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Dear person

作者: 雑味珈琲

「行ってきます、ゆうさん」


 赤いランドセルを背負った女の子がペコリと頭をさげる。その拍子にポニーテールにした長い髪がどこか楽しげに揺れる。


「はい、いってらっしゃい。車には気を付けるんだよ。ゆうちゃん」


 ゆうさん、と呼ばれた人は柔らかな笑顔を浮かべて、ゆっくりと手を振る。


 ゆうちゃんと呼ばれた女の子ははい、と元気な声を挙げて玄関のドアを開けて、小学校に向かった。「さて、僕も準備しないとな」


 ゆうさんこと僕、山内有一は三年前に再婚することになった。相手は、二つ歳上の柊茉莉さん。バツイチ同士で気が合ったというわけじゃないけど、間違いなくキッカケの一つだとは思う。


 ゆうちゃんこと、山内結希ちゃんは茉莉さんの連れ子で初めて会った時は中々喋ってくれなかったけど、二回目に会った時からは少しずつだけど言葉を交わしてくれるようになった。かなり嬉しい。


 朝食の後片付けを終えた僕はスーツに着替えてから、戸締まりを確認して家を出る。天気は快晴、吹き抜ける風が気持ち良い。うん、ベランダに干した洗濯物が良く乾きそうだ。


 そのまま歩いて駅に向かって何時も通りの電車に乗る。会社までは電車と徒歩合わせて30分程。遠くもなく近くもなく、丁度良いと僕は思ってる。さて、今日も1日頑張ろうか。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡


「はい、いってらっしゃい。車には気を付けるんだよ。ゆうちゃん」


 私は、はいって返事をして玄関のドアを開ける。玄関先の階段を降りて道路に出る。空は青く晴れ上がっていて、ベランダに干した洗濯物が良く乾きそうです。


 ゆうさんとは三年前に初めて会って、お母さんからこの人と結婚するって聞いたときはかなりびっくりしました。


 その時のゆうさんはすごく柔らかい感じで、ちょっとだけうさんくさいなんて思ってしまいました。その日の帰りにお母さんにその事を言ったら、すごく笑われてしまいました。ちょっとしょっく。理由を聞いたら、私も思った、て言うからよけいにびっくり。でもその後、私とお母さんは笑い合ってこれからの事を一杯話しました。今思うとこの時にちゃんと再婚の話が決まったんだと思います。


 学校が終わってからはゆうさんがお仕事に行っている間に、洗濯物を取り込んだり、お掃除したりします。それでも余裕がある時はお料理に挑戦。最初はフライパンを焦がしたりして大変だったけど、今じゃ簡単な炒め物なら色々作れるようになりました。今日は時間があるから、ゆうさんのために野菜炒めとチャーハンを作りたいと思います。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 はぁ、と思わずため息がでる。今携わっているプロジェクトでちょっとしたミスをしてしまったからだ。取り返しのつかないミスというわけじゃないけど、そのせいで納期が延びることとなってしまった。同僚も取引先もその程度なら気にしなくていいとは言ってくれてるから、まだいいけどやっぱり気にしてしまう。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 玄関の音で気付いたのかゆうちゃんが笑顔で迎えてくれる。実はこの瞬間が物凄く幸せだったりする。血は繋がってないけど、慕ってくれているゆうちゃんの為にもしっかり働かなければと思う。それに、ゆうちゃんの笑顔のおかげで1日の疲れや嫌なことが忘れられる。


「ゆうさん。今日は私が夕御飯作ってみました」

「本当?包丁で指切ったりしなかった?」

「大丈夫です。ゆうさんは心配しすぎです」


 少しだけ頬を膨らませているゆうちゃんは可愛くて少し茉莉さんに似てきたなと思う。


「そうかな?・・・ありがとうゆうちゃん」

「どういたしまして」


 そう言って膨らませていた頬を戻して、また笑顔を浮かべてくれた。


「先にご飯にしますか?」

「そうだね。折角ゆうちゃんが作ってくれたんだから冷めないうちに食べないとね」

「はい」


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 テーブルの上には私が作った野菜炒めとチャーハン。普段着に着替えたゆうさんは手を合わせて、いただきますって言うと最初に野菜炒めから食べ始めました。


「どうですか?」

「うん、美味しいよ」


 笑顔で答えてくれるゆうさん。ちゃんと作れたか心配だったけど美味しそうに食べるゆうさんを見て一安心しました。


 それからは、今日学校であったことを話したり、今度のお休みにどこか行こうかなんて話したりしました。


「じゃあ今度のお休みに茉莉さんのところに行こうか」

「お母さんのところ?」


 ゆうさんはうん、と頷いてから箸を置きました。


「ゆうちゃんがお掃除出来るようになったこととか、お料理出来るようになったこととかを言わないと茉莉さんも寂しいだろうしね」

「はい」


 私は出来るだけ笑顔で返事をしました。ゆうさんがお母さんの事を話す時は他の人には見せないようなすごく穏やかで良い笑顔を浮かべています。本人は気付いていないみたいですけど。

 

 そんなゆうさんの笑顔を独り占めできるお母さんがちょっと、ううん、すごくうらやましいです。もしかしたらこれがしっとっていうのかもしれません。ゆうさんはそれに気付いていなくて、お母さんのところにどうやって行こうかとか、色々予定を組み立ててくれています。


