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決裂


 一方、街の奥にある大きな屋敷の中でも、同じような話が続いていた。


「――ちゅうわけじゃ。わしらは叔父を殺され、殺った犯人であるオリンポスは正義の味方面をしてのさばっとる。おかしいじゃろう、こんなのは」


 趣味の悪い大きな椅子にどっかりと大股を開いて座るのは、このアジトの主でもあるティターンの頭、リヴィオ。部屋には趣味の悪い彫刻や装飾品が所狭しと並び、唯一の出口は大柄の獣人の男達が塞いでいた。

 その間に挟まれるようにして、ハーミスは小さな椅子に座っていた。彼もまた、喫茶店の三人のように、リヴィオとティターンの身の上話を聞かされていた。大筋は同じだが、叔父が殺され、向こうがしらばっくれていると主張する点くらいだろうか。


「だからわしらは、あのクソガキとギャングもどきを街から追い出して、この獣人街を平和にせにゃならん。それが大頭からゼウスを継いだわしの、ティターンの使命じゃ」


 心底悔しそうなリヴィオの表情と共に、話は終わった。ハーミスは疲れた様子だったが、小さくため息をついて、リヴィオを見ながら言った。


「……大体分かった」


「分かってくれたか、ハーミス! それじゃあ、ティターンに力を……」


 ぱっと顔を明るくし、犬歯が見えるほどの笑顔を浮かべたリヴィオ。


「悪りいが、俺はどっちの味方にもならねえ。リヴィオにもつかねえが、ニコの味方にもならねえ。話はそれだけだ」


 そんな笑顔は、ハーミスの返答によって、たちまち怒りへと変わった。

 ハーミスは、どちらにもつかないと言った。彼としては中立の立場を取ったつもりだったのだが、リヴィオやギャングの世界ならば、味方でない者は敵なのだ。


「……そうか。それなら、こっちも態度を変えんといかんのう」


 出口である扉を封じていた子分達が、ハーミスをまたも取り囲んだ。しかも今度は、眼前のリヴィオが、腰に提げた奇妙な形の剣を、座ったまま抜こうとしている。


「さて、二度目はないぞ、ハーミス。わしにつくか、死ぬか、どっちじゃ?」


 ここで半端な返事をするなら、敵になる前にリヴィオは彼の首を刎ねる気だった。


「リヴィオ、脅しは通じねえよ。一度死んだんだ、死ぬかなんて選択肢は意味ねえぜ」


 しかし、ハーミスは意志を曲げなかった。

 恐怖を押し殺しているというよりは、恐怖を感じていないようだ。それでいて芯は強いと、その青い目が告げているのだから、こんな相手に脅しなど通じるはずがない。


「…………死んだ、か。成程、嘘じゃないみたいやのう」


 リヴィオは呆れた調子で、剣を鞘に納めた。そして、椅子から立ち上がり、言った。


「お前ら、玄関まで送ってやれ。こいつは殺されても、首を縦には振らんわ」


 頭の命令を受けた子分は無言で頷くと、扉を開き、彼の邪魔にならないように脇に退いた。つまり、帰れと言っているのだと察し、ハーミスは席を立った。

 虎柄で埋め尽くされた悪趣味な玄関まで、子分とリヴィオはついてきた。外へと通じる大きな扉を子分が開くと、ハーミスは振り返って、手を振り、小さく笑った。


「そんじゃな。あんた達も、喧嘩はほどほどにな」


「余計なお世話じゃ。次はいい返事を、期待しとるぞ」


「まだ誘う気なのかよ」


「わしは諦めが悪いからな、がはは」


 リヴィオの笑い声を聞きながら、ハーミスは外に出た。

 振り返ってみると、この大きな屋敷に、パンを届けに来たことがあると思い出した。


「……ここ、ティターンのアジトだったのか。道理でガラが悪いわけだ」


 一人で勝手に納得して、ぼんやりと屋敷を眺めていると、後ろから声をかけられた。


「おーい、ハーミスーっ!」


 声のした方に目を向けると、坂道をクレア達が上ってきていた。特に怪我をしている様子がないところを見て、ハーミスは心の中で、ほっと安心した。


「クレア、それに皆、無事だったか?」


「何もされませんでしたが、随分と複雑な話をされました。そちらでも聞かされましたか、二つのギャングが争っている理由を?」


「たっぷりとな。こりゃ相当厄介なトラブルみてえだ」


 人柄も良く、楽しい街だと思っていたところが、まさかギャングの抗争の温床だったとは。しかも巻き込まれているとなれば、もう長居する理由はない。


「あたしもそう思うわ。さっさと準備を済ませて、ここを出るのが正解よ」


 クレアの提案――つまり、街からの早々の脱出は、最適解と言えた。


「えーっ? とってもいいところだよ、ここ?」


「あんたにとっちゃそうでしょうね。けど、人間にとってはそうはいかないのよ。特に、ギャングの抗争なんかに関りかねない時はね」


「私も賛成です。命が幾つあっても足りませんよ」


 ルビーはごねるが、エルもクレアに同意する。

 明日には、ギャングが難癖をつけて自分達に襲いかかってくるかもしれないのだ。負けはしなくても、不要な戦いで血を流したくないのは当然だ。

 だとすれば、早ければ今日の夜、遅くても明日の朝には宿を出るのが正しい。

 正しいはずなのだが、ハーミスだけは顎に指をあてがい、何かを考えこんでいた。


「…………」


 どこか中空をぼんやりと見つめる彼に、クレアが問いかける。


「どうしたの、ハーミス?」


 すると彼は、ぱっと顔を上げて、信じられないことを言い出した。


「……皆、街を出るのは一日だけ待ってほしい。確かめたいことがあるんだ」


 なんと、まだここに留まりたいと告げたのだ。

 ルビーは嬉しそうな顔を見せたが、クレアとエルは信じられないと表情だけで言っている。まさか、ギャングが蔓延る危険地帯に、まだ滞在したいとは。


「はあ!? あんた、あたし達の話、ちゃんと聞いてた!?」


「聞いてたよ。聞いたうえで、確かめたいんだ。この一件は、何かがおかしい」


「ハーミス、気持ちはわかりますが、出発するタイミングを逃せばここから出られなくなります。双方のギャングを敵に回せば、どうなるか分かるでしょう」


 彼としても、危険なのは承知だ。それでも、どうしてもと言っている。


「……せめて、明日は出発の準備ってことにしてほしい。頼む」


 命か、疑問か。

 ただし、この選択にはハーミスの強情さが付いて回る。

 真実を、自分達が観落としている何かを確かめたいと、ハーミスの目が言っていた。いつものことだが、この目を説得で納得させるのは、骨が折れるというか、無理なのだ。


「…………仕方ないわね、今回っきりよ」


「私達に危害が及ばない程度に、お願いします」


 だから、クレアもエルも、一日だけの滞在を許可した。


「ありがとう、皆」


 いつもありがとう、の意味合いを含めて、ハーミスは笑顔を見せた。


「ただし、次はないからね……何を笑ってんのよ、あんたはっ!」


 クレアには曲解され、蹴りを叩き込まれたが。

 こうして、これ以降は何事もなく、獣人街での三日目は過ぎていくのだった。


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