工作
「ワームを飼っているとなると、いよいよクロね。ハーミス、どうする?」
クレアの問いに、ハーミスは『特定痕跡探知式追跡録画装置』の赤いボタンを押し、小さな起動音と共に、映像を録画しながら答えた。
「とりあえずは、証拠保存だ。こいつできっちり録画しとくさ」
「景色を保存できる装置ね。それってマジで便利――」
ハーミスが指をクレアの口元に当てて、彼女を黙らせる。
「しっ、あいつらが話し出したぞ……あれは、ユーゴーが使ってた装置だ」
広間に集まっていた工作員達が、耳に装備した白い装置伝いに、誰かと話し始めたからだ。ユーゴーが使っていたものと同じなら、あれは幹部と連絡する道具だ。
「聖伐隊特殊隊です……はい、全て計画通りです。明日には、獣人共が抗争を始めます」
やはり、抗争に至るまでのトラブルは、聖伐隊が仕組んだのだ。
「襲撃は何度か行いましたが、今回から指示通り公衆の面前で仕留めました……その通りです。ギャングの大頭や叔父叔母も、最初から派手に殺しておくべきでしたね」
「あいつら、やっぱり大頭達を!」
「落ち着け、クレア。あいつらにはまだ、情報を喋ってもらわないと困る」
大頭どころか、ニコやリヴィオの叔父叔母を殺したのも、聖伐隊の連中だった。
クレアがきっと敵を睨みつけ、危うく飛び出してしまいそうになったのを、ハーミスが抑え込む。今ここで飛び出すのは、どう考えても得策ではないからだ。
「外から侵入したことも、我々の正体も、まだ誰にも掴まれていません。飼っていたワームが一頭暴れましたが、先に獣人街に来ていたあの逆賊共が仕留めました」
また、あのワームは聖伐隊のペットでもあったようだ。外の通路は封鎖したと言っていたが、偶然見つけたのか、意図的に掘り出してみせたのだろうか。
「はい、前回の報告から今回の間に、ハーミス一味が獣人街に来ています。しかし、ギャングのボスに命令され、既にこの街を出ているものと思われます」
この報告は、ハーミス達にとっては幸運だった。
聖伐隊がハーミス達の存在を知っていれば、何かしらの対策を取られてしまいそうだが、こちらがいないと思っていれば、その分不意打ちを仕掛けられる。向こうが準備をしていて、初めてイーブンになれるのだから、こちらとしては有利だ。
さらに情報を聞き出したいハーミスの耳に、予想外の名前が聞こえてきた。
「……では、予定通り、三日後の正午に、リオノーレ様と本隊が攻撃を仕掛けられるように門を開くよう仕向けます。今度こそ、薄汚い獣人共を皆殺しにしましょう」
リオノーレ。『選ばれし者達』の一人にして、ローラに最も近い者。
自分の死に、最も近い者。
「リオノーレ……!」
「落ち着きなさい、ハーミス。あんたの幼馴染でしょうけど……ふぇ」
今度はハーミスが飛び出しそうになったが、クレアが抑え込んだ。ただ、さっきと違うのは、クレアの鼻の穴に土埃がちょっとばかり舞い込んだことだ。
ふぇ。奇妙な声色と息を吸い込む仕草に、ハーミスも気づく。
「……ふぇ?」
間違いない。体を仰け反らせる様子は、くしゃみのそれだ。
「ほ、埃が、ふぇ、ふぇっ」
「よせよせよせ、こんなところで――」
「――ぶぇっくしょいっ!」
クレアの盛大なくしゃみは、通路中、広間中に響き渡った。
「……やっちまったな」
呆れた調子でハーミスが天を仰ぐのと、工作員達が一斉にこちらを振り向き、二人を見つけるのはほぼ同時だった。ついでにワームも、音を頼りに二人を見つけたようだ。
「誰だ!」「追って連絡をします、では!」
通信を切り、全身黒づくめの隊員達は、ハーミスを指差して、クロスボウを構える。この武器からも、やはり彼らが襲撃者で間違いないようだ。
