小学生編
「……ここか」
オレたちは今、屋上に入るためのドアの前にいる。ここを抜ければ、そこに極悪ヤンキーはいる。
俺は唾を飲んだ。
このドアノブを捻ったその時、オレの死闘は始まるというわけか。
……できねえな。
まだオレは、怖がっているのか。
あの日のトラウマを……。
あれは確か、オレが小学生の頃。
「おーす!」
オレの親友、田中カズヤはこう続ける。
「一緒に帰ろうぜ!」
「……うん」
当時のオレは、気弱な少年だった。
オレは親友に引っ張られながら、学校を出た。
「山吹! あそこまで競走だ!」
「うん!」
オレは小学生の頃からかけっこは得意だった。
「ちょっ、山吹、はやいよー」
「カズヤ君! 早くおいでよ!」
そう言った時、オレは柔らかい壁にぶつかった。
「痛っ」
オレがそう言ったのと同時に、柔らかい壁は動いた。
「おいおい、痛いじゃねえか。……小学生か?」
そこにいたのは、小学生のオレよりも何倍も大きい、高校生だった。よく漏らさなかったな、と昔のオレを褒めたいくらいだ。
そうしているうちに、オレの親友が来た。
「あの、コイツが何かしましたか!?」
「おうよ。お前さん、コイツの友達かい?……この子ねえ、俺にぶつかったのに、謝らねえんだよ」
カズヤはオレの頭を持ち、一緒に謝ってくれた。
「ごめんなさい!」
すると、昭和のヤンキーのような格好の高校生は言う。
「ありがとよ。……だがな、俺はそれで許すとは言ってねえぞ」
高校生は、指を鳴らす。その取り巻きが言う。
「ヒューヒュー。小学生にも容赦ないなんて、カッコいいー。流石、あの伝説の破乱さんを追いかけているだけありますね!」
当時のオレは、その言葉を聞き、ピクリとした。
「おいガキンチョ、覚悟しろよ!」
高校生はそう言って、オレを殴った。はずだった。
あの光景は今でも覚えている。
カズヤが、オレを庇って殴られたのだ。
オレは当然、激怒した。
その後の事はあまり覚えていない。後から教えられた事だが、死んでもおかしくない重症を負っていたそうだ。
小学生相手にそこまでするか? と思うが、事情を知っているオレからしたら、しょうがないと思う。
おそらく、あの時もまた、アレと同じことが起きたのだろう。
オレは感嘆のため息を吐いた。
あの日は、オレの人生の悲劇ベスト、スリーには入る悲劇だった。今でも、それが尾を引いて、格上の相手と戦うのは、気がひける。
だけど、弱みを握られているのもまた事実。
トラウマがなんだ。オレは紅蓮と別れた時から、もうトラウマにはビビらないって決めてるんだ。
ビビリを直せ、オレ。こんなの、怖くないだろ。
オレは、目を閉じて、ドアノブを触る。
そして、ついに。
「行こう、山吹君。彼たちが、待ってる」
「ああ」
屋上へ、足を踏み入れた。