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屋上編 始まり

 目を疑った。この表現が、ここまで正しい事はあまりないだろう。


 オレはここへ、極悪ヤンキー君と戦うために来た。


 ならば、その極悪ヤンキー君とは?


 認識が甘かった。オレは秦野義和(はだのよしかず)に聞いておくべきだったのだ。()()()()()()()()()()


 アベアフキヌカンス。


 オレの脳はショート寸前だ。日本語だって怪しい。


 オレは、オレの目の先にいる極悪ヤンキー君を睨む。


 極悪ヤンキー君とオレ。双方、同時に言う。


「「元気にしてたか?」」


 オレと、はお互い笑う。


「久しぶり、紅蓮(ぐれん)


「ああ、久しぶりだな、山吹」


 隣に居る義和は、わけのわからないようで、オレの肩をポンっと叩き、()く。


「知り合いなのか?」


 オレは首を縦に振る。義和は唾を飲んだ。


 紅蓮は言う。


「なあ、山吹。一つ聞いてもいいか?」


「ああ」


 オレは相槌を打つ。


「山吹よお。なんでお前は——ここにいるんだあ?」


 オレは焦燥に駆られた。殺気を感じたのだ。


「……オレがここにいるのは、コイツ、義和に頼まれたからだ」


「本当かよ、義和君よお」


「……ああ。本当だよ。君と話すのに、邪魔があったら嫌だから」


「へえ」


 オレは、二人の会話を聞いていた。そこで少し、引っかかったことがある。当初の疑問を、訊いてみた。


「なあ紅蓮、それと義和。なんでお前らは、ここに集まってるんだ?……なんで紅蓮は、義和を呼び出したんだ?」


 オレの問いを聞き、紅蓮は目で何かを訴えているかのように、義和を見た。そして、義和は首を縦に振った。


「……山吹、お前には関係ねえがな。……俺はコイツに、女を奪われたんだ」


 オレは予想外の答えにうろたえながらも、訊く。


「それだけ?」


「ああ」


 紅蓮の声は、重かった。認識の違い、それがオレと紅蓮を分けた。


 義和は言う。


「山吹君。僕は、僕の彼女のために、ここへ来たんだ」


 そして義和は、「ごめん、言ってなくて」と続けた。


 オレは、義和と紅蓮、二人に訊く。


「彼女のためって……紅蓮、お前、なにかしたのか?」


 紅蓮は軽く唇を噛む。義和が口を開く。


「……僕の彼女、木村海奈(きむらかいな)に……脅迫状を送ったんだ」


 涙が出てきそうだった。相棒だった紅蓮が、そんな事をしたなんて。オレは義和の勘違いという可能性にかけて、紅蓮に訊く。


「……本当なのか?」


 紅蓮は力拳を作り、声を殺して言った。


「……ああ」


 ……息が、吸えなかった。相棒の犯罪行為に、オレは膝を落としそうだった。


「……」


 何も、言えない。それは二人とも同じだった。無言が続く空間で、義和が、声を出した。


「……ねえ、紅蓮君」


「ん?」


「脅迫状を送るのを、やめてほしい」


 紅蓮君は、首を横に振る。山吹君はというと、膝から崩れていた。今にも泣き出しそうで、目も当てられなかった。


 僕は、言う。


「言ってもダメなら、実力行使で行くぞ」


 僕は、ファイティングポーズをとる。


 これから戦う。そんな時に彼女の声が、僕の脳裏で木霊していた。


「絶対、喧嘩なんてしちゃダメだよ……。私、義和が傷つく姿を見たくないし!」


 僕の彼女がそう言った。あれは確か、高校二年になったばかりの頃。


「義和……!!」


「……あ! かいなちゃん。奇遇だね」


「奇遇だね。じゃないよ……! 一緒に帰るって約束したじゃん」


「あはは。ごめん、ごめん!」


「もう!」


 僕の彼女。木村海奈。彼女の容姿は、左目を長い髪で隠している以外は、いたって普通の生徒だ。


 そんな海奈は言う。


「ねー、聞いて。今日ね、親友のあやねが、同じクラスの山吹君に話しかけられちゃった! これが恋の始まりだったらどうしよう!? って言ってたんだ。どうやら、あやねは、山吹君が好きらしいよ」


「ふーん」


「……興味ないの? これだから男子は……」


「ごめん、ごめん。で、山吹君って、どんな子なの?」


「むっちゃ強いって噂。中学生の頃、喧嘩が強いで有名だったらしいよ。なんでも、相棒と一緒に中学を牛耳ってたとか」


「ふーん。それはすごいね。あやねちゃんって確か……」


「うん。眼鏡かけてる、山吹君のような人間とは真逆の人間だよ」


「へー。あやねちゃんは、そういうタイプが好きなんだ。山吹君って男の子の事が気になってきた」


「あ、でも、義和は絶対、喧嘩なんてしちゃダメだよ……。私、義和が傷つく姿を見たくないし」


「……わかってるよ」


 今となっては、あの時の返事は失敗だったとしみじみ思う。僕も山吹君のように強かったら、今日だけで、いくら考えたか。


 多分、山吹君には分からない。


 だけど、あの時、山吹君のことを聞けたから、今こうして、僕はここへ立てている。もし彼が一緒じゃなかったら。もし一人だったら。


 僕はここへ、立てていない。


 だから、僕は山吹君には恩を感じている。紅蓮君が山吹君の友達だとしても、僕は紅蓮君と喧嘩する。


 横で膝を崩した山吹君のためにも。そして、僕の愛する彼女のためにも。


「紅蓮君」


 僕がそう言うと、紅蓮君は耳をほじりながら、言う。


「……その紅蓮君ってのやめてもらえるか。馴れ馴れしい。俺のことは、高橋たかはし君って言え」


「……分かったよ、高橋君」


「なんだ?」


 僕は深呼吸を置き、言う。


「僕と決闘しろ! 今すぐに!!」


 その時、高橋君は、笑った。


「ぶっはは!! お前と俺が決闘?……実力差考えろよ、雑魚ガ」


「考えたうえだ!」


「そうかよ。だったら無様に、負けろ!!!」


 高橋君が、拳を握り、こちらへ向かって来た。だけど、何故?


 体が……動いてくれない。


 先程から、汗が止まらない。……覚悟は、決まってるのに。


 ——ああ、そうか。これが……実力差。


 僕は、高橋君の攻撃に対処できなかった。何をすればいいのか分からない。これが、全てだった。


 圧倒的、経験値の差。瞬発的に判断する力が、義和には足りていない。だけど、()()は、それができる。


 オレは体を起こし、義和へ向かって走る。


 そして、紅蓮の拳を受け止めた。


 義和と紅蓮は口を揃えて言う。


「山吹……!」

「山吹……君!?」


 バンッと、拳が肌に当たる音が広がる。オレは二年ぶりの痛みの感情に、体が震えた。


「なあ、紅蓮。お前がこの二年でどう変わったのかは、オレには分からない。だけどな、お前が嫌がらせをするような人間じゃないことは分かる。頼むよ……。理由を、教えてくれ」


 オレと義和は、紅蓮を見つめた。


「なあ、紅蓮!!」

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