「お前は、例の逆賊! まさかまだ、獣人街を出ていなかったとはな!」
「ちょうどいい、ワームの餌にしてしまえ!」
「こいつらを殺せば、俺達も聖伐隊の幹部に昇格だ! そうすりゃ――」
彼らは勝手に喚くが、ハーミス達としては、特に関心はない。
貴重な情報以外は意味のない、工作員達の喚き声は、隣にいたワームの顔面が一瞬にして粉々に飛び散ったのに気付くと、ぴたりと止まった。
「……えっ?」
顔のないワームはのたうち回りすらせず、一撃で絶命した。もう一匹のワームすら動きをすっかり静止した状態で、ただ茫然としていた工作員の前で、散弾銃を撃ち放ったハーミスだけが、鼻を鳴らして言った。
「お前ら、なんか勘違いしてねえか? 俺達がこそこそ隠れてたのが、そこのワームにビビってたからだって、そう思ってんのか?」
それからくるりと手の先で一回転させると、もう一度引き金を引いた。
今度は、隣のワームの頭が砕け散った。人間を簡単に丸呑みにする怪物が、まさか数秒足らずで肉塊へと変えられたのを見て工作員達は凄まじい冷や汗を流す。
「ば、馬鹿な、ワームが一撃で、こんなことに……!?」
構えたクロスボウを発射するのも忘れる一同を、クレアが怒りの瞳で睨みつける。
「ハーミス、散弾銃を貸してちょうだい。あたしも殺らせてもらうわ」
散弾銃を彼女に渡しながら、ハーミスはポーチの中から魔導拳銃と、灰色のマントを取り出す。人間二人は包み隠せそうな、大きな風呂敷のようなマントだ。
「全員は殺すなよ。一人は生かしとかないと、拷問できねえぞ」
「分かってる。じゃ、やらせてもらうわよ」
言うが早いか、二人はマントの中に隠れた。
すると、二人の姿は、たちまち風景の中に溶け込んでしまった。魔法を使えると思っていなかった相手が、よもや魔法のような技術を使うと思っておらず、一同は狼狽する。
「な、姿を消した!?」
「落ち着け、固まるんだ! 相手は魔法を使えるみたいだぞ……うわっ!?」
ばたばたと訓練されたはずの工作員達が慌てているうちに、広間を照らしていた明かりが蹴飛ばされ、火が消えた。あっという間に視界を奪われ、彼らはただ困惑する。
「何も見えないぞ、これじゃあぎゃあぃッ!?」
そんな話をしているうち、一人の頭が激しく揺れ、噴き出す血と共に斃れた。
一人が斃れだすと、もう彼らの持っているクロスボウなど何の意味もない。暗闇に加え、何も見えない相手に頭を撃ち抜かれてゆく。
「ぎゅぶッ」「んばッ!?」
特に、散弾銃で撃ち抜かれた複数名は最悪だ。頭を一思いに破壊されず、体をバラバラにされている。死んだならまだしも、生命力の強い者は運悪く、まだ生きている。
五人、四人、三人。僅かな間に、残ったのは二人。
「お、おい! ここから逃げるぞ、早く――」
早くという割には、判断が遅いと言えた。
彼が振り返ると、そこにいたのは、頭に風穴が開いた同胞だった。彼がどう、と倒れたのを最後に、遂に独りぼっちとなった彼の顔面に、鈍い痛みが走った。
「ぐぎゅう!?」
倒れ込んだ彼の前に、マントを脱いだハーミスとクレアが立つ。
二人は銃を構えてはいない。棒に見立て、暗闇の中でも分かるくらいの形相で見下ろしている二人は、今更彼を殺そうとは考えていないだろう。
「……さて、洗いざらいはいてもらうわよ。もう一度、こいつの前でね」
録画装置を構え、懐中電灯に照らされ、準備は出来た。
「その前に、あの二人の親戚の恨み、あたし経由で晴らしとくわ――オラァッ!」
銃床が、男の顔面に直撃した。
翌日の早朝まで続く拷問は、まだまだ始まったばかりである。
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