由はなんだろうか……。
会話しながら、さりげなく乗客を観察する。
初老の夫婦や若い男性、母親と少年の親子連れなど……確認できる範囲では年齢や風体に共通点は見られない。
荷に対する行動自体は不思議な一方、それ以外は至って平穏だ。
騒いだり暴れることもなく、非常に静かで落ち着いている。
だからこそ、荷に対する扱いの歪さが際立った。
何かしらの情報が得られるかもしれないと思い、乗客に話を聞いてみようとしたとき。
突然、耳をつんざく警鐘が鳴り響いた。
マストの上に設置された見張り台から、乗員の焦燥感あふれる叫び声が振ってくる。
「モンスター出現! ……ちくしょう、魔喰クラーケンだ! かなり大型だぞ!」




