第102話:墓地
数分も走ると、町外れの墓地に到着した。
灰色の墓標が百個近くは並ぶ、大きな規模の墓地だ。
今日は月が出ているためか、辺りの様子は薄らと確認できる。
墓地全体は柵などでは区切られておらず、フローレの外に広がる草原の一部を利用しているようだ。
小高い丘の上に位置しており、眼下には街並みの様子が見える。
墓標には町を発展させるために尽力した人や永住を決めた旅人など、多種多様な背景が刻まれる。
住民の律儀な様子から普段は掃除が行き届いていると推測されたが、今はゴーストの影響で掃除ができないのか、それぞれの墓標は汚れてしまっていた。
静粛な一方、どこか独特の重く苦しさを持つ空間を俺たちは警戒して歩く。
最初、ゴーストは墓地の中央にでも陣取っているのかと思っていたものの、その姿は見えない。
「ゴーストはどこにいるんだろうね。身体が大きいのならすぐに見つかりそうなものだけど」
「戦闘中、もし誰かの墓に入られたら厄介ですね。墓石ごと破壊するわけにはいきませんし」
「仮に、そうなったら私とアスカに任せておけ。何かしらの方法で墓から引き剥がすさ」
もう違う場所に移動したのだろうか……いや、ルースたちの話からは考えにくい。
基本的に、ゴーストは悲しみや寂しさの感情を糧に成長するモンスターだ。
二週間も同じ場所に滞在しているとなると、この空間が気に入っているのだろう。
その証拠に……。
「みんな、地面をよく見てくれ」
俺が地面の一角を指すと、ナディアとティルーは激しく驚いた。
「えっ! ど、動物がいっぱい死んでる!」
「モンスターらしき死骸もあります!」
墓地には多数の動物やモンスターの死骸が転がる。
小さい個体を中心に、かなりの数だ。
驚く二人に、俺はゴーストの生態について説明する。
「ゴーストに実体はない。無生物に悪影響はない反面、生きた存在からは生命力を吸収するんだ。この死骸も誘き寄せられたか狩られたか、だろう。もし出現しても、身体に触れないようにな」
「せ、生命力が吸い取られるの!? 死んじゃうってこと!?」
「なんて恐ろしいモンスターなのでしょう!」
「アスカ、脅かしすぎだぞ。仮に触れても、人間くらいの大きさならば即死することはない。……ほら、小動物や小型のモンスターが多いだろう」
ノエルが諭すように話すと、ナディアもティルーもホッと安心した。
さて、魔法による探索が必要そうだ。
俺は魔力を練り上げ、墓地全体に聖魔法を発動する。
「墓地のどこかに隠れているはずだ。調べてみよう……《シャイン・リヴィール》!」
俺を中心に光の波動が放たれ、瞬く間に地面と墓石の数々に伝達した。
ゴーストの嫌う聖属性の魔力だ。
考える間もなく、白く輝く墓の一つ――サリーと刻まれた墓から黒い塊が弾き出された。
「アスカさん、何か出てきましたよ!」
「みんな、あいつがゴーストだ!」
黒い塊は空中に浮いたかと思うと、瞬く間に巨大な双頭の狼に姿を変える。
全長はおよそ8mほどか。
黒い身体の淵は淡く光っており、闇の中でも薄暗く浮き出る。
たちまち、周囲の気温は何度も下がったように冷えた。
ゴーストの身体が触れている草花は徐々に緑が失われ、瞬く間に茶色く萎れた枯れ草に変貌してしまう。
生命力の吸収速度がかなり速いことから、個体としての強さはかなり上位だと推測される。 想像以上の大きさに、ノエルは厳しい表情で剣を引き抜いた。
「アスカ、ずいぶんと成長しているぞ。これほどのゴーストは私も初めて見た。この墓地に染み込んだ感情を目一杯喰らい成長したようだ。ここまでの大きさならば、下手したら人間でも触れた瞬間に生命力を奪われ即死するだろう」
「さっきは死なないって言ってたのに!」
「話が違います!」
ナディアとティルーはノエルの見立てに怒る。
ただ、目の前のゴーストが強い個体なのは確かだ。
「ここまでくるとSランクモンスター、ファントムに分類されるな。元の魂は狼系のモンスターといったところか」
戦闘態勢を取る俺たちに対し、ファントムは激しい咆哮を上げる。
『グオオオオオオオッ!』
ファントムは元の魂の性質を受け継ぐ。
狼の性質を持ち、こちらを威嚇しているのだ。
「悪いが、俺たちはあまり時間をかけるわけにはいかないんだ……《サンクチュアリ》!」
『ギッ……ギャアアアアッ!』
ファントムの周辺一帯を、聖属性の高密度な魔力で覆い尽くす。
唯一にして明確な弱点だ。
五秒ほども魔力を注ぐと、ファントムは欠片も残さず消滅してしまった。
「相変わらず見事な魔法だ。扱いが難しい聖属性なのに簡単に発動してしまうな」
「ありがとう、アスカ! 本当にありがとう! すっごく怖いモンスターだった!」
「命を吸い取るモンスターなんて生きた心地がしませんでした!」
淡々としたノエルに対し、ナディアとティルーは涙ながらに感謝する。
二人の様子から、心底怖かったのだと想像された。
怖い思いをさせて申し訳なかった、と話したところで、町の方角から男女の声が聞こえてきた。
「……アスカ様、お仲間の皆さま! ご無事でよかった! 隠れて見ておりましたが、あんな巨大なゴーストを倒すなんて凄すぎます!」
「お化けのモンスター、倒したんだよね! やっぱり、四聖ってすごいや! ありがとー!」
ルースとソフィアだ。
二人の他にも、多数の住民が丘の下から顔を出してこちらの様子を窺う。
ファントムの消滅を知らせると、みな笑顔で駆け寄ってきた。
口々に礼の言葉を述べ、特にルース親子は強く感謝する。
「お墓を取り戻してくれてありがとう、四聖さん! これでお母さんに会えるよ!」
「おかげさまで、サリーに祈りを捧げることができます! さっそく、ソフィアと二人で……」
「いや、まだこれで終わりじゃないさ」
「と言いますと……?」
俺が言うと、ルースは不思議そうな表情になる。
終わりじゃないというのは……。
「その前に墓地の掃除をしよう。最近、手入れができていなかったんだろう? 一年で一番大事な日なんだ。綺麗な環境で祈った方が奥さんも喜ぶはずさ。もちろん、俺たちも手伝う」
「……アスカ様……ありがとうございます! サリーも嬉しがることと思います!」
総出で掃除をすることになり、各々の作業を始める。
俺は魔法で明かりを出しながらナディアやノエル、住民たちと丁重に死骸の埋葬をし、ティルーが水魔法で墓石の表面を優しく洗う。
みんなで協力すると、すぐに完了した。
最後に濡れた墓石を火魔法で乾燥させ、汚れ一つない美しい姿に変える。
一転して、墓地は雰囲気が変貌した。
死者の魂を弔うに値する、静かで落ち着いた空間となった。
苦しさや重さは消え、本来の姿に戻った印象だ。
ルースとソフィアを見ると、こくりと頷いた。
俺たちは墓地を離れ、そっと二人を見守る。
彼らがサリーのお墓石の前に跪き、静かに祈りを捧げる様子を……。