 二人で話しあっているうちにお風呂が沸いたみたいで、ピピピッていう音がお風呂場から聞こえてきました。


「それじゃあ僕が片付けておくから、ゆうちゃん先にはいっておいで」

「ゆうさんの方がお仕事で疲れてるんですから先に入ってください」


 むむ、とゆうさんが声を出しました。こういう時のゆうさんは必ずこう言います。


「じゃあじゃんけんで決めよう」


 やっぱり。このちょっと大人気ないところなんかがちょっと可愛かったりします。


「じゃあ勝った方がお風呂ね」

「最初はグー、じゃんけん、ポン」


 結果から言うとパーを出した私の勝ち。負けたゆうさんはどこか満足気。むむ、なんだかはめられた気分です。


「じゃ、ゆうちゃんが先にお風呂ね」

「・・・はい」


 こういうのを試合に勝って勝負に負けたっていうんでしょうか。


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 わざとって言うわけじゃないけど、負けることができた僕は、手早く後片付けをして自室に戻る。


 鞄に入ったノートパソコンを開いてメールチェックと今度の会議で使う書類の確認。昔は家に仕事を持ち込む父親なんてって思ったりしたけど、残業があまりできない僕は家でやらないと間に合わないのが現実だった。だから、ゆうちゃんがお風呂に入ってるときや、寝てしまった後に会社で出来なかった分をやるようにしている。


 しばらくするとお風呂場のドアが開く音が聞こえた。パソコンの電源を落として居間に入るとゆうちゃんが長い髪を拭くタオルを首に掛けたまま、冷蔵庫に入った牛乳を飲んでいるところだった。丁寧に腰に手をあてて。


「あ、えと、違うんです。これは、その友達がこうした方がおいしいからって・・・」


 何が違うんだろう、なんて思いながらゆうちゃんを見ていると、ゆうちゃんはどんどん顔を真っ赤にして、最終的には声も出さずに、牛乳の入ったコップを両手でもって、真っ赤な顔で目を伏せたまま誤魔化すようにコクコクと飲んでいた。その様子に耐えきれなくなった僕は思わず笑い出してしまった。


「なっ!?そんなに笑わなくても良いじゃないですか!」

「ゴメンゴメン。ゆうちゃんが可愛いからついね」

「・・・そういうことなら許してあげます」

「うん、ありがとねゆうちゃん」


 そう言ってまだ乾ききっていないゆうちゃんの頭を撫でてあげると、徐々に機嫌が戻ってきたのか、何時も通りの笑顔を浮かべてくれた。


「それじゃ僕はお風呂に入ってくるから、ちゃんと風邪をひかないように髪の毛を拭くんだよ?」

「はい、わかりました」


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 ゆうさんがお風呂に行ってから、今日の宿題をするためにランドセルからドリルとノートを出しました。テーブルの上はゆうさんが綺麗にしてくれたのですぐにはじめることができました。

 

 今日の宿題は算数の計算ドリルです。今日学校で習った所だから簡単に・・・出来たらいいなぁ。・・・算数は苦手です。


 しばらくするとお風呂場のドアの開く音が聞こえました。時計を見るとゆうさんがお風呂に入ってから10分。相変わらずゆうさんはお風呂が速いです。


「ん?それ今日の宿題?えらいね、ゆうちゃん」

「はい。でも苦手な算数だからちょっと時間が掛かりそうです」

「じゃあわからない所があったらいつでも言ってね」

「はい、ありがとうございますゆうさん」


 その後はゆうさんに教えてもらいながらなんとか宿題を終わらせることができました。


 時間はもうすぐ10時。そろそろ眠る時間です。ゆうさんはまだみたいですけど、私はいつも10時にはもうお布団に入っているようにしています。だから、そろそろお布団に入りたいと思います。


「ゆうさん。そろそろ眠たくなってきたからもう部屋にいきますね」

「うん、おやすみゆうちゃん」

「おやすみなさい、ゆうさん」


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 ゆうちゃんが眠ってからは、自室のパソコンを使って仕事の続きをするのが日課のようなものになっている。独身の頃や茉莉さんがいた頃は会社ですれば良かったからわざわざ家ですることはなかったけど、ゆうちゃんと二人暮らしになってからは、早くに帰らないとゆうちゃんを一人にしてしまう。そんな寂しい思いをさせるくらいなら、僕の睡眠時間はいくらでも削ってかまわないとさえ思っている。それにどんなにつらくても、ゆうちゃんの笑顔があれば僕は頑張れる。


 二時間ほどパソコンとにらめっこをしてなんとか今日の分を終わらせる事ができた。時計を見ると時間は12時を過ぎていた。パソコンの電源を落としてのびをしていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。


「ゆうちゃん? どうしたの?」


 ゆっくりとドアを開けたゆうちゃんは、枕を抱き締めながら、伏目がちに僕の部屋に入ってきた。


「あ、お仕事中でしたか?」

「ううん、ちょうど終わって今から寝るところだけど。どうしたの?」

「えっと、なんだか眠れなくて・・・。その、一緒に寝てもいいですか?」


 普段はしっかりしていて、明るい子だから、こんな風に甘えてくれるゆうちゃんは珍しい。


「えっと、だめですか?」

「ううん、いいよ。ちょっと待ってね。ここ片付けるから」

「はい」


 電源の落ちたパソコンを鞄にいれて、明日必要な書類をまとめて置いておく。明日の準備はこれで大丈夫。


「よし。お待たせゆうちゃん」


 一緒に布団に入ると、ゆうちゃんはもぞもぞしていてなんだか落ち着かない様子だった。そんなゆうちゃんの頭を撫でたり、梳いたりしてあげると、くすぐったそうに目をつぶる。その仕草がどこか茉莉さんにそっくりでやっぱり血の繋がった親子なんだなぁ、と思ってしまう。


 しばらくそのままでいると、ゆうちゃんはいつの間にか、すーすーと穏やかな寝息をしはじめた。

 

 おやすみ、ゆうちゃん。



Dear person  

        End

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