帰還
谷からジュエイル村まで、ほんの僅かな時間で到着した。
元より徒歩で移動できるくらいの距離なのだから、バイクを使えばあっという間だ。ハーミスは村の入り口である門の前でバイクのエンジンを切り、降りて村を眺める。
「うぶ、うげえ……」
その後ろの草むらで、顔を青くしたクレアが口を抑え、蹲ってえづいている。どうやらバイクによる移動は、彼女にとっては少々刺激が強すぎたようだ。
ハーミスも決して慣れている方ではなかったが、ラーニングの副次効果だろうか、さほど酔いを感じてはいなかった。顔も青ざめてはいないし、バイクを降りてからも平然としている。
「おいおい、大丈夫かよ? 乗り物酔いしやすいタイプなのか?」
「……あんなの、誰でもああなるわよ……ぐぶ、おぼろろろろっ!」
胃の内容物をキラキラと吐き出したクレアに、ハーミスは呆れた調子で言った。
「吐くならせめて、見えないとこでやれよ。俺は家で金を集めてから、村長と話してくる。落ち着くまでバイクの隣でゆっくりしてな。それにしても……」
村に目をやった彼が、まだそこに入って行かないのは、感慨深いからではない。体感時間として一日しか経っていないはずの村が、随分と寂れて見えるからだ。
今は昼間だし、誰かが農作業や水くみをしていても、薪割りをしていてもおかしくない。しかし今は、まるで何かの襲来を怯えているかのように、誰も外にいないのだ。
「人気が全然ねえ、静かすぎる……おーい、村長! 誰か、いないのかーっ?」
彼が門をくぐりながら、村長を呼ぶと、ようやく一番大きな家から人が姿を見せた。
「……ハーミス、ハーミスなのか? その目は、どうした?」
禿げた頭と張り出た腹、杖をつくほど曲がった腰。間違いなく、彼は村長だ。
青く染まった目の理由を問われたが、ハーミスにとっては何とも説明し辛かった。だから、再会の喜びを表に押し出し、なるべく相手から聞かれないように努めた。
「村長! それに村の皆も! 元気そうでよかった――」
誰かがいる安心感で、ハーミスは村の中央まで走ってきたが、ある違和感に気付いた。
三年経っているからか、村長や、彼が出てきたのに応じて集まってきた村人達が老けているのは仕方ない。おかしいのは、老けているどころか、心労や疲労でやつれてさえいるように見えるのと、出てきたのがたったの五、六人くらいだからだ。
中央広場に揃った人達を見て、妙な心の騒めきを覚えつつ、ハーミスは聞いた。
「――他の、皆は?」
「……村にいるのは、これで全員じゃ。それよりもハーミス、谷底に落ちたとは聞いておったが、まさか生きていたとは……やはり、ローラ達は……」
そうだ。違和感の正体は、ローラ達がまだ出てこない点だ。事情がどうあっても、彼女達の前に出て、脅かしの一つでもやってやらなければ気が済まない。
「ローラ、そう、ローラのことで話さなきゃいけねえ内容があるんだ。家に金を集めに行ってる間に、俺を突き落としたあいつらも呼んでほしいんだけど、いいかな?」
そう思っていたハーミスに、村長は老けた顔に一層皺を寄せて、答えた。
「おらんよ。一年ほど前に、『選ばれし者達』を連れて、村を出た」
「なんだって!?」
もう、村にいない。だったら、誰も出てこないのは当然だ。
「彼女らはお前が、谷底に一人で落ちていったと言っておったが、やはり嘘誤魔化しであったか。ドラゴンや魔物の件もあったし、聖女達に全てを伝えずおいてよかった」
「ドラゴン、魔物の件? 全てを伝えない? 村長、何を言ってるんだ?」
「……お主がいなくなって三年か。どうやら本当に、何処かへ行っておったようだな」
ハーミスは村長と共に、自分のかつての家に向かって歩きながら、彼の事情を聞く。村人達は、中央広場でひそひそと、彼を指差しながらこそこそと話をしている。
陽気な村が、陰湿な沼地のような雰囲気を醸し出している。同じジュエイル村とは思えないほどの変貌ぶりに驚きながら、彼は村長の話を聞き続ける。
「谷底に落ちたと聞いてから半年ほどで、聖女と『選ばれし者達』はめきめきと力を付けた。そこらの同職の者では歯が立たんまでに強くなった。そして彼女らは、とうとう谷や森の魔物を狩り、村と魔物の共生を放棄させるに至ったんじゃ」
歩みを止めないままだが、ハーミスは心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。
「そんな……!?」
ハーミスは魔物を愛していたわけではないが、どちらかと言えば好きだった。嫌ってなどいないし、共に暮らせるならば何よりだと思っていた。長く続いたしきたりを、いくらそんな兆候を見せていたとはいえ、まさかローラ達があっさりと破壊するなんて。
「最初はわしを含めて誰もが渋ったが、聖女達の力は凄まじかった。雑草の様に魔物を狩り尽くし、晒し上げ、畏怖を以って魔物を近づけさせなくなった。そんな光景を見せられ、村民の多くも恐れた。連中の行為を肯定し、魔物との共生はなくなった」
「でも村長、村にいるのは五、六人だ。魔物に襲われてるんじゃないのか?」
「……村民を殺したのは魔物ではない、人間じゃ」
それでも歩みを止めず、家が目と鼻の先まで迫っていたのは、まさしく奇跡だろう。
「今から一年と半前に、聖女達は村から忽然と姿を消した。それからしばらくして、とある軍事国家で彼女らが恐るべき組織を作り上げていると聞いた。白の制服を纏い、絶対正義と聖女のカリスマで群衆の信望を集め、魔物をこの世界から残らず廃絶する組織――」
小さな赤い屋根の家、つまりハーミスの家の前に到着していなければ、今度こそ彼は、驚愕や様々な感情のせいで、足を止め、目を見開いていただろう。
「――『聖伐隊』じゃ。村の者を殺したのは、そいつらじゃ」
魔物を狩ると聞いた組織、『聖伐隊』が――ローラ達の作った組織と聞けば。
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