第101話:町の事情
「解放……? 盗賊や山賊に占領されてしまったのか?」
俺が尋ねると、ソフィアはふるふると首を横に振った。
「違うの! お化けのモンスターに占領されちゃったの! 早く倒してお墓を取り戻して! もう間に合わなくなっちゃうよ!」
「間に合うというのは……」
「お母さんに会えなくなるかもしれないってこと!」
ソフィアはずいぶんと焦った様子で訴える。
まずは落ち着いて話してくれ、と接すると、男性が彼女の両肩に手を置いて宥めた。
柔らかな髪質と温和な表情から想像つくように、優しげな声音で話し出す。
「すみません、僕から説明します。僕はこの子の父親でルースと言います。実は……今日は妻の命日なんです」
彼の話を受け、ソフィアの訴えに納得した心持ちだった。
この世界では命日の夜に、死者の魂が地上に舞い下りると言われている。
一年に一度だけ、愛する人や大事な人と再会できる貴重な日だ。
実際に魂と会えるのかはわからないが強く信じられていた。
ルースは悔しそうな表情で話を続ける。
「ところが、二週間ほど前からゴーストが墓地に棲み着いてしまったんです。ずっと墓地に留まっており、町に出てくることはありません。お墓に行けない以外に被害は出ていないので、私たちも静観していたんです。今日までにどこかに移動してくれればよかったのですが……」
「まだ居座ってしまっている、ということか」
俺が言うとルースは無言で頷く。
「僕は元冒険者だったのですが、足の怪我が原因で引退しました。この二週間、何度も討伐しようと試みたもののゴーストは強くて、返り討ちに遭う始末でした。大事な妻の墓参りにも行けず、夫としても父としても悔しくてしょうがないです」
先ほどの歩く様子から、ルースは左脚が悪いことがわかった。
足の引きずり具合を見ると怪我の程度は重く、とても戦闘など無理だ。
彼の手足や顔には細かい傷も見受けられ、下手したらルース自身が殺されていたかもしれない。
そのようなルースが硬く握った拳は、ふるふると細かく震える。
「ご覧の通り、フローレに冒険者ギルドはありません。この辺りを訪れる冒険者もほとんどいないので、討伐もできなかったんです。結局、何もできず命日を迎えてしまいました。毎年欠かさず祈りを捧げてきたのにそれができないなんて……」
「だから、代わりに私が追い払おうとしたんだけど、お父さんに止められたの。大丈夫って言っているのに」
「お前をそんな危険な目に遭わせるわけにはいかないよ。もし怪我でもしたら、サリーにどんな顔で詫びればいいんだ」
二人の話から、ルースの亡き妻はサリーという名だとわかる。
親子の絆と愛が垣間見え、俺たち四人は感傷的な気持ちとなる。
ナディア、ティルー、ノエルを見ると、みなこくりと頷いた。
「それなら、俺たちが討伐に行ってくる。二人はここで待っていればいい」
「え……?」
ルースはぽかんとした顔で俺を見る。
直後、ひどく慌てた様子で捲し立てた。
「ま、待ってください!ゴーストは実体のない魔力の集合体のようなモンスターで、人々の悲しみを糧に成長します! もう二週間も過ごしたとなると、相当力を蓄えているはずです! あんなに巨大なゴーストは見たことないです! 僕の見立てではSランクはあります! 僕たちのために、命を懸けていただくわけにはいきませんよ!」
ルースが言うと、住民たちもまた討伐に行くなと必死に止めた。
「そうだよ! 止めとけ、兄ちゃん! Sランクなんて手を出しちゃダメだ!」
「ゴーストは難しい聖魔法じゃないと倒せないって聞くぞ! 兄ちゃんは剣士だろ!? 剣は効かねえ相手だ!」
「討伐してくれたら安心できますが、あなたが傷ついては意味がありません!」
真剣に俺たちの身を案じてくれているのだと伝わり、胸が温かくなる。
そんな彼らに、俺は淡々と告げた。
「申し遅れたが、俺の名はアスカ・サザーランド。これでも四聖なんだ」
「「よ、四聖!?」」
広場に驚きの声が響く。
ナディアたちの紹介も終わり、全員Sランク冒険者だと聞くとこの場にいる全員がさらに驚いた。
ルースは驚愕の表情で呟く。
「まさか、あなたが新しい四聖だったなんて……。これは大変失礼いたしました。だったら、ゴーストなど目じゃありませんね」
「いや、俺も名乗るのが遅くなってしまった」
これほど若い四聖やSランク冒険者は初めてだ、という話で、瞬く間に広場は活気に溢れた。
証明のギルドカードを見せる中、ソフィアはナディアについて疑問をぶつける。
「えー、こんなに小っちゃいのにSランク冒険者なの?」
「せ、背の高さは実力とは関係ないからねぇ?」
ナディアは自慢げに胸を張るが、ソフィアの疑うような声に耳を忙しなく動かしていた。
しばらく歓声が湧いた後、ルースとソフィアは丁寧に頭を下げた。
「お願いです、ゴーストを倒して墓地を解放してください。妻に……サリーに会わせてください」
「大好きなお母さんと会わせて。年に一度だけ会える大切な日なの」
「ああ、もちろんだ。俺たちが必ずサリーと二人を再会させる。危ないから討伐するまで墓地からは離れていてくれ」
空から夕焼けの赤色は消え、深い藍色に変わりつつある。
夜が訪れるまで、そう時間はない。
ゴーストを討伐するため、俺たちは街外れの墓地にひた走る。